「この掌の刃は」part.6

 刃を振るう度にカムイの糸は霧散する。タケキの後方には、おびただしい数の子供達が気を失って倒れていた。百を超えたあたりから、数えるのはやめた。

 それでも、全ての糸を断ち切るには至っていない。対応方法を見出したとはいえ、数が多すぎる。


「もうちょいだよー」


 少しだけ先行していたリザから報告があった。

 全員を解放することはできないと判断し、行く手を塞ぐ者だけの糸を断ち切り前進している。

 それでもかなりの数だ。荒くなった呼吸に合わせて、タケキの肩が上下する。

 進めば進むほど、障害となる者の背丈は低くなっていった。誤って蹴飛ばさないようにするのにも神経を使う。


「よし」


 三度続けて刃を振るったとき、ようやく足元の視界が開けた。

 タケキは振り返り、後続を確認する。

 ホトミもリョウビも、子供を踏み付けてしまわないように慎重に歩みを進めていた。

 この状況では、ここまで乗ってきた二輪車で進むのは不可能だ。

 しかし、目的地へ向かうにはまだ距離がある。徒歩では時間がかかりすぎるため、移動手段の調達は必要だ。

 包囲を抜けたことで、先のことを考える余裕が出る。タケキの呼吸も落ち着いてきた。


「リザのおかげで助かった」

「改まらないでよー。もう私達、運命共同体みたいなもんじゃない。お互いに助け合おう」


 掌に乗るような大きさのリザが、親指を立てて見せる。

 タケキにとって、その明るさは心強かった。


「それよりも、急がなきゃ」


 リザの言う通り、時間に余裕はない。直進する進路を確保したのみで、左右からは糸の繋がった子供の姿が迫りつつある。


「ふたりとも、走るぞ」


 ようやく追いついたホトミとリョウビに声をかける。


「リョウビさん、荷物」

「は……はい」


 既に息が切れているリョウビから、大きな肩掛けの鞄を受け取った。ずしりとした重量がある。

 何が入っているのかは聞かされていないが、必要なものらしい。ただ、これを持ったまま長距離を移動するのは厳しい。

 走り始めたタケキは、似たような訓練があったことを思い出し苦笑した。


 王都は中心部に近づくにつれ、徐々に道幅が広くなり、建物の密度も増すようにできている。

 身を潜めるには都合が良いが、それは双方に言えることだ。注意を払いながら進む必要がある。幸いにも四度目の包囲はないようだった。

 しばらく走ると、王都を南北に縦断する大通りがタケキの目に入ってきた。


「タケ君、あそこ」


 そこでホトミが指差したのは、路上に停められたガソリン駆動の四輪車だ。


「いただくか」

「そうだね」


 タケキは乗降用の扉を斬り裂き、四輪車へ乗り込んだ。内装の一部を叩き割り、引っ張り出した二本の配線を接触させる。

 数秒の間に、エンジンは暖機運転を始めた。


「慣れてますね」

「昔に散々やったからな。古い型なら簡単だよ」


 タケキの運転で、拝借した四輪車は大通りを南下する。人の姿は全く見えない。

 あえて大通りを進むのは、最短距離だからだ。今はもう、発見されることを避ける段階ではない。

 銃撃される危険性はホトミの盾で対策する。カムイを制限なく行使できるからこその強硬手段だ。


「サガミさん、カスガさん。今しか話せないと思うので聞いてください」


 一時でも落ち着いていられるのはこれが最後だろう。数分も行けば、治安維持局の建物が見えてくるはずだ。


「さっきのサガミさんを見て確信しました。カムイを行使する特性についてです」


 カミガカリを組織する際の研究結果では、カムイの行使には特性というものが大きく影響するとされていた。

 特性とは、個人の精神性から現れる意思の特徴のことを指している。

 タケキは《切り裂く》から刃を、ホトミは《守る》から盾というように、特性に合わせた訓練が課せられていた。


「恐らく、皆さんはクレイ軍にとって都合のいいように特性を捻じ曲げられています。例えば、サガミさんの本来の特性は《断ち切る》ことだった。でも、軍としては余計なことを考えず《切り裂く》だけでいい」

「言葉遊びじゃないのか?」

「あー、私わかるよ。カムイは人の意思で使うから、気持ちが大事」


 リザが助け舟を出す。

 ホトミも何か考え込んでいるようだ。


「そんなもんかね」

「そんなもんだよー」


 会話はそこまでだった。

 四輪車を囲む不可視の盾が銃弾を弾く。歩兵の持つ小銃ではなく、半固定式の機関銃からの攻撃だった。

 王都に侵入した時と違い、狙いも正確だ。


「大歓迎だね」


 ホトミは改めて盾に意識を集中する。


「ホトミ、守りは頼んだぞ」


 タケキは四輪車を加速させた。

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