「この掌の刃は」part.3

 タケキ達を囲む人だかりは徐々に増えつつあった。既に一目では数え切れない程になっている。

 銃を所持している様子はない。その代わりに包丁、鋸、角材等、各々が武器になりそうな物を携えている。

 その集団の殆どは、青年から中年の男で構成されていた。


「こいつは……」


 カムイで伝わってくるのは、明確な殺意。ただし、悪意は感じない。逆に、正義感から溢れ出す情熱のようなものが漂っていた。それに加え、意図的に隠しているような怯えも見え隠れする。

 つまり彼らは、タケキ達を悪と認定していた。その悪を排除するため、誰に強制させるでもなく、各々の意思で集まって来ているのだ。


「サガミ・タケキ! カミガカリの生き残り!」


 先頭の中年男が声を張り上げ、包丁の先端を向ける。訓練された様子はなく、戦闘行為については素人としか見えない。

 それよりもタケキを驚かせたのは、カミガカリという単語が彼の口から出たことだ。

 旧クレイ軍は、カミカガリの存在を秘匿していた。組織した理由から内情に至るまで、あまりにも非人道的なものだからだ。

 知られているはずのない名称が、一般人の口から発せられた。


「なぜ知っている……?」


 その疑問に答える者はおらず、三人とリザへの包囲はゆっくりと狭まってくる。

 王都に溢れるカムイを行使すれば、二輪車での突破は容易い。しかし、軍属ではない彼等を傷付けることは避けたい。

 ただ、そんな甘いことを言える状況ではなかった。


「タケ君、盾を柔らかくするから突っ込もう」

「ああ、わかった」

「お任せします」


 悩んでいても状況が悪くなるだけだ。通信機から聞こえるホトミの提案を受け入れることにした。サイドカーに乗るリョウビも賛同する。

 ホトミが盾を展開するのに合わせ、タケキは二輪車を加速させた。

 柔軟性のある盾は二輪車の勢いを借り、包丁を構える男を押し退ける。


「ぬぅ……」


 すれ違いざまに、呻き声が聞こえた。押し退けた拍子にだろうか、男の腹部に包丁が突き刺さっていた。

 タケキは思わず速度を緩めようとする。


「タケ君、だめ」


 ホトミに腕を押さえられ、二輪車はそのままの速度で包囲の中に入り込む。

 ホトミの意図はわかる。目的があるのだから、感傷のために動きを止めてはいけない。

 だからこそ、突破の途中で聞こえてくる悲鳴や呻き声は意図的に無視をした。自分の目的のため、戦う力のない他者を傷付ける行為は、タケキの心を締め付けた。


「タケキ、大丈夫?」

「ああ、問題ない」


 リザはその姿を現すため、タケキと感情を部分的に共有している。心配されるほど自身の動揺が大きかったことに、タケキは焦りを覚えた。

 とりあえずは難を逃れたが、このまま王都中心部へ向かえば包囲の厚みは増すだろう。次も上手くいく保証はない。


「サガミさん、仮説の続きです。聞いてください」

「ああ、話してくれ」


 速度は緩めずに短く答える。

 まだ距離は離れているが、敵意と殺意の塊を感じる。ゆっくり話している余裕はないが、専門家の意見は状況を打破する助けになるかもしれない。


「すれ違いざまに感じたのですが、彼らの中にモウヤの平和のためにという意思がありました」

「それはおかしいだろ」


 王都に住まうのは、大半がクレイ王国の国民だ。モウヤのためにと、他人へ殺意を向けるのには違和感がある。

 それに、カミカガリは極秘の特殊部隊とはいえ、旧クレイ軍の所属なのだ。敵呼ばわりされるいわれはない。


「ご存知のとおり、カムイは人の意思を伝えます。耐性のない人間が、誰かの強い意思を受けた時にどうなるか。あくまでも予想の範疇からは出ませんが、可能性はあります」


 モウヤ共和国のためにという強い意思を持ち、それを他人へ強制することをいとわない人物。

 タケキには心当たりがあった。剃髪に、全身筋肉のような大柄な男が頭に浮かぶ。


「中佐か」

「恐らくは。ただ、対処方法はさっぱりです」


 この異常事態の要因はジルド・ヤクバル中佐と想定される。

 彼は恐らく王都中心部にある治安維持局の地下にいるだろう。そこにはリザの体もあるはずだ。

 現状では行く手を阻む人々を避け、目標へ辿り着くのは至難の業だ。なんとか対処法を考えなければならない。

 まだ目視はできないが、タケキ達は着実に第二の包囲へ向かっていた。

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