「この掌の刃は」part.10
中佐の顔に貼り付いているのは、数日前に応接室で見たような、自信に満ち溢れた笑みではなかった。
顔は全体的に綻んでいて、目は爛々と輝いている。それは狂人のものだ。
「市民による歓迎会は楽しんでもらえたかな? 待ちきれなくてね、ついつい命令を出してしまったよ」
「それはどうも」
その言葉は冗談ではなかった。カムイを通して伝わる感情と完全に一致している。
中佐は心底タケキ達を歓迎し、心底タケキ達と語り合いたいと思っていた。
狂っているとしか表現できない意思を浴び、タケキは顔をしかめた。
中佐の背後には淡く輝く光の柱が立っている。
そして、その中にはリザの体が浮かんでいた。カムイで補填されたその体は、タケキが知るリザの姿をしていた。
地下実験場の天井には大穴が空き、青空が覗いている。リザの体から溢れ出したカムイは、そこから王都全体に蔓延していたのだろう。
「当然、私の可愛い部下は処理してきたのだろう? ははははははははは」
点々と赤黒く染まったタケキの外套を見て、中佐の声はより大きくなった。部下を殺されたにもかかわらず、楽しげに笑い声を上げている。
その後頭部からは、街中で見たカムイの糸が束になって伸びている。糸は天井の穴から外に繋がっているように感じられた。
あれは、断ち切らなければならないものだ。
直感的に判断したタケキは外套を脱ぎ捨て、隠してあったオーヴァーの小銃を構えた。
「ホトミ、リョウビさん」
「うん」
「はい」
タケキ同様に身軽になったホトミとリョウビが走り出す。その手には小銃が握られていた。
三方向から同時に銃弾を撃ち込んだ。火薬のみを使う銃とは比べ物にならない速度で、中佐に向け弾丸が放たれる。
残弾も銃身の焼付きも気にする必要はない。小銃は使い捨てる前提で、全ての弾を吐き出していた。
ただ、この程度では中佐は殺せないだろう。多少でも有効であれば、幸運という程度だ。
「終わりかね?」
不可視の盾に守られた中佐は、無傷のままタケキを睨みつける。眼光は鋭いが、貼り付いた笑みはそのままだった。
「話をしたかったのだが、仕方ない。君達の礼儀に合わせた上で聞いてもらおう」
中佐が左腕を振るう。タケキの眼前にカムイが集まった。破裂する圧縮空気だ。
タケキは咄嗟に後方へ飛び退いた。ホトミも後退しつつ盾を展開する。
だが、目の前の空間が炸裂することはなかった。
やられた。カムイはただの牽制だ。
中佐の意図に気付いたタケキは、斜め後方にいるはずのリョウビを振り向く。
その直後、破裂音と共にリョウビの呻き声が聞こえた。
「リョウビさん!」
息はあるが、動くことはできないようだ。地面に倒れ込み、悶え苦しんでいる様子が見える。
「彼女の頭脳は危険なのでね。ペラペラと喋られては困る。なに、殺しはしないよ。私を裏切った罰は必要だがね」
タケキは中佐を睨む。
「おや、怒るのかい? それは不思議だ。敵の戦力を奪うのは当然だろう」
その指摘で、初めて自身の矛盾に気付いた。
これまで、数え切れない程の命を蹂躪してきた。今日だけでも二桁近くの人間を殺している。
奇襲や騙し討ちで、死を知覚する前に殺した。死に向かう人の心を聞いたが、意図的に無視をした。
そんな自分が、仲間を傷付けられただけで怒るなど筋違いも甚だしい。
それに戦いであれば、順に戦力を削るのは当たり前の行為だ。その点では、中佐の言葉は真理だった。
『タケキ、違うよ』
姿を消したリザの声を感じる。
『違う? 俺には怒る資格も、奴を断罪する資格もない』
『そんな資格はあるわけ無いし、必要も無いよ。タケキは自分を正しいと思っていない。それだけはあの人と違うよ』
『そうか……そうだな』
リザの言葉にタケキは意思を取り戻した。
己を正しいと思い込み、周りにその正しさを押し付ける。カムイの糸による正義の強制は、人の心の弱さを囚えるのだと理解した。
ならば、やはり断ち切らなければならない。人殺しの罰はその後で受けよう。
タケキは不可視の刃を形成した。
「そう、やろう。あの時のように」
中佐が左腕を構えた。
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