「全てのカムイを」part.4

 タケキ達はレイジに案内されるまま、簡素な兵員宿舎を抜けた。


『うわぁ』


 リザが驚嘆の声を上げる。タケキも呆れかえるような気分だった。

 塀から建物まで、無駄に思える意匠や飾りが並んでいる。統一感があればまだ良いのだろうが、あまりに雑多な装飾だ。


 クレイ王国は、王国と呼ぶには歪な構造の国家だった。

 血筋による王を頂点としておらず、平民から飾り物の王を選抜する。それをやるのが初代クレイ国王の側近の末裔である《貴族》と呼ばれる連中だ。その形式は二代目の王以降、数百年間変わらず続いている。

 誰がどういう基準で選ばれているのかは、貴族達しか知らない。ただ、そこにカムイが関係しているのは明白であった。


 長年続いたクレイ王国の支配体制は、王族の血統によるものではなく、王が為すカムイの奇跡によるものだった。開墾、治水、治安維持等、国で起こる様々な課題に対し、歴々の王はカムイを行使することで解決していった。人々は王を敬い恐れた。その王を担ぎ上げる貴族にも従わざるを得なかった。


 約七十年前、その構造に変化が訪れる。カミイケの誕生だ。カムイを補完できる合金で作られたそれは、王の力の一部を万人が使えるようになるものだ。権力の分散を恐れた貴族は、カミイケの製造を規制し掌握した。以後は王の権威ではなく、カミイケの製造と流通で特権階級を維持し続けた。ただし、王の選定や名目上の権力は文化として継続していた。


 カミイケにより安定した権力を獲得した貴族達は、国を統べることから興味を失っていった。貴族による任命制の議会を制定し、政治を自らの息がかかった議員に丸投げした。彼らは王都から離れた場所に絢爛な都市を建設し、こぞって移り住んだ。それがここ、ナムイ市だ。

 貴族達の転居により、クレイの王は王都とナムイを往復するのが重要な公務になっていた。


 終戦後にこの街の扱いがどうなったかは、あまり知られてはいない。

 王は王都にて丁重に扱われているという宣伝が声高に行われたが、貴族については一般市民には知らされていなかった。モウヤの占領政策により没落したとも、別の特権を与えられたとも、噂程度の情報でしかない。

 人気のない煌びやかなだけの街並みを見ると、かつての繁栄は失われているように感じられた。


「こっちだ」


 レイジが屋敷のひとつに向かって先導する。比較的穏やかな外観の屋敷だった。

 門を抜け、大きな扉を開ける。石材と木材を組合せた屋敷内は装飾が少なく、既に麻痺しつつあったタケキの感覚を正常に戻してくれたようだった。


「改めて言うが、礼を尽くしてくれよ」


 レイジがそこまで念を押す相手というのは、タケキには想像できなかった。

 戦争中のレイジは貴族を嫌っていたはずだ。もちろん、タケキやホトミもだが。それが急に媚を売り始めるとも思えない。

 治安維持局よりも薄手の絨毯を進み、応接室と思われる部屋の前で立ち止まる。レイジは緊張した面持ちで扉を叩いた。


「入ってくれ」


 低いが穏やかで透き通るような声が返ってくる。どこかで聞いたことがあるような気がする声だった。


「は、失礼します」


 ゆっくりと開けられた扉の先で椅子に座るのは、簡易な服装をした長髪の男だった。

 年の頃はタケキと同じくらいだろうか、男は柔和な表情を浮かべ口を開く。


「よく来てくれた。座ってくれ」


 レイジは短く「は」とだけ応え、タケキとホトミを椅子へ促した。本人は扉の横で直立している。

 目の前の男に見覚えがあった。頭に浮かぶその人物は、こんな場所でこんな服装をして、自分達に会っているはずがない。タケキは自分の発想を否定した。


「サガミ・タケキ君、カスガ・ホトミ君。君達のことはレイジから聞いている。改めて挨拶をさせてほしい」


 男はタケキとホトミを交互に見つめながらゆっくりと語りかける。思わず聞き入ってしまうような、不思議な語り口だ。


「クレイ・ハクジだ。よろしく頼む。私の計画に巻き込んでしまい、申し訳なく感じている」


 王は二人に向かい、深く頭を下げた。

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