「この掌の刃は」part.5

 その光景は異質と呼ぶ他なかった。

 これまでも充分過ぎるほど異常だったが、比べ物にならない。

 年端の行かぬ少年や少女が居並ぶ。それどころか、まだ物事の分別もつかないような幼子の姿すら目に入る。

 それらが、明確な言葉になった意思をタケキ達に向けていた。

 正義と殺意。その奥には様々な感情が隠れるが、ほぼその二種に塗りつぶされている。


「すまない、これは、無理だ……」

「一旦引き返しましょう。分析と対策が必要です」

「そうするしか、なさそうね」


 リョウビの提案が魅力的に聞こえる程度に、タケキとホトミは憔悴していた。

 反転したとしても、二重の包囲を突破する必要がある。それでも、目の前に突っ込むよりは容易に思える。

 命に優劣をつけるつもりはないが、子供を傷付ける覚悟はどうしてもできなかった。


「待って」


 二輪車を反転させようとしたタケキを、リザが静止する。

 その声には未だ芯が残っていた。


「リザ……何かあるのか?」

「うん、やっと見えた」


 リザは何かに気付いたようだ。

 横を向くと、確信に満ちた小さな瞳が目に入った。タケキは、沈みきった心が少し軽くなったような気がした。


「タケキ、私の視界を感じて」

「ああ」


 小さくなったリザは、カムイを行使する力の殆どを失っている。だが、タケキとの繋がりだけは残されていた。

 感覚の共有は、最早手慣れたものだった。


「こいつか」

「そう、これ」


 リザの感覚を通して、眼前に迫る人々を見る。太さはまちまちだが、頭からカムイの糸や紐のようなものを感じた。

 それは、一様に王都の中心に向かって続いている。見上げると、様々な方向から同様に糸が伸びていた。

 リョウビの仮説を正しいとするならば、恐らくはヤクバル中佐へと繋がっている。カムイを通じて中佐の意志が伝わっていると思えば、全てに合点がいく。


「タケ君、どう?」

「カムイの糸のようなものがある。たぶん中佐に繋がっている」

「それ、斬れませんかね?」


 リョウビの言うとおり、単純な話だ。この糸が人々を操っているなら、斬ってしまえばいい。

 タケキの刃で斬り裂けない物は少ない。しかし、カムイで繋がった意思という、モノとして存在しないものを斬った経験はなかった。


「やってみるよ」


 タケキは二輪車から降り、人の壁とすら呼べない背丈の集団に相対する。

 その掌には限界まで伸ばした不可視の刃。


「サガミさん、意識の問題です。カムイは人の意思に従います」


 守りは頼りになる相棒に任せてある。気にする必要はない。

 今は見えない糸を斬ることだけに集中する。

 通信機からの助言も徐々に聞こえなくなった。


「行くぞ」


 自分に向かって声をかけ、タケキは走り出した。

 カムイによる身体強化を使い、数瞬の間に距離を詰める。

 先頭に立つのは、タケキが初めて人を殺したのと同じ年頃の少年だった。


 少年の頭上に向け、右手を振るう。

 しかし、糸は切れずに刃を透過した。


「くっ!」


 少年の拳を避けつつ、左側面に回り込む。

 再度の一閃。それでも糸は刃をすり抜けた。

 前蹴りを左手でいなし、後退する。数秒の攻防の間に、同年代の男女が五人タケキの元へ殺到していた。

 相手が素人とはいえ、六人を同時に捌くことはできない。


「駄目か」

「タケキ、切り裂こうとしちゃだめ。あれはモノではないから。カムイで繋がった意思を断ち切るの。タケキならやれるよ」


 タケキの横で、リザが頷いた。

 この自信はどこから来るのか疑問だったが、信じてみたくなる表情だ。


「断ち切る、ね」


 改めて意識を集中する。

 集団はすぐ近くまで迫っている。恐らく次が最後の機会だ。


 リザは断ち切ると言った。

 物を真っ二つに斬り裂くのではない。他人へ自身の価値観を押し付ける、あの厚かましい意思を断ち切る。

 中佐の剃髪は浮かんだが、その顔は思い出せなかった。


 六人の少年少女が、タケキを囲もうと駆け寄ってくる。

 最大限まで伸ばした刃なら、一振りで全員の頭上を通過できるだろう。

 タケキは右足を前に半身となり、左脇腹へ巻き込むような腰だめに刃を構えた。


「フッ!」


 短く息を吐き、腰をひねり右腕を振り抜く。

 不可視の刃が頭上を通過した六人は、その場に倒れた。

 少年達に繋がっていた糸は、全て霧散していた。

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