「私を探して」part.12
タケキは目の前の少女を見て言葉を詰まらせる。視覚情報として見ているのではなく、頭脳や心といったもっと深い内面でそれを認識していた。先程までの声が聞こえる感覚と同じだ。目では見えない少女が、そこにいる。
年の頃十五、六くらいだろうか。長く艶やかな黒髪、意思の強さを感じるやや吊り気味の大きな目、通った鼻筋から続く桜色の唇。
子供と大人の隙間に在り、絶妙な均衡と危うさを体現しているように滑らかな身体の稜線、その少女は美しかった。
間欠的に轟音と震動が響く。部屋を破壊して回っているのだろう。タケキは迫る危険を認識しつつも、少女から目を離せなかった。
正確に表現するならば、意識を離せなかった。顔は認識できるが全体的にぼやけていて、薄っすらと光を放っている。輪郭は人の姿をしているが、人ではない。
タケキには、それはカムイそのものに感じられた。
『おーい、聞こえてる?』
それがタケキの眼前で手を振った。まるで本当の少女がするような仕草だ。よく通る声だ。空気の振動として聞いているわけではないのだが、声色は感じられた。
「あ、ああ」
喉がからからに渇いている。上手く声が出せず、タケキは頷くことしかできなかった。
『あーよかった。こんなに呼んでも気付いてもらえないのかって落ち込みそうだったよ。最初は私のこと探してくれてるって思ったら、なんかドカドカやりだすし。え? 私のこと無視? ってなっちゃった』
タケキの反応を受け嬉しそうに話しだす。得体の知れないそれは、可憐な外見に反して随分と口数が多い。
姿形を持って話すカムイなど、少なくともタケキは聞いたことがなかった。カムイはあくまでも、人が操る力そのものであるはずだ。その異常さにタケキは唾液を飲み込んだ。
『あーごめんごめん。自己紹介してなかったね。私はリザ・バーストン。リザって呼んで。出身はモウヤ共和国のテホシ地方。北の方ね。冬は寒いよー。歳はたぶん十六。それでね』
「いや、待ってくれ」
リザと名乗る少女の姿をしたカムイは、どうやら説明下手なようだ。たまらずタケキはリザの多弁を制止する。声は出るようになっていた。
『ん?なぁに?』
「君は何なんだ?」
タケキの疑問にはっとした表情を見せたリザは、軽く手と手を合わせる。大袈裟な身ぶり手振りと多様に変化する表情は、本人が申告した年齢よりも彼女を幼く見せた。
『そうか、そうだね。私ってば気が焦っちゃって。そりゃびっくりするよね。うんうん、そこから説明するね。私は――』
よくやく本題に入りかけた時、部屋のドアが吹き飛んだ。ついにここまで来たか。タケキは反射的にリザの前に出る。
冷静に考えれば庇う必要などなかったのだが、体が動いてしまっては仕方がない。
『こんなんなのに守ってくれるの?ちょっと嬉しい』
「静かにっ」
後ろから能天気な声がするが、まずい状況だ。ここにタケキが居るのは気付かれていないようだが、部屋ごと瓦礫の嵐に曝されれば逃げ場なく、生きてはいられない。
『ねぇ、これどういう状況?』
「だから、静かに」
余計な声を出せば見つかってしまうかもしれない。だが、ここをやり過ごしたところでどうしようというのだろうか。もう詰みだ、タケキの背中を冷や汗が伝う。戦場で死に瀕したことは何度もあった。その時は絶望など感じなかった。
今のタケキは殺したくないし、死にたくない、そしてこの少女にも傷付いて欲しくないと思ってしまっている。
『うーん、悪いけど読むね。深いところまでは読まないように気を付けるから許して』
焦るタケキは、その言葉が理解できていなかった。リザを包んでいた光の一部がタケキを包んだ事にも気付かなかった。
『あーそういうことね。わかったよ』
リザは納得するように大きく頷くと、タケキに顔を寄せる。
『私が手伝ってあげる。サガミ・タケキさん』
リザはタケキの耳元で囁いた。その声は平静を欠いていたタケキの心にも強く響いた。名前を知られている事には違和感を覚えなかった。
『声を出さなくていいよ。心を言葉にして私の周りのカムイに乗せて。そしたらわかるから』
『こうか?』
『うん、聞こえるよ』
カムイを介した会話ができるなど、タケキは考えたこともなかった。ただ、世の中にはできてしまって驚くこともあるらしい。
『私のカムイを使っていいよ。もう、あの人は駄目なんだ。心がなくなっちゃってる。サガミさんの気持ちもわかるけど、助けてあげて』
リザの言葉は不思議な説得力があった。タケキはその願いを受け入れることを決めた。
『わかった』
承諾を伝えると、リザの幻影はタケキの肩に手を置いた。濃密なカムイがタケキを包む。そして、タケキは周囲の状況を一瞬で把握した。
地下一階の構造、タケキを狙う相手の位置、座り込んだホトミ、ホトミが殺した三人、天井に開いた穴。漂うカムイで周りを見る、偵察を特性とするカミガカリの隊員でもここまで正確に把握することはできないだろう。
タケキはその異様とも言える力を、当然のことのように受け入れていた。
リザの言う通り、襲撃者からは心を感じない。タケキはカムイの刃をそこまで伸ばした。部屋を出て左側、タケキの刃では届かない距離だったが、今は問題ない。
直線的にしか伸ばせなかった刃は複雑に折れ曲がり、相手を捉えた。タケキは手に力を込め、哀れな兵士の首を切り落とした。
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