「全てのカムイを」part.2

 個室に入ってきたレイジの服装は、タケキの感情を逆撫でするには充分すぎるものだった。

 深緑色を基調としたクレイ王国軍の略式礼装は、カミガカリとしての象徴でもある。それは、タケキ達にとっては忌まわしき記憶であった。それを平然と着用しているということは、過去を肯定していることに他ならない。


「目が覚めたんだってな。調子はどうだ?」


 これまでと変わらない口調でレイジは語りかける。タケキは腹の中に黒いものが沸き上がるのを感じた。


「どういうことだ?」


 無意識に低い声が出る。最後に会話した時の気安さが消えていることを自覚した。もうこの男のことは、友と呼べないのかもしれない。


「もちろん説明するよ。動けるか?」


 対するレイジは、態度を変えるつもりはないらしい。あくまでも友としての立場で、タケキに接していると感じる。それがますますタケキを苛立たせた。


「ああ、問題ない」


 タケキは体を起こそうとするが、激痛が走り力が入らなかった。震える腕で無理に支えてようやく、上体を起こすことができた。

 恐らく、身体中の筋繊維が断裂している。痛みという悲鳴を上げているようで、全く言うことを聞かなかった。

 王都での戦いで無茶をし過ぎた。カムイを行使していたとはいえ、激しい戦闘は身体への負担がないはずがない。


「タケ君、無理しないで」


 ホトミが体を支える。その腕に甘え、タケキはゆっくりと体を横たえた。


「まずはゆっくり休んでくれ。と、言いたいところだが時間に余裕がない。二日で万全になってくれ。その後、全て話す」


 レイジは後ろに控えていた部下と思わしき男に指示をすると、再びタケキへ振り返った。


「ホトミ用のベッドも運ばせる。とりあえずは自分で便所くらいは行けるようになれよ。ホトミに迷惑がかかる。いや、それはそれでいいのかな?」


 レイジの冗談にホトミが顔を赤く染める。こうやって二人をからかうのも、以前のままだ。その態度も、タケキを不快にさせる。


 そんなタケキに気付いているはずのレイジは「じゃあ、また来る」と言い残し、個室を出ていった。


「タケ君、そんなに怒らないの。まだ理由も聞いてないんだし」

『そうだよー、ぷらっぷらじゃない』


 ホトミはタケキを嗜めながら、優しく布団をかけ直す。タケキだけに聞こえるのをいいことに、リザも便乗してくる。

 タケキは小さく息を吐いた。


「どんな理由でも、人が死んでいるんだ」

「そうだね」


 治安維持局の惨状、破壊された街並み。それが許容される理由など、タケキには思い付かなかった。それも、レイジの話を聞けば納得できるのだろうか。


「それで、なぜリザちゃんは小さくなってるの?」


 間を取り繕うように、ホトミが疑問を口にする。タケキとしてもそれは気になるところだ。

 ただ、先に説明しておかねばならないことがある。


「俺はまた人を殺したよ」

「そっか」


 タケキは屋上の狙撃兵を排除してから、地下実験場に突入した経緯をホトミに話す。説明が難しいリザとの会話は、悪いと思いつつも省くことにした。

 リザの体を殺そうとしたこと、その際にカムイの渦に巻き込まれたことも、記憶にある限り詳細に話した。

 その都度、ホトミは薄く微笑みながら頷いてくれた。


「俺が把握しているのはここまでだよ」

「はい、じゃあ続きは私が話しましょう」


 小さな少女が二人の間に姿を現し、元気よく挙手をする。やはり、リザそのものだ。


「まずね、タケキにもホトミ姉さんにも謝らないといけなくて」

「どうしたの?」


 リザは大袈裟に頭を下げた。


「死にたくないって思っちゃったの。消えたくないって思っちゃったの。約束してたのに、ごめんなさい」


 タケキとホトミは顔を見合わせて、笑った。リザはその様子を、不思議そうに首をかしげて見つめた。


 その後はリザ自身にもよくわかっていないらしい。一度は体を中心に巻き起こったカムイの奔流に巻き込まれたが、消えたくないと強く願ったところ、今の姿になったという程度の認識だ。


「あとね、ホトミ姉さんにだけ」


 リザはホトミに耳打ちをする。明確な言葉ではないが、タケキにもリザの言いたいことは感覚として伝わる。タケキはそれに気付かない振りをした。


「ええー」


 ホトミは口を押さえて、驚きの声を上げた。


 日が落ちかかった頃、ホトミ用のベッドが運ばれてきた。簡易な折り畳み式のものだが、ないよりは遥かにましだ。

 それと同時に二人分の食事も届けられた。病院食のように、栄養を摂取することだけを目的とした質素なものだ。


「食べられそう?」

「正直、厳しい」

「そっか」


 その返事を聞いたホトミは嬉しそうだった。

 窓から入った夕日に照らされ、二人の姿はは茜色に染まった。

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