「この掌の刃は」part.4
眼前に並ぶ人の壁は、先刻とは様子が違っていた。人数には大差ないのだが、その構成が異なっている。集団の三分の一程度だろうか、老人や女の姿が目立つ。
戦いとは無縁である存在が、敵意を向けタケキ達を阻んでいた。
「タケ君」
「総動員みたいだな」
手に持っている物も、武器と判断できそうなものが減っている。石だったり、木の棒だったり、素手の者すらいた。
先程と同様にここへ突入するかと考え、タケキの額に汗が滲んだ。
「行くしかないよね。盾は任せて」
ホトミがカムイを行使し、弾力のある盾を形成する。
「大丈夫か?」
カムイは行使する者の意思で操る。複雑な操作であればある程、精神的な負担は大きい。
本来は堅固なものである盾に柔軟性を持たせるのは、かなりの集中力を必要とするはずだ。
単に突っ切るだけでは、いつかホトミに限界が来る。このままの方法では、数にすり潰されるのは時間の問題だ。
それに、戦闘に無関係である人々を傷付けるのは避けたい。
盾に激突することでの怪我はホトミの工夫で防げるが、弾き飛ばされた人による二次被害までは対処できない。
ただ、特に対策のない現状ではそうせざるを得ない。タケキは自身の意思と相反する行動に、強く歯噛みをした。
状況はタケキ達を待ってはくれない。敵意と殺意の壁は、すぐ近くまで迫っている。
先頭近くにいる若い女が、手に持った石を投げた。それに触発されるように、人の壁は前進を始めた。
「速度は緩めないでね」
釘を刺しつつ、ホトミは盾を展開する。こういう時の彼女は、腹の括れないタケキよりも強い。
二度目の包囲を突破するため、サイドカー付きの二輪車は人の壁に突っ込んだ。
盾に当たった老人が悲鳴をあげて吹き飛ぶ。弾かれた女の持った石が、隣りにいた男の頭を割る。
カムイを経由して彼らの怒りと憎しみ、殺意と正義感と恐怖、そして痛みが伝わってくる。複数の感情が同時に流れ込み、タケキは頭がおかしくなりそうだった。
ふと脳裏にレイジの言葉が浮かぶ。
奴もこれと同じものを感じていたのだろうか。こんなものではない程に凄惨な、あの戦場で。
違う。死があるのが当たり前な戦場と、死とは縁遠いこの街中では意味が違うはずだ。
タケキは半ば意地になり、感情の渦に耐えた。
「みんな、大丈夫か?」
通信機に向かって声をかけた。
タケキ以外の三人も、同じ状況に置かれている。自分だけの意地で耐えればいいというものではない。
「私は大丈夫だよー」
「なんとか、なってます」
「そろそろ、きついかも……」
それぞれが苦しげな声で答える。特にホトミは、限界が近そうだ。
盾を維持できている内に、この包囲を抜け出さなければならない。
「タケ君、ごめん……」
立ち塞がる最後の老婆を弾いた直後、腰に回されたホトミの手から力が抜ける。
タケキは咄嗟に、二輪車の速度を緩めた。
「死ね、カミガカリ!」
その隙をつき、金槌を持った女が飛びかかってくる。真っ直ぐな敵意に対し、タケキは反射的に不可視の刃を振るった。
「タケキだめ!」
リザの叫びで咄嗟に刃を止める。だが間に合わなかった。
金槌を握ったまま、女の右腕が宙に飛んだ。
「あっ……」
「タケ君、止まらない!」
一瞬呆然としてしまったタケキは、ホトミの声で我に返る。
「くっ……」
歯を食いしばり、再び二輪車を加速させた。女の悲鳴と大量の怨嗟を背に、王都中心部へと向かう。
「タケ君……」
「すまない、迷惑をかけた」
目的地まで、まだ距離がある。
一般人を使った妨害に、タケキ達は疲弊しきっていた。同じような人の壁が続くのであれば、同じ手段での突破は難しいだろう。
単純に突破するだけであれば問題ない。道を阻む者は全て切り裂いて、押し潰してしまえばいいからだ。
そんな許されざる行為を検討しなければならない程、タケキ達は追い詰められていた。
そして、間もなく迫った三度目の壁はタケキを絶望させた。
少数の中年女と老婆、その後ろには大勢の子供の姿があった。
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