番外編 大和とつかさ
「……」
大和は、スマートフォンを覗き込みながら一人の友人を待っていた。といっても、待ち合わせなどをしているわけではない。友人の母に「アイツ、そろそろ動くんじゃないですか」と尋ねたら「よく分かったねぇ」と返ってきたので、彼の家の玄関前で待機しているだけである。
「あれ」
玄関の扉が開く。そこから出てきた男に、大和は片手をひらひらさせて返した。
「案外遅かったな、つかさ」
「なんで大和君がここに?」
「つかさの母さんに聞いてさ。どうせ行くだろうと思って待ってた」
「心配しなくても大丈夫なのに」
そう言いながらも、明るい陽の下で見るつかさの顔には微笑が浮かんでいた。表情に出やすいヤツだなぁと、ついつられて笑ってしまう。
が、次の瞬間ヤツの両手に握られたものが目に飛び込んできて、それどころじゃなくなった。
「いやなんで鉄パイプ!!」
「帆沼の脳みそがオガクズじゃねぇか直接確かめようと思って」
「何する気なの!? 絶対させねぇからな!?」
「太い方は母さんからもらって細い方は父さんからもらった」
「お前のご両親、事件混乱させたいのか解決したいのかどっちだよ!」
「解決はしたいけど、それはそれとして帆沼にはブチ切れてるんだと思う」
「なるほど納得」
あの慎太郎の両親ではあるが、あのつかさの両親でもあるのだ。過激なのには間違い無いだろう。
大和は大きく息を吐くと、片手を突き出した。
「一本貸せ。太い方」
「あ、大和君も帆沼カチ割り計画に協力してくれると」
「なんだその怖い名前の計画。違ぇ、預かっとくだけだ」
「でも助かる。二本持つのは重かったから」
「だろ」
つかさは身軽だが、あまり力がある方ではないのだ。それも大和はよく知っていた。
なんせ物心つく前からの付き合いだ。つかさの方が一つ年上とはいえ、まるで本当の兄弟のように育ってきたと思う。
だからこそ、彼の持つ危うさも理解していたのである。つかさは、自分よりもずっと頭がいい。でも、生まれながらの好奇心と、それを満たすに相応しい行動力が、彼を危険な状況に陥らせることもままあった。
――僕が、つかさの分までしっかりしなければ。いつしか大和は、そう心に決めて彼のそばにいるようになっていた。
「あの、もしもし」
そんなことを考えていたら、突然声をかけられた。「はい」と足を止めてそちらを向くと、知らない男の人が軽く頭を下げている。
「すいません、実は道に迷ってしまって……。もしよければ、ちょっと案内して欲しいんですが」
「え、僕に?」
驚いたが、迷子ということなら大いに困っていることだろう。ぜひ力になってあげたいが、自分も自分でやらなければならないことがある。あ、でも目的地が行く途中にあるならいいのかも……。
だが返事しようとした寸前、男は踏んづけられた猫のような悲鳴を上げた。
「お断りします」
答えたのは、つかさだった。
「道に迷う? 案内? おっかしいなー、普通そういう時ってまず目的地から言いません? それに目的地は目と鼻の先かもしれないのに、最初から案内前提だなんて不思議だなー」
「なっ、なんだお前……!」
「そんでもって、初対面で腰に手を回そうとするなんて、馴れ馴れしいにも程があると思いますが」
目の前の男は、痛そうに手の甲を押さえている。どうやら、つかさに思いきりつねられたらしい。
つかさが大和の腕を掴み、後ろに下がらせる。そして、ニヤリと口角を上げた。
「一つ、いいことを教えてあげます。この道路をまっすぐ西に行って、最初の信号を左。そこに、交番があります」
「……」
「本当に道に迷ってんなら、行ってみりゃいいんじゃないすかね。じゃ、そういうことで」
それから、つかさは大和の手を引いてスタスタと歩き始めた。残された男がどんな顔をしていたか、確認する暇も無い。大和は足がもつれそうになりながら、慌ててつかさに尋ねた。
「ま、待てよ、つかさ!」
「何」
「さっきの人、道に迷って困ってたんじゃないのか!? そうじゃないなら、なんで僕に声をかけて……」
「あー」
つかさが足を止める。振り返り、さっきの男の姿が無いことを確かめてからため息混じりに答えてくれた。
「ナンパだよ」
「なんぱ……?」
「そ、ナンパ。君の。っていうか、いい加減大和君も自覚しろよ。見た目もそうだけど、君の一挙一動はえらく人の目を奪うんだから」
「え、え?」
「こういうこと、今までも一度や二度じゃなかっただろ。あの紫戸の時もそうだったし」
「でも、あれは先生がつかさの頭の良さに嫉妬したからで……」
「はぁぁ? 大和君、それマジで言ってる?」
ものすごく呆れた目が大和に向けられる。それに大和が怯んでいる内に、つかさはイライラと鉄パイプで地面を叩きながら殊更早足で歩き始めた。
「ちょ、待てってば、つかさ!」
「待つかよ。兄さんも待ってるし、またナンパされたら困るし」
「ナンパとかそうそうされるか!」
「……」
「何」
「……もう、マジでとっとと落としといた方がいいのかな……」
「おい、何て言ったの! 聞こえなかったぞ、つかさ!」
「はいはい、頑張って追いつけ、十六歳」
「年下扱いすんな!」
「はいはいはいはい」
つかさは早足をやめることなく、大和はなんとか置いていかれないよう必死で走り。それから目的の場所に辿り着くまで、二人が足を止めることはなかった。
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