街角バトル2

――「うわっ」と声を出して尻餅をついた学生二人の鼻先を、停車中の車の死角から飛び出してきたスクーターが通り過ぎた。こちらはノーブレーキ。

 続いて見切り発射で動き始めてた車が、尻餅を付いた男の子に触れる寸前で再度急ブレーキ。あの子漏らしてないといいけど。

 完璧頭に血が昇った私はアクセル全開。

「あのバカ絶対ぶち抜く!」

 ……ここから数十秒後、接触事故発生って訳。


 まずは警察に電話して、次に会社に電話。

 私は、謝る? 謝らない? 娘には悪いことしたら謝んなさいって言ってる、けどさ。

 頭に昇っていた沸騰しきった血液は、すっかり冷えて足元辺りまで落ちていた。


 さっきまでバチバチに街角バトルしていたおじさんに歩み寄る。

「……あのさ、こうなった以上どっちがどうとか無いと思うけどさ、まぁ私も悪かっ……」

「ちょっと、会社に電話かけるんで黙っててもらえますか?」

 そんな一言で、烈情を抑えに抑えた私の言葉は遮られた。とりあえず通行の邪魔になっているスクーター二台を道路の真ん中から端に寄せようとした時、会社に電話中と言っていた男が私を怒鳴りつける。

「触るなっ! 現状保持しとけっ!」って?

 何? 何で?


 この時のやりとりについては後から理由がわかったんだけど。


 私はまさかこの事故がこれから何年も後を引くって思ってなかったのね。長く続く裁判の中で、謝ったかどうかとかさ、相手はそんなことまで引き合いに出してきたみたい。私は弁護士特約様々で、結果を聞くだけだったんだけど。


 あとこれは30分もしたらわかったんだけど。警察が来た瞬間に私に悪態をついてたおじさんが態度を豹変して、何もしてないのに私が突っ込んできて、どのくらいスピード出してたとかなんとか。現場検証の為に動かさないようにしてたって。

 このやり取りを聞いてて、相手が事故慣れしてるのを理解したんだ。


 交通事故は相手だけが絶対に悪いとは限らない。例えば最初に進路妨害されたとき。キョウ姉さんだったらもしそこで怒ったとしても、追いかけたりする前に冷静になってたと思う。それにあの人怒らなそう。孝姉はわかんないけど。

 相手の立場にはなかなか立てないけど、私に進路妨害された車のドライバーは今日一日嫌な気分で過ごしちゃうかな?

 それにもっともっと前。私が娘に対して腹を立ててたとしても、ライディングはクールに行わないと。

 スクーターは便利だけど、便利過ぎてこれも立派にバイクだって意識が薄れてたのかも知れない。ただの移動の道具として見てたかも。私はCBRでもNSRでも同じような走りをしたかな?


 現場検証が終わり、事故後すぐに立ち上がって私を怒鳴りつけてた相手が、足首を骨折しているかもしれないと言いながら救急車で運ばれていく。警察官と事故現場の管轄署への再出頭の話をしたのち、電動スクーターと三輪スクーターリバーストライクに乗ってきた警官達が帰っていくのを見送る。

 とうに始業時間を過ぎて、独り立ち尽くす私はとりあえず車体の損傷具合を確認した。

 孝姉がタバコ吸ってるのを今日ほど羨ましく感じたことはなかった。今、まさに一服する気分なんでしょ、孝姉?


 エンジンオイルの漏れ、ブレーキレバー類、灯火類。軽く押し回ししてタイヤやブレーキの引き摺り音がしないか。

 うん、流石世界のホンダ。問題なく走れそう。

 跨ってエンジンをかけて、でもやっぱりすぐにエンジンを止めて。


 スタンドを起こして、横にしゃがみ込んで削れちゃったカウルをそっと撫でた。そのガサガサした感触が指に伝わってきてポロポロと涙がこぼれた。

「ゴメンね、PCX……」


 小さく深呼吸した後、旦那に電話した。

 事故ったこと、相手がちょっと厄介で揉めるかもってこと、身体に打ち身はあるけど酷くてもせいぜい肋骨にひびが入ってる程度だろうってこと。そして、娘には事故はお母さんの不注意で起こったんだと伝えて欲しいと話した。

「……朝はゴメン。あと、……ありがとう」


―Y27―

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