「この掌の刃は」part.8
銃声の中、轟音が響く。
タケキ達を乗せた四輪車は不可視の盾に守られ、治安維持局の入り口に突っ込んだ。
数日前、瓦礫と死に埋め尽くされていた場所だ。今では瓦礫はほぼ撤去され、複数の赤黒い染みがその痕跡を残すだけとなっていた。
「行くぞ」
度重なる酷使に煙を上げる車を捨てる。どちらにせよ、建物の中を乗車したまま進むことはできない。
目指す地下への入り口は、もう少しだ。
「いるね」
残骸が残るだけとなった受付の奥を見つめ、リザが呟く。タケキも同様に複数の殺意を感じていた。
それも、感情的な一般人の殺意ではない。命令に裏付けされた兵士の殺意でもない。複雑に計算された、確実に対象を仕留めるための確実で強固な殺意だ。
「オーヴァー持ちだな」
オーヴァーを持った兵が精鋭中の精鋭なのは、以前の戦闘で充分理解できていた。あの時タケキが圧倒できたのは、リザの力を借りた奇襲を行ったからに過ぎない。
単純に兵士としての能力であれば、タケキなど彼等には到底及ばない。
現状、タケキ達が優位に立っているのは三点だ。カムイを通じて位置を把握できることと、外套の効力でこちらの探知はされないこと。そして、強力なカムイの行使ができることだ。
地下の実験場まで無事に辿り着くには、これらの活用が不可欠になる。
前方では既に組織的な防衛線が敷かれ、後方からは追撃が迫っている。時間の猶予はない。
タケキは乗ってきた四輪車の燃料槽を切り裂き、中のガソリンを流れ出させた。独特の臭気が充満する。
マッチで着火し、受付だった場所を後にした。持ち主には悪いが、炎と煙で気休め程度の時間稼ぎにはなるだろう。
古いクレイ式建築物の特徴である必要以上に高い天井は、姿を隠すのに有効だった。ホトミの盾を階段状に形成し、それを足場に上方に潜むことができる。
真っ当に優秀な兵士であれば、前後左右には注意を払うが上はほぼ見ない。
そして今、タケキの目下には三人の兵が哨戒している。カムイの声からの判断では、後続は暫くなさそうだ。
敵はモウヤ軍の最小戦闘単位である三人一組で行動していた。この異常事態に律儀なことだ。
目下を三人が通り過ぎて行ったのを確認し、タケキは不可視の盾から飛び降りた。
敵が振り向く前に、素早く一人の首を裂く。オーヴァーによる盾で首を守っていたが、高濃度のカムイで更に鋭くなった刃を防ぐことはできなかった。
鮮血が飛び散り、声を上げる間もなく膝から崩れ落ちる。
残った二人が応戦を試みるが、銃を構える前に首から血を吹き出し倒れた。
短時間であれば、複数の刃を形成することもできる。カミガカリでもタケキにしかできない芸当だった。
倒れた敵の持っていたオーヴァーの小銃と、電波式の通信機を奪い取る。これが狙いだった。
カムイから伝わる声だけでは情報が不足することもあるからだ。これで詳細に敵の動きを知ることができる。
また、タケキとホトミは近接戦闘を得意としている。距離のある状態で敵と相対した時のため、射撃武器は持っていた方が良い。
戦う力を持たないリョウビにも、護身用の武器は必要だろう。
ホトミの盾は建物内の通路において、見えない壁としての応用ができる。撹乱や敵同士の遮断に非常に有効だ。
リザの特異な姿も、敵を困惑させるための囮として役立った。
カムイと通信機で把握し、盾やリザで撹乱する。排除が必要な場合のみタケキが刃を振るった。
本格的に対策されれば通用しなくなる稚拙な方法だ。結局は奇策に過ぎない。
ただし、この短時間にあっては充分に有効だ。最低限の接敵で、地下に続く階段に近づくことができた。
「でも、そうそう上手くはいかないよね」
最後の曲がり角に隠れ、ホトミが毒づく。
カムイでの声を聞く限り、階段に続く扉は六人の兵が防衛している。
通信機から、通路の上方も警戒するように指示が出ていた。さすが精鋭、ここまで来られただけでも幸運と言うしかない。
「強行突破しかないな」
「そうだね、かなり厳しいけど」
正直なところ、勝算は良くて五分五分だ。
しかし、ここで時間をとられれば他の兵も集まってくる。多少無理してでも突破しなければ後がない。
悩んでいる時間すら惜しい。タケキは身を低くし、駆け出す体勢を作った。
「待ってください」
動き出す直前、タケキはリョウビに静止された。背中に当たるのは、硬い銃口の感触だった。
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