ドッグラン

 朝、いつもの通勤路。


 バックミラーを見るとオフ車が近づいてきている。カワサキの125ccのモトクロスにロードタイヤを履かせているこの人はちょっと荒いすり抜けを果敢にしていくタイプ。

 車線の中でも右側の対向車線寄りをキープしたまま私にアグレッシブなすり抜けの意思がないことをアピール。


 少し走っていると、赤信号に引っ掛かった。

 私も車列の動きが止まって、また動き始めるまでの間にゆっくりとすり抜けて行くつもりだが、後ろから結構な勢いで125ccの白いスクーターと250ccの黒いスクーターが接近してきていた。125については車種もメーカーも種類が多すぎて全くわからないが、250は二灯だが切れ長お目々ではないので、少し前のフォルツァ辺りだろう。

 一度125のスクーターを見送って様子を見ていると250のスクーターがこちらの挙動に気付いて速度を落とした。会釈して少しすり抜けを敢行する。数台をパスしてそろそろ信号が変わりそうな気配がしたので車列に戻ろうと視線を移すと、対向車線側から信号最前列まで抜けていくバイクの影が見えた。


 低めのセパハン、排気音から察するに単気筒。

 信号が青に変わり、一瞬の停車モーションの後、すぐにクラッチをミートさせ小気味よくロケットスタートして遠ざかっていくテールを見ると緑枠の無い250cc、テールレンズがノーマルだったのと、シート後方のレザー部分のロゴからロッカース仕様のエストレヤだとわかった。


 いつもの道、いつもの時間帯の中、初めてお目にかかる彼。

 エンジンは洋子のバイクと同じ。いつも一緒に走っているから、エストレヤの彼が相当にアクセルを開けて走るタイプだと肌で感じた。いいペースで飛ばしていく背中を見ていると、自分の中に恋にも似た小さな気持ちが生まれてくるのがわかる。


 彼と同じ道を少しだけ走ってみたい。

 彼に私と私のニンジャを認識させたい。


 いつもの散歩道で見たことのない犬種に出会って興奮を抑えられない犬、それが今の私だ。常日頃から美学だとか偉そうに語ってはいるが、どんどん離れていく彼に追いつきたい衝動を抑えられない。


 数個先の赤信号で停まり、最前列一つ手前の車の隣まで出る。最前列にハーレーダビッドソン、すぐ後ろに先ほどの250ccビッグスクーター、その後ろが私だ。

 ロッカーズの彼はこの信号を黄色でクリアしていった。この時点で大人な私はさすがに諦める。


 シグナルが青に変わり、ハーレーがスタートする。ついでビッグスクーターが前に出て、ハーレーの右後方につける。先頭の車はスタートが遅いタイプ!

 大人な私は快速急行に乗ってどこかに旅立ってしまい、私というワンちゃんは瞬時にアクセルを全開にする。ガバ開けしたのでワンモーションふけ上がりがもたついたが、スクーターとハーレーのさらに右側を対向車線に体半分はみ出しながら次の信号まで一気に詰める。


 信号で停まっているエストレヤを視界に捉えたが、無情にも信号は変わりタッチの差で私が彼のバックミラーに映ることはなかった。


 どのみちこの信号で曲がらないと行けない私は右ウインカーと同時に「ちぇっ」と漏らす。

 右折レーンで対面交通が途切れるのを待っている私の横を、先ほど抜き去ったハーレーとスクーターが直進で走り去る。


 その後ろ姿に「マナー悪かったね、ゴメン」とテレパシーを送った。

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