フラっとCR

「うおぉおぉっ! アルミの固まりが美しい、尊い!」

 職場割引で少しは安く買えたとは言え、学生時代ではありえない金額の出費。無論、無金利ローンフェアのタイミングを狙った。

 タイトルからお気づきの方もいらっしゃるだろう、京浜FCRキャブレターを買ってしまった。冒頭の叫びは箱開けた時の私ね。

 学生の頃に一週間ほど宗則のCB1100Fを借りていたことがあり、その時のFCRのフィーリングが忘れられずとうとう購入に踏み切った次第だ。


「いいね、新品! 俺のはレース使用でだいぶガチャってるからな〜。でかいローラー入れるか、プラスチックガイドレール入れるかしたいところだよ」宗則がスロットルに連動する部分を動かしながら言う。

「すいません、ローラーとかガイドって何ですか?」作業だべり用員として手伝いに来てくれた後輩、トマトが宗則に質問する。


 私もバイク用品店でバイトしていなければトマトと同じ質問をしていただろう。宗則が言っているような商品は流石に取り扱えないけど、問い合わせをされることがあるので知識だけはつけた。それを自分で購入して人身御供インプレするかどうかを考えているって辺りで宗則のバイク改造知識への貪欲さが伺える。


「今、動かしてた部分なんだけど……」

 宗則が大雑把に強制開閉キャブの仕組みと、FCRで経年劣化しやすい箇所と対策部品としてのワイドローラーやガイドレールについてわかりやすくトマトに説明した。


「そもそもフィルター付けずに使うのが摩耗の一番の原因なんだけどね」と、私。一緒に購入したオーバルフィルター取付用アダプターを組み付けながら補足した。

 宗則のCBは私たちが大学の時に入っていたバイクサークルの先輩たちが草レースに出ていた際のレーサー車両で、しばらく放置されていたもの。それを宗則が譲って貰い、公道走行が出来るようにした。

 現状は空気吸入口ファンネルに直接被せるタイプのスポンジラムエアフィルターが付けられているので幾らかマシになってはいるが、サーキット走行時には直キャブ仕様だったのでキャブレター本体は劣化している。


 さて、今回のFCR組付け作業だけど、後々組付けることを考えずに取っ払ってしまう部品が多い比較的楽な内容だ。エアクリーナーボックスや純正のキャブレター、そのキャブレターに繋がる冷却水のパイピングなどがそれにあたる。

 特に、フレームに嵌り込んで正に空間パズル状態のエアクリーナーボックスが無くなることでキャブレターのメンテナンス性は格段に向上する。ただし、湿度や気温などの変化に伴うエンジンコンディションの振り幅は大きくなってしまうので、ボックス使用か直キャブかパワーフィルターかどれを選ぶかは乗り手の好みによる。

 FCRでもノーマルのエアクリーナーボックスを使えるようにするアダプターも販売されていて、ツーリングライダーはボックス仕様を選ぶことが多い。


 その他重要な作業ポイントとして、負圧が発生している時のみガソリンが供給される仕組みの燃料コックを、負圧弁を外して自重落下式にするか、コックをそもそも社外品にするなどしなければいけないんだけど。

 ニンジャには燃料計が付いているので、今回はプライマリーポジションを使って強制的にガソリンを垂れ流す方法にした。ここはいずれ余裕が出たら社外コックピンゲルにしたいね。

 純正のキャブレターではエンジンからの混合気を吸おうとする力が働いていないとガソリンが落ちてこない仕様になっているのだ。


 今の私なら一人でも作業は出来るが、学生時代はよくこうやってみんなで集まってメンテナンスや改造(改悪?)をしていた。で、夜は酒盛り。

 人数や回数は減ったが、やはり今もこうして集まるようにしている。

 そのうち就職組の転勤なんかもあるかも知れないし、結婚や育児なんてイベントもいずれやってくる。これから先、こういった機会は更に減っていくだろう。なので今を精一杯楽しみたい。


 お昼過ぎから始めて夕方には組み付け作業とエンジン始動確認を終え、試走も兼ねて酒屋へ。その後はいつも通り浴びるようにお酒を飲んだ。


 宗則のキャブセッティング話、トマトのバイクサークル運営での悩み相談、私の職場でのモテっぷり等々。明け方まで馬鹿みたいに大笑いしながらバイクに関わる話ばかりしていた。


 話している内に、カサカサだった私の心が潤っていくのを感じた。

 思えば私は飢えていたんだ。ずっとずっと飢えていた。気の知れたバイク仲間との時間に。

 いつからかわからないけど飢えっぱなしだった。

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