入院

 エミのことは気にかけていたが、日々の生活を忙しく過ごす中で次第に連絡は少なくなっていた。


 ――あれから落ち着いたのならいいんだけど……。


 今思えば、わたしはただ、そう思いたかっただけなのかもしれない。


 そんな矢先、驚愕の事実を知ることとなる。

 わたしと彼女には大学時代の共通の先輩がいる。

 その彼――Yさんが突然、


「エミちゃんが入院した」


 と連絡してきた。


「もしもし、あのYさん――。エミは大丈夫なんですか?」


 隣人に何か危害でも加えられたんじゃないかと心配していた。


「大丈夫。大きな怪我とかはしてないよ」


「そうですか……」と胸をなでおろす。


「あのさ、エミちゃんから何か話聞いてる?」


「何か――、ですか……?」


「うん、近況とか……」


「そうですね、前のマンションから一戸建てに引っ越した話は聞きました。犬を飼った話とかも。楽しそうにしてました」


 ――だけど……。


 逡巡したが、隣人に関するトラブルを抱えていたことを伝える。

 Yさんはしばらく相槌を打って聞いていたが、黙り込んでしまった。


「――あの、どうかしたんですか?」


 Yさんは、うんと小さく返事をすると、


「彼女のお見舞いに行って、それからご両親に会ったんだ。――実はさ、エミちゃん


 ――引っ越しなんかしていない。


 頭の中で一度言葉を反芻はんすうした。

 数秒黙り込む。


「え?」


「いや、うん……。彼女、前のマンションに住んだままなんだ」


「えっ? えぇっ? あのワンルームマンションですか? あの、どういう意味です?」


 Yさんは、実はね、と声を低くする。


「マンションの大家さんからエミちゃんのご両親に連絡がいってね、娘さんの様子がおかしいと。――聞けば彼女、マンションの隣の人の部屋に真夜中に押しかけて『もうラップかけないで!』って怒鳴り込んだらしい。その隣人さんは、普通のおばさんなんだけど、音楽なんて一切かけてない」


 わたしは電話を強く握りしめる。


「エミちゃんね、近所でも少し噂になってて、彼女、犬のぬいぐるみに首輪をかけて、それをずるずる引きずって歩いてたらしいんだ……」


 急激に氷を抱いたように身体が冷える。


「――尋常でない彼女の様子を察したその隣人のおばさんがね、大家さんに連絡したんだ。苦情というよりも、あの人具合大丈夫ですか? っていう心配に近いニュアンスで。――そのおばさんね、出勤前の朝、エミちゃんに飛びかかられたこともあったみたいでさ。『窓ガラスを割ったのはおまえか!』って言いがかりをつけられて。もちろんそんなことはしていない。そもそも窓ガラス自体も割られていない」


 頭の中でガラガラと何かが崩れていく。


 ――自分は一体、彼女の何を聞いていたのだろう。


「彼女は引っ越してなんかないし犬も飼ってない」


「じゃあ何で、引っ越したみたいな嘘を……」


 Yさんは、しばらく黙っていたが、


「今、エミちゃんね、精神科の病棟にいるんだ」

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