「私を探して」part.13

 タケキの足元には、数分前まで人であったモノが転がっていた。首と胴体が分離されたそれは、リザの力を借りて視た光景と一致していた。

 タケキがすぐにでもホトミの元へ駆け寄りたい衝動を抑えここまで来たのは、カムイで視たものをどうしても信用できなかったからだ。

 ただ今は、それが幻想ではなく真実なのだと、むせ返るような血生臭さが証明している。


『ごめんね。こんなことさせちゃって』

『いいんだ、慣れていたから』


 タケキに着いてきたリザは眉を寄せ悲痛な表情を浮かべる。少女が見るべきものではないと思うが、タケキにはリザを気遣う余裕は多くなかった。

 ちゃぷちゃぷと水音を立てて血溜まりを進み、頭部を手に取る。焦ってはいるが、相手の正体だけは確認しておくべきだ。未だ血液の滴るその頭部から、そっと覆面を剥がした。

 彫りが深く高い鼻、モウヤ共和国の西部に住む人々の特徴だ。年齢もタケキより上に見える。額の大きな手術痕が印象的な男だ。

 外見上の年齢からするとカミガカリの一員ではないようだ。そうであればタケキと同年代のはずだ。タケキの脳裏に疑問が沸き上がる。


(ならなぜカムイを使えた?)


 いや、と頭を振る。今はそんなことを考えている場合ではない。タケキは急ぎホトミの元へ走った。左足と左腕が痛むが、動けない程ではない。


『あのね、ねっ。聞いてほしいことがあってね。おーいサガミさーん』

『悪いが急いでいる』

『えー、待ってよー』


 リザが何か伝えようとしているが、ホトミの安否を確認するのが先だ。場所はリザの力を借りた時に把握している。


「ホトミ!!」


 床に座り込んだホトミの姿を認めると、タケキは名前を呼んだ。


「タケ君……」

「無事か?」


 タケキの声にホトミは目を開け、力ない声で応える。


「うん、なんとか。でも疲れちゃったよ。歳はとりたくないねぇ」

「馬鹿、まだ若いだろ。立てるか?」


 タケキの伸ばした掌を取るも、ホトミは立ち上がることができずにいた。急所は盾で防いでいたが、ホトミの手足には瓦礫の弾丸が数発直撃していた。


「ちょっと、痛いかも」

「わかった。手引くぞ?」


 タケキはホトミの腕を引き寄せ、肩を貸す体勢となる。汗の混ざった匂いがタケキの鼻をくすぐり、右脇腹にはホトミの柔らかさが伝わってきた。

 タケキは戦闘とは違う意味で緊張するが、それを感じられることに感謝した。

 ホトミの無事がわかれば、早めに退散すべきだ。増援が来ないとも限らない。


『君のおかげだ。ありがとう』


 カムイに言葉を乗せ、語りかける。リザはそんなタケキを見て、大きく息をつく仕草を見せた。


『これは読まなくてもわかるよ。大事な人なんだね。綺麗で可愛い人』


 リザは薄い光に囲まれたまま、微笑んだ。


「そうだ、ホトミ。俺は彼女に助けられたんだ」


 そう言ってタケキは左側にいるリザの方へ顔を向ける。ホトミもそれに合わせて視線を動かした。


「え?なに?」


 ホトミはまるでリザが見えていないように視線を泳がせる。そして、困惑の表情はすぐに驚愕と怯えに変わった。


「……タケ君、それは何?」

「何って、ああ、ちゃんと紹介しないとな。彼女は――」

「そのカムイは何!?」


 ホトミは悲鳴のような声を上げる。まだ身体に力は入らないのかタケキの手を払うような事はしなかったが、明らかに様子がおかしい。


「ホトミ?どうした?」


 タケキが問いかけるも、ホトミは定まらない視線をリザの方に向けたまま硬直している。


『サガミさん、サガミさん。たぶんね、この人には私がカムイの塊としか見えていないよ』

「は?何だそれ!?」


 リザの言葉にタケキは思わず声を荒げた。カムイで話すことも忘れていた。その声にホトミは怯えた顔を見せる。事態は混沌を極めた。


「ホトミ、下ろすぞ」


 一刻も早くこの場から去る必要はあったが、タケキはホトミの混乱を解くことが必要と判断した。このままではまともに移動などできない。ホトミの両肩を軽く掴み、顔を近づけ目を合わせる。


「いいかホトミ。よく聞いてくれ」

「う、うん……」


 ホトミは未だリザの方を見つめている。タケキはリザに少し下がっているように頼み、これまでの経緯を掻い摘んで語った。

 声の正体はリザだったこと、タケキを呼んだ理由を聞こうとしたところで襲撃されたこと、リザの力のこと。


「そんなことがあるなんて、信じられない。私には見えないし声も聞こえないけど、そこにリザちゃん?がいるんだよね」

「そうなんだ。俺は彼女に救われた」


 タケキはリザの方を見て答える。当のリザは精一杯の愛想笑いを浮かべて手を振っている。ホトミには見えていない。


「わかったよ、タケ君を信じる。凄い量のカムイがあるのは私も感じるしね。理由はこれから聞くとして、声の正体がわかったのは良かったよ」

「ありがとう」

『ありがとー』


 ホトミは納得してくれて助かった。タケキはそう思った。リザも同様にほっとしているようだ。


「で、その子は可愛いの?」

「え?」

『え?』

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