街角バトル

(ちょっ! 何急ブレーキっ、ぁダメだ接触すぶつかる)

「ドッ、ガシャッガガガッ」私のスクーターのフロントタイヤは前を走っていたスクーターのリアフェンダーとマフラーの間辺りにぶつかって、相手はジャックナイフ気味に吹っとび、私の車体は右側に倒れてガリガリ音を奏でた。軽く放り出された私の身体は逆さまの景色を見た後、肩からアスファルトに落ちて止まった。

 私事故の度に前転してるな……。


「ふざけんなあっ! 止まれねぇのにスピード出してんじゃねぇっ!」

 相手のスクーターも結構派手に飛んだ様に見えたんだけどなぁ。すぐに起き上がって私に向かって罵声を浴びせられることに驚いた。やっぱ男の方が頑丈に出来てるね。

 つか、バトル中だってのに何もない所で急ブレーキかけてきたのはアンタでしょ?


 立ち上がってヘルメットを脱ぐ。一度溜息をついて、どうしてこうなったのかと自問する。

 真っ先に浮かんできたのは出掛けぎわに見た盛大に鼻水を垂らして涕泣ていきゅうする愛娘の顔だった。



――いつもならとうに家を出ている時間。

 私の前には泣きながら地団駄を踏んでいる我が娘。もう何がきっかけで泣き始めたのか、私も当の本人ですらわからなくなっているだろう。

「ああぁーっ! もうっ! 蜜柑っ! いい加減泣き止みなさい!」イラつき過ぎて既にこめかみが痛い。私の怒鳴りつけで娘はさらに大泣き。

「ゆず季、それじゃ逆効果だよ」私より出社時間の遅い旦那が落ち着いた口調で正論を投げてきた。その一言で私の怒りは頂点をゆうに越え、怒りメーターの針はレッドゾーンを通り過ぎてブラックゾーンまで跳ね上がる。

「もう出る! アンタ蜜柑保育園に連れてって!」


 子ども用ヘルメットを旦那めがけて投げつけた後、玄関ドアを反対側まで抜ける勢いで乱暴に閉じた。

 スクーターに跨り、キーを捻るとそのままアクセルを全開にして急発進。通りへの合流も車と車のほんの少しの隙間を見逃さずにノーブレーキで滑り込む。念の為バックミラーで確認したけどブレーキを踏むとかそういう判断よりも先にこちらの方が引き離せている。割り込んだ時に後続にブレーキ踏ませてるようじゃダサダサ。そのまま加速していって車の脇をすり抜けて行く。


 いつもはこんなにキレッキレなすり抜けはしないけど今日は気持ち的に無理。こちとら時間に厳しい工場労働者なんだから、意地でも始業に間に合ってみせる!


 お次は赤信号でペースダウンを余儀なくされるが、反対車線がガラ空きなのを瞬時に確認して一気に前まで躍り出る。先頭の車の頭に斜めに被せてポールポジションを取る。青信号になった瞬間にロケットスタートしながら今度は路肩側まで一気に詰める。

 そのまま前を走る車をすり抜けしようとした時、さっきの信号で路肩側の先頭にいたスクーターが私のラインに被せる様に右側から強引に突っ込んできた。


「何すんのよこのバカ!」


 そいつは急ブレーキをかけた私の前に出てそのまますり抜けて行く。私がブレーキかけなきゃ絶対接触してたじゃん! 頭の中で高校の頃の走り屋魂が〝バトル上等!〟と、大人な私に呼びかける。すぐに反対車線に飛び出して三台連続で右側から抜いて行き、そいつより先に路肩ゾーンに入って再びすり抜けて行く。前を横切った車から激しいクラクション音。

 バックミラーで後ろを見る。いない。

 今度は奴が反対車線から追い上げようとしてるのが、目視は出来ないけどもわかる。もしかしたら排気音とかそういうので感じてるのかも知れない、そういう感覚。だけど、広々と反対車線を走って追い上げる奴よりも、すり抜けしてる私の速度の方が速い。女だからって舐めないでよね。


 前を抑えたまま左ウインカーを出して通りから裏道に入る。信号機のない横断歩道に男子学生が三人。

 前輪ブレーキを掛けつつもアクセルで回転を高めに、プーリーが繋がる寸前でキープ。一時停止した私に気付いて、やや急制動気味に隣の車が止まる。ま、そんなもんよね実際。

 学生たちは一人だけ軽くこちらに会釈したけど、あとの二人はノールックで渡り始めた。ま、そんなもんよね実際、大事な事だから二度言ったよ。

 歩行者が私の前を通り過ぎ、右側の車の前も通り過ぎる頃合いをみてブレーキをリリース。


 その時、信じられない事が起こった。


―Y27―

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