「私だって」part.10

「それでね、私もホトミ姉さんみたいに料理できるようになって、タケキの口に突っ込んでやろうかと」

「リザちゃん、そろそろ寝かせてー」


 四日目の夜。

 声を発せるようになったリザの言葉が止むことはなかった。彼女が自称する年齢よりは幼い話し方も微笑ましく、なにより女同士で遠慮なく会話できることが楽しかった。王都には顔馴染みと呼べる存在は数人いるものの、さすがにカムイにまつわる話はできず気を遣う。

 ただ、ホトミにはどうしても気になる部分が二点あった。


 ひとつは、リザの願いのこと。

 タケキから聞いてはいたが、常軌を逸しているように思えた。全ての前提に自分は死ぬべきという価値観を持っている。

 なぜリザはこの考えに至ったのだろうか。それとなく聞いても、はぐらかされてしまった。そもそもリザという存在は何かという疑問も残る。こうして話している限りは少女そのものなのに。


 そしてもうひとつ。


「タケキがねー」

「それで、タケキもね」


 主語にタケキが多いのだ。リザにとってタケキは特別な存在ということは理解できる。彼がいなければリザの願いは叶わない。この場に存在すらしないかもしれない。だがどうしても気になってしまう。ホトミは自分が嫉妬深い女だったことを自覚した。


 それらを纏めて括っても、リザは好ましい相手であることは確かだ。できるならば、願いを叶えてやりたい。リザが語るのが本心からの願いでなければいいとも思う。


 ベッドの上のタケキを見る。角度が悪く顔は見れないが、寝入ってはいないようだ。こうも騒がしくては無理もない。


「タケ君も寝られないよー」

「はーい」


 意中の相手は話題に入りづらいのか、黙りを決め込んでいる。いつかあの横で寝られる日は来るのだろうか。リザの声が止んだところで、ホトミの意識は微睡みに飲み込まれていった。


 五日目の朝。簡単に朝食をとった後、三人は街に足を運んだ。タケキとリザの訓練と用心を兼ねて、弱く範囲の広い探知を続けたまま歩く。どうやら監視の目はないようだ。当たり前に考えれば監視は必須だ。中佐の意図が読めない。


「窓から見てるより賑やかだねー」

「あんまり大きな声を出すなよ」


 リザの弾んだ声が聞こえる。ホトミには見えないが、きょろきょろと周りを見渡しているのだろう。

 そんなリザを諌めるタケキを見上げる。頭ひとつ分ほどの身長差。顎髭の剃り残しがよく見える。相変わらず生活には無頓着だ。ホトミにとっては、自分が入り込む隙があるのが嬉しかった。


「今日はいろいろ買い物をします。冷蔵庫が空なので」


 これまでは頻繁に通ってはいたものの、毎日三食を共にすることはなかった。二人分の調理が続けば食材の消費も激しい。

 三人は大型の店舗へ足を踏み入れた。一人は浮いているが。


 終戦後はモウヤの文化が多く取り入れられた。店舗の形態もそのひとつだ。野菜の専門店、肉の専門店というものは鳴りを潜め、今は集合型の店舗ばかりとなっていた。スーパーマーケットと呼ばれている。


 リザが持ち上げたのだろう、果物が少しだけ宙に浮く。タケキもリザも強く意識を向けずとも、触ることができるようになっているようだった。話すことも同様に見える。


「いっぱい売ってるねー。あ、これ美味しそう」

「こら、買わない売り物に触らないの」


 姉妹というか、親子のような会話に気付きホトミは苦笑する。右上の彼も、笑っていた。


「タケ君、よく笑うようになったよね」

「そうかな。変?」


 ホトミは首を横に振る。きっかけが自分でないのは悔しいが、タケキの笑顔を見られるのは嬉しいことだ。


「そろそろやるか」

「うん」


 瞬間、ホトミにしかわからない程度だがタケキの目が鋭くなる。

 リザの気配がタケキに近づいた。カムイでの意思伝達で呼んだようだ。


 外出のもうひとつの目的、治安維持局への探知だ。どちらかといえば、こちらが主目的になるだろう。

 治安維持局は接収した旧クレイ軍の司令部を使っている。王都の中心近くに位置するそれは、ホトミ達のいるスーパーマーケットから徒歩で十五分ほどの位置にある。探知で監視はないのを確認しているが、日常を装った方が良いとの考えだ。


 タケキは軽く目を閉じた。

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