「私を探して」part.11
タケキは眼前の人影に向け、低く沈んだ姿勢から右手で握った小刀を切り上げた。タケキの突進に虚を衝かれた相手の体勢は崩れている。ここは一太刀で仕留める。
「なっ!?」
タケキの思惑に反し、不可視の刃を纏った短刀は空を斬る。その隙に相手は後方に飛び下がった。タケキは初手で仕損じるという、自らの不手際に驚いた。
雨のように放たれる瓦礫とタケキの刃では相性が悪い。時間をかければかける程勝ち目は薄くなる。
このまま飛びかかったところで、同じ結果になるだろう。なんなら、瓦礫の弾丸で迎撃され穴だらけにされるかもしれない。
「チィっ!」
タケキは相手が体勢を整える前に、左手で抜き放った拳銃を構え三度引鉄を引く。乾いた破裂音が三回、ほぼ同時に弾丸が壁を三ヶ所穿つ。元より当てるつもりはない。一瞬注意を逸らすことができたならそれでいい。タケキは床を蹴った。
(今度こそ、取った!)
再び必殺の確信のもと、順手に持ち替えた小刀を振り下ろす。肉を断つ感触をカムイの刃越しに右腕全体で受ける。
(浅い!?)
タケキの刃は相手の左肩口から右胸にかけてを切り裂いたが、骨より先には届いていなかった。痛手は与えたが致命傷にはならない。
相手は体勢を崩したまま壁の破片をタケキに向けて飛ばした。狙いはつけられていないが至近距離である。タケキは咄嗟に身体を捻った。
「ぐっ……」
破片は散弾のように広がって飛ばされた。直撃は免れたが、全ては避けきれなかった。タケキの左腕が力なく垂れ下がり、握力を失った掌は拳銃を取り落とす。
左の太股にも破片を受けている。走ることは難しそうだ。防弾繊維を仕込んだ野戦服とはいえ、打撲までは防げない。
目の前にいる相手は距離を取るため後方に跳躍しようとしている。大股で二歩、カムイの刃を伸ばせばまだ届く。タケキは逃すまいと小刀の先に意識を集めたが、刃は伸びなかった。金属の筒から散布されるカムイは先程の一閃で尽きていた。
刃が届かない程度まで後退した相手は、再び瓦礫を放ってきた。これもまともに狙いが定まっていない。右足で勢いをつけ、身体を転がす。間一髪で回避したタケキが顔を上げた時、既に人影は消えていた。
致命傷ではないとはいえそれなりの深傷だ、一旦退いて立て直すのだろう。薄闇に紛れて狙撃されるわけにはいかない。タケキもその場を後にした。
左足を引き摺り、無作為に幾つかの角を曲がった。既に自分がどこにいるか、ホトミがどこにいるかもわからなくなっていた。鍵のかかっていない扉を見つけ、部屋の中に転がり込んだ。
あまりにも情けない。
乱れた呼吸を整えながら自嘲する。ホトミにカムイの筒を渡したことは後悔していない。それよりもだ、二度も機会があったのにもかかわらず無駄にした。あまつさえ、自分は負傷だ。なんたる体たらく。
十年の間に随分と腕が鈍ってしまったようだ。幸か不幸か、過去六回の『仕事』では命のやりとりをせずに済んでいたから、それに気づかなかったのかもしれない。
「いや、違うな」
自分の本心に気付いてしまったタケキは独り言ちた。
「俺は、殺したくなかったんだ」
平和に馴染み、安寧を得た生活に染まっていた。人と生きる意味を知ったから、人を殺す意味も理解してしまった。危険な仕事を引き受けた時、場合によっては殺す必要もあることはわかっていた。覚悟もしたつもりでいた。
だが、その決定的な瞬間に躊躇ってしまった。それが自分を殺そうとしている相手ですら。タケキは自分が変わっていたのだと実感した。だが、今はその変化が恨めしい。
『……て』
ホトミが気になるが、心配の必要はないだろう。彼女ならば筒を置いてきた事に気づいてくれるだろう。カムイさえ不足しなければ、三人程度どうとでもなる。後で叱られるだろうけど。
さぁ、どうするか。
研究室のひとつと思われる小部屋に隠れはしたものの、助かったわけではない。数が多いとは言え部屋は無限ではない。しらみ潰しに探されたら時間の問題で見つかってしまうだろう。
出入口に潜んで、入ってきた所を狙うかとも考える。
『……けて』
そんな手に引っ掛かるほど間抜けじゃないだろう。
『わたしを……けて』
逃した相手ががホトミの所に行ってしまうのもまずい。
『わたしをさがして』
タケキは危険だが動こうと判断をした。
多少感覚の戻ってきた左足に活を入れ立ち上がった時、タケキの目の前に少女がいた。そして少女はこう言った。
『私を探して』
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