おかしな隣人

「わたし、隣のおばさんと本当駄目かも」


 数日後に再びかかってきた電話の声は明らかに憤慨していた。


「何かあったの?」


「うん……。モコがね、――あ、うちの犬ね、モコがちょっと吠えたの。家の中で。そしたら、直後にピンポンピンポーンってチャイムすごい連打されて……。ああちょっとうるさいかったかなぁ……って少し覚悟して出てみたら『あなた、どうしてペットショップで犬を買ったの!』って言うわけ」


 わたしは、えっ? と聞き直す。

 突如出てきたペットショップという言葉の脈略がよく分からなかった。


「そう。『えっ』ってなるでしょ? 犬がうるさいこととかは全然言われなくて、なんかね、ペットショップで犬を買わないで! ってずっと延々と怒鳴られて――、それで帰っていったの」


「ちょっと怖すぎない……?」


「でしょ? そもそも、わたしペットショップで買ってないし。モコは保護施設からもらってきた子だし」


 そう鼻息を荒くする。

 わたしは気が弱いことを自覚しているし、他人とトラブルになるぐらいなら泣き寝入りした方がマシだと思っているが彼女はそういうタイプではない。

 後日かかってきたエミからの電話は、直情的な彼女の性格を端的に表している気がした。


「隣のおばさんね、ずっと音楽かけてるの」


「音楽?」


「そう、ピーッパッパ、何とかかんとかパラッパーみたいな。早口で外国のおじさんがラップするみたいな歌」


「えーっと……、ひょっとして――」


 一昔前に流行った、異国の、ある初老ラップ歌手の名を出す。


「そう、それ! 昔よく聞いたやつ。朝も夜も深夜もずーっとずーっと爆音でかけてて……」


「それさ、管理会社に相談できないのかな?」


「うん、そうしようと思ったんだけど……。でもいいやと思って、直接苦情言いに行ったの」


「え、直接? それちょっと怖くない? 喧嘩になりそう……」


「いや、うん、そうなんだけど。文句言いに行ったらさ、『うちで音楽聞こうがあたしの勝手だろう!』ってめちゃくちゃ怒鳴られて凄まれた」


「絶対止めたほうがいいよ、直接は。ましてや一人で行くなんて……」


 さらに一週間後だった。

 電話に出ると、開口一番、


「窓ガラス割られたの」


 わたしは思わず絶句する。


「外から石をぶつけられたみたいで」


「酷い……。でもそれって」


「隣がやったの。絶対」


「え、本当? 見たの?」


「ううん、実際見たわけじゃないけど、でも隣しかいないじゃん、そんなことするの。だから文句言いに行ったの」


「駄目だって、直接言いに行っちゃ……。絶対管理会社さん挟んだほうがいいよ……。それに、そのお隣さんが犯人って決まったわけじゃないんでしょう?」


「でも、そんなことする人、あのおばさんしかいないじゃん!」


 声が尖る。

 相当追い込まれているようだった。


「気持ちは分かるけど、先走っちゃまずいよ」


「本当言うと、わたしすごく怖いの。もし次何かされたら……」


 悲壮な声が受話器の向こう側から聞こえてきた。

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