「全てのカムイを」part.3

 何をするにも、体が自由に動かねば話にならない。

 初日は特に問題だらけだった。食事をするのもままならず、ホトミがタケキの口まで運ぶような体たらくだ。


「はい、あーん」


 ただ、それほど悪い気分ではなかった。


 さすがに下の世話はホトミを頼るわけにもいかず、かなり無理をして移動した。仕方がないとは言え、余りにも不便だった。


 翌日には、かなり状況が好転した。体は痛むものの、それされ無視すれば生活に支障なくなった。とはいえ、まだ戦闘行動には心もとない。

 食事も自分で摂れるようになり、前日のような不便さはなくなった。

 リザはタケキだけに聞こえるよう『デリカシー』と言った。


 療養しつつも、現状を少しは把握しておく必要はある。ただ、この個室でできることは限られている。


「どう?」


 ホトミが浮かぶリザに問いかける。


「全然だめー」

「そもそものカムイが少なすぎるな」


 これまで通りリザの力に頼ることができるか否かで、行動の選択肢は大きく増減する。今回は、減る方に傾いてしまった。

 今のリザは、その小さな姿を維持するだけのカムイしか持っていない。体に吸われてしまったのだろうと、タケキは想像する。

 ほんの少しの時間だったが、あれは異常だった。リザの体を中心に、世界中のカムイが集まったのではないかとさえ思えた。


「私のミスだー」


 その件でリザが頭を抱えるのは通算二十一回目だった。気にする必要はないと二人で言っているのだが、本人は納得がいかないらしい。


「リザちゃんは私との約束守ってくれたし、今からやれること考えましょ」


 ホトミが言うのは、王都で狙撃兵排除のため飛び立った時のこと。また三人で食事をするという約束だ。


「そうなんだけどね、また会えたのは嬉しいんだけどね、私はもう何もできないから」


 リザの声が引きつる。タケキは言葉に詰まった。


「大丈夫、私とタケ君で頑張るから。何を頑張るかはこれからだけどね」


 ホトミはリザを掌で包んで小さく笑った。そして「決着つくまで消えちゃだめだよ」と付け加えた。


 その夜は、宿舎に併設されている浴場の使用を求められた。伝言係の話では「体を清潔にしておいてもらいたい」とのことだ。そんな指図をするような連中は用意に想像がつく。

 友と呼んでいた存在がそこまで堕ちたのかと、タケキは怒りを越えて空しさを感じた。

 体を湯で流せば多少は気分が晴れるかと期待したが、まとまらない考えが頭を巡るばかりだった。


 翌朝。

 タケキの身体はかなり回復していた。多少の無理ならば、なんとかできそうだ。

 相変わらず味気のない朝食を終える。ホトミの料理が恋しく思えた。

 ひと心地ついた後、扉を叩く音。


「どうぞ」


 ホトミが応じたのを受け扉が開く。二日前と同じようにレイジが姿を現した。


「よう、万全か?」


 気軽に語りかける男の服装に、タケキは眉をひそめた。


『うわー、派手派手』


 先日の略式礼装と似てはいるが、装飾の数が遥かに多い。旧クレイ王国軍の正式礼装だ。一般市民の間では、クレイ貴族主義が生み出した悪趣味の権化とも陰口されていた。余程の式典でもなければ着用することのない代物だ。


「ああ、これか? 礼を尽くさねばならないお方の元へ伺うからな。着るか?」


 レイジは胸元をつまみ上げ、おどけて見せる。ただし、目だけは笑っていなかった。


「着せたいのか?」


 その態度に、タケキは低い声で応えた。


「冗談だよ」


 レイジはそう言うと、二着の衣装を差し出した。軍用ではないが、紺色を基調としたモウヤで使われている礼服だ。


「礼を尽くさないといけない相手なのは本当なんだ。窮屈だろうが、頼むよ」


 着替えを待つと言い残し、レイジは個室から出ていった。


「やっぱり貴族だよね」


 背中越しにホトミが声をかける。


「この場所と、あの格好だからな」


 タケキ背中越しに応える。


「とりあえずは、乗るしかない」

「そうだよね」


 着替え終わった二人は、個室の扉を開けた。

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