「この掌の刃は」part.9
背中に銃口を突き付けられていても、タケキは特に驚くことはなかった。
仮にこのまま引き金が引かれても、銃弾がタケキに届くことはない。不可視の刃が、その前にリョウビごと切り裂くからだ。
「どうする?」
だからこそ、この行動には意味があると想像できる。少なくとも敵対するつもりがないことは、これまでの言動から信じられた。
「私が囮になります。このまま行っても無事では済みませんから」
「わかった。任せる」
問答をしている余裕はない。
リョウビは優秀な人間だ。たぶんタケキやホトミよりも。
だから、頼ってみる気になった。
指示された通り、曲がり角から敵に姿を晒す。一斉に銃口がこちらを向き、タケキは両手を挙げた。
構えているのは全員ではなく、周囲を警戒している者もいる。もう奇襲は通じないことの証拠だ。
「待ってください! 研究局のイカワです」
リョウビが声を張り上げる。
あえてイカワの名を使ったようだ。敵兵からの圧が弱まる。
「敵への潜入任務を終え、帰還しました。この通り、目標も捕えています。ヤクバル中佐に目通りを」
リョウビの言葉にも、兵達は動じなかった。その内一人が、通信機を耳に当てている。
一瞬でも隙ができれば儲けもの程度に思っていたが、予想外の効果をもたらした。
「通れ。中佐の命だ。奥の女もだ」
タケキに向いた銃口が下げられる。
敵意は向けられたままだが、地下に向かう道が開かれた。
中佐の差し金だろう。カミガカリに執着している雰囲気があったのを思い出す。
「ホトミ、行くぞ」
これが罠だとしても、乗らないという選択肢はなかった。無傷でリザの体に向かえるならば、その方がいい。
どちらにせよ、中佐は突破しなければならない相手だ。ただし、後ろから撃たれる懸念を持ったままでは前進しづらい。
敵兵に近づくが、カムイ越しに敵意は感じても、殺意は感じない。兵士が命令に従うとはこういうことだ。
「悪いな」
すれ違いざまに、三人の首を切り裂いた。
残りの三人は、小銃を構える前に不可視の盾に押し潰される。
首から血を流す者と、体中の骨が砕ける者。理不尽な死を与えたのはタケキとホトミだ。
あの頃は、こんな卑怯な手を使う事も少なくなかった。少年兵という状況を利用し、助けを求める振りをして敵兵の首や腹を切り裂いた。
当時は任務を果たすため、自分達が生き残るために仕方なく行っていた。
その時と違うのは、自らの意思で騙し討ちをしたことと、カムイを通じて声が聞こえることだ。
死に向かう敵兵から聞こえてくるのは、家族や恋人への想い、生への未練、軍に入ったことへの後悔。死へと進む彼等からは、様々な意思が溢れ出ていた。
ただ、そのどれもがすぐに消えゆく。
断末魔の意思というものは、怨みや怒りが全てだとタケキは思っていた。しかし、それは違った。
人を殺すということの本質を、今になって知った気がした。きっと、レイジはこれを日常的に聞いていたのだ。
それは、糸に繋がれていた人々の声よりも、心を深く抉った。
タケキの位置からは、ホトミの顔は見えなかった。リザも黙ったまま俯いている。
感傷に浸っている暇はない。今はただ、目的地を目指すだけだ。
以前の脱出時に、タケキの刃で切り裂いて追手を妨害した階段が見える。現在は仮設の階段が設置されており、問題なく地下へ進むことができた。
地下の実験場では中佐が待っているだろう。
タケキ達を素通りさせようとした理由も概ね見当がつく。自分の手で仕留めたいといったところだ。
そのためであれば、部下が騙し討ちされる可能性も厭わない。中佐らしいと言えば、実に中佐らしい。
なぜそれほどまでに元カミガカリに執着するのかまでは、わからないしわかる気にもならない。
三人と一人は、無言のまま階段を降りきった。目の前には、カムイを遮断する金属製の扉が鈍く光っている。
その金属の作用で、この向こうには何人いるのか、何を考えているのかは不明だ。それなりの数の兵は用意しているはずだ。
あちらから呼んだのだから、不意をついた攻撃をすることはないだろう。
念のため、ホトミが盾を形成した。
「開けるぞ」
タケキが扉を開ける。
そこには予想に反したった一人、男の姿があった。
「待ちかねたよ。サガミ・タケキ君」
銅色の左腕と剃髪を輝かせたジルド・ヤクバル中佐が、酷く不気味な笑みを満面に浮かべていた。
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