「この掌の刃は」part.2

 二輪車に向かって迫る弾丸が、見えない盾に弾かれる。


「このまま突っ込むぞ」


 王都への入り口付近には、数人が警備に立っていた。通常使われる経路でないとはいえ、流石に無人ではなかった。

 拡声器から聞こえる停止勧告を無視したところ、当然のように発砲され現状に至る。


 タケキはこの攻撃に違和感を覚えていた。

 照準が甘いのか、半分以上の弾道は二輪車から大きく外れている。射撃の間隔にも意図が感じられない。

 つまりは、余りにも練度が低いということだ。

 その理由は、すぐにわかることになる。


 タケキは二輪車を加速させる。

 王都領内への境目には、申し訳程度の防柵が設置されていた。散発的な射撃をホトミの盾で防ぎつつ、強引に柵を突破する。

 慌てて飛び退く警備の人間を、横目で見た。それは、着のみ着のまま、ただ小銃を持っただけの民間人だった。

 その内一人と目が合った時、声を感じた。


『敵め、殺してやる』


 はっきりとした言葉ではなく、感情が伝わってくる。タケキ達を乗せた二輪車は、王都を包むカムイの中へと入り込んでいた。

 そのままの勢いで、王都内部へと走り去る。追いすがるように放たれた弾丸が命中することはなかった。


 戦闘に行使できるほどカムイの濃度があると、感情が周囲に伝わってしまう場合がある。それは戦闘指揮に大きく影響する事態になりかねない。

 対策として、カミガカリ候補生はカムイに感情を乗せないよう、厳しく訓練されていた。

 一般の軍人、ましては民間人など、そんな訓練はされていない。だからこそ、タケキに声が聞こえたのだろう。


「タケ君、あの声」


 耳に着けた機械からホトミの声が聞こえる。

 リョウビに手渡された、カムイを使う通信機だ。集音機は口元にない。骨の振動で声を拾うため小型にできたらしい。

 カミイケではなく周囲のカムイを使う方式のものだそうだ。それが作動しているということは、王都のカムイは通常通り行使できるということだ。


「ああ、探知の代わりに使えそうだ。それと……」

「一般の人はあんな直線的な殺意持たないよね」

「何かあるな」


 タケキの意見もホトミと同様だ。

 基本的には、人は人を傷付けることをためらうはずだ。それを意思で覆すのが、兵士だ。

 先程感じたのはそのどちらでもない、純粋な殺意だった。


「誰かの意思が植え付けられている、とかでしょうか」

「心当たりあるのか?」

「仮説です。今は立証しようがありませんが」


 通信機からリョウビの声。彼女も感情をカムイに伝播しないよう心得ていた。

 リョウビの言うとおり、カムイで人の意思が上書きできてしまうものだろうか。

 どちらにせよ、軍が管理しているはずの銃を一般人が持っていたという事実がある。ヤクバル中佐が絡んでいるのは確実だろう。


 タケキ達は、この事件の要因がリザの体にあると想定している。具体的なことは何もわかっていないが、まずはその姿を確認したい。そのため、目的地は王都中心部の治安維持局だ。

 このまま順調にいけば二輪車で三十分ほどの距離だ。もちろん、そうそう上手くはいかないだろうが。


 カムイを遮断する外套で身体を覆っていれば、探知に引っ掛かることはない。ただ、二輪車のエンジン音は消せない。いずれは軍に発見されるだろうが、できる限り近づいておきたい。

 目視とカムイから伝わる声を頼りにして、伏兵を警戒して進む。見渡す限り感じる限り、全く人通りがない。

 王都の中では比較的人口密度の低い地域を選び移動しているが、ここまでというのは妙だ。

 戒厳令でも敷かれているのだろうか。それにしては、警備がおざなりすぎる。


 数分後、その疑問は解消されることになる。


「そういうことか」


 舗装された道路が閉鎖されている。

 道路を塞ぐのは防柵ではなく、大勢の一般人だ。それも、タケキ達への殺意に溢れた老若男女が混ざった集団だ。

 この手段ならば、伏兵など必要ない。圧倒的な数の暴力がタケキ達に迫っていた。

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