十一話 束の間の収束
「そいつはな、商品だ。逃げ出したと聞いて探してたのさ」
「商品ですって?」
優太は、眉を顰めた。
「お歯黒べったりは擬似的なプロポーズをしただけでほぼ成仏できる。でもって、実体があるだろ? 物好きどもに引き渡して成仏させるまで好きにさせてんだよ」
成仏させることを前提として、それまでは行動を共にできる?
それを商売としているということか。
「レンタル彼女みたいな認識ですか?」
「それもいい。ヤってもいい。こいつらは体を差し出すことに抵抗がねぇからな」
「……ッ⁉」
なんだそれは? まるで身売りではないか。
「だが、お歯黒で顔面もなければ萎えるだろ。だから、外見を変える訓練をしてやるのさ。このブサイクには包帯とマスクをつけるよう訓練した。少しは見れるだろ。世の中には危険な変態も多いが人間相手に好き放題やれば犯罪だ。だが、妖怪は違う。嬲っても壊しても罪にならない。平和的だろ?」
弥勒が薄い笑みを浮かべる。ああ、嫌いだ。優太は思った。
笑いながらそんな話ができる人間には反吐が出る。
「それでキヨさんに外見を変える方法を仕込んだんですね?」
同じ名家でも特徴は異なる。織成には妖怪に訓練を施すノウハウはないが浦川にはあるのだろう。ついでにお歯黒べったりを安定的に仕入できる状況が整っているのだ。磁場の影響で特定の妖怪が出現しやすいスポットも存在する。
「ですが、それって妖怪を販売しているわけですよね。それに今の話だと成仏させる前提のはずが酷い扱いを受けて悪霊化しかねません。許されると思いますか⁉」
「誰に許しを乞う? 風営法か?」
「そ、それは……」
「妖怪に適用される法律があるか? ないんだよ。人権もなければ処分してもお咎めなしだ。それと名家の連中も俺たちのやり方を黙認してる。非難しようがないからな。それと誤解するなよ。俺たちはお歯黒べったりを売ってるわけじゃねぇ。これだ」
弥勒が掌を開いて銀色の指輪を見せる。
「指輪ですか?」
「ああ。この指輪には弱い妖怪の力を封じる霊術を込めてある。俺らはこの指輪を売ってるだけで、たまたま吸い寄せられたお歯黒べったりがセットになってるだけだ。指輪に勝手に憑りついたお歯黒べったりを買い手がどうしようが知ったことじゃない」
弥勒が指を鳴らす。途端にキヨが悲鳴を上げて地面に座り込んだ。
『ああッ‼ 痛いッ…………‼』
「なにをッ⁉」
「こいつにも指輪を付けてる。さすがに素人じゃ指輪経由で痛めつけることはできないが、俺がその気になればこのまま除霊できる。こいつを成仏させたいとか言ってたな。普通は十五万だがこいつは特別価格だ。三万でいい。お前が買ってプロポーズしてやれ。抱いてもいいぜ?」
「……ッ‼」
キヨの人差し指で指輪が光る。紅貴のアパートで対面した時にはなかった。取り押さえられている間に付けられたのか。
(販売する指輪にお歯黒べったりが吸い寄せられた? 屁理屈すぎるだろ?)
だが、理論武装としては上等だ。妖怪の販売を禁止する法律はない。性産業の要素を含むが指輪販売が名目ならトラブルにも発展しにくい。
(周りの名家が黙認してるのは、法律的に罰することができないから。どうして妖怪を巻き込んでまでこういう穴を突いたような商売をするんだよッ⁉)
気に入らない。全くもって気に入らない。
ぎり、と奥歯を噛み締める。
「みゃあ」
そこでドブが一鳴き。キヨの指輪をじっと睨んでいた。そして、優太を一瞥。
(指輪がどうかしたのか…………いや、そうか‼)
ドブが実行しようとしていることは、弥勒を挑発するに等しい。だが、優太は引き下がりたくなかった。ここで引いたら、これまで自分が霊能力者ときて積み上げてきた全てを冒涜してしまう気がした。
「たまたまお歯黒べったりが吸い寄せられただけで意図的に封じ込めたわけじゃない。そう言いましたね?」
「ああ」
弥勒が頷いたと同時にドブに目配せを送る。直後、ドブが跳躍。『裂爪』を起動してキヨの人差し指を根元から切り裂いた。
『きゃあああッ‼』
痛がるキヨの手を素早く引き寄せる。
「すいません。うちの猫がじゃれてたまたま指を落としてしまいました」
確実に揉める手荒な方法だが、後悔はない。それでキヨを救えるなら。
「てめぇ‼」
「…………ッ‼」
弥勒が優太に詰め寄った。
「大した度胸だなぁ⁉ ぶち殺されてぇのか、ああッ⁉」
その剣幕は本職さながらであった。
「…………だが、そうだな。やめにしないか? お前みたいな青二才は嫌いでな。ついからかっちまった。悪かったよ。そいつを渡せ。そもそも、お前が織成でなければ力づくで黙らせてた。俺も織成とは揉めたかねぇんだ。だが、これ以上意地を張るなら容赦しねぇ。こっちも引き下がれねぇ。お前一人で浦川と揉めるか? そこまでして、そいつに拘る理由があるのか? 一時的な同情はこれまでにしておけよ」
同情? ああ、そうか。単なる意地だと思われているのか。ならば、話は通じない。弥勒とは分かり合えない。
「意地じゃないですよ。僕は妖怪とそれに関わる人たちに手を差し伸べるために霊能力者になったんだ。三万円は惜しくない。でも、あなたたちのやり方を認めたくないし見過ごせない。我が身の可愛さにキヨさんを差し出すような、信念を曲げるような、そんなダサい霊能力者になりたくないだけなんです」
「
弥勒が大げさに指の骨を鳴らす。その全身から霊気が立ち昇る。優太では到達できない強力な霊力。空気が重みを増して息苦しくなる。
「実力行使ですか。騒ぎが大きくなりますよ。僕は浦川家の人間が本職のふりをして一般人に凄んでいたと警察に話します」
周囲を見回す。優太達を取り巻くように薄い人だかりが形成されている。弥勒はしばらく優太を睨んでいたが、唾を吐き捨てたのちに戦闘態勢を解いた。
「…………いいだろう。後悔するなよ。おい、引き上げるぞ」
弥勒が浅黒男とスキンベッドに言った。
「兄貴? ですが…………」
「二度は言わない」
「はい」
二人が下がると紅貴がキヨを庇うように立ち塞がった。混乱も大きいだろうに大したものである。
「欠陥品。一ついいことを教えてやる。
弥勒が貶すように優太を振り返った。
「わかりません。それに、どうして僕にそれを話してくれるんですか?」
実は疑問に思っていた。お歯黒べったりの身売りを展開したとして、目隠しとマスクだけでそれほどの需要が生まれるだろうか。加えてキヨは三万円の特別価格?
なぜだ?
なにが、特別なのだ?
「お前には本気でむかついてる。ケジメも付ける。だが、お前みたく突き抜けた馬鹿はさほど嫌いじゃねぇ。それに、自分がどれだけ無知で無力なのか教えてやろうと思ってな」
「それは、喜んでいいんですかね?」
弥勒に気に入られたところで嬉しいわけがない。壊し甲斐のあるおもちゃでも見つけたような感覚なのだろうか。
「そいつ以外は顔も自在に変えられるのさ。部位はあくまでパーツつまり化粧だと教え込むと目と鼻も作り変えられるようになる。モデル、タレント、アイドル、A〇女優でも再現できる。そいつは出来損ないだったから包帯とマスクが限界だったがな。想像してみろ。テレビで見るいい女と同じ顔が結婚したいとよがってくるんだ。可愛がってもよし、痛めつけてもよし、壊してもよしだ。男ならわかるだろ?」
反射的に想像する。テレビで大人気のアイドルや女優。そんな美女が『結婚してほしい』と言い寄ってくる。夜を共にすることもできる。認めたくないが、確かにそれは魅惑的だ。
「消費期限もあるし、妖怪だから写真や動画には残せない。ぼやけるからな」
「期限ですか?」
「ああ。二~三ヶ月は従順な反応を楽しめる。だが、使い込むうちに結婚に執着して悪霊化が始まる。その時は割安で除霊を引き受けてやるのさ。安心安全でアフターフォローも手厚い。いい商売だろう?」
「いいえ。最低です」
優太は一蹴した。むしろ、虫唾が走る。結果だけ見れば人間は満足してお歯黒べったりは成仏できる。だが、それは妖怪の特性と心情を利用しているだけだ。
「良い子ぶるな。お前も顔のいい女を抱きたいだろ? それに、お前がどれだけ出しゃばっても指輪は出回る。その都度止めるか? 買い占めるか? それとも全国のおはぐろべったりを無償で成仏させ続けるのか? できねぇだろ。妖怪に手を差し伸べたいだぁ? 馬鹿か? 無能な偽善者が。お前にできることなんてなに一つないんだよ。それとわかってるな。ケジメはつけさせてもらうからな」
「そうですか」
捨て台詞を残して、弥勒達が立ち去った。その後ろ姿を優太はじっと見つめた。
(無能なんて言われなくてもわかってる。それでも、僕は…………今の僕にできることをやるだけだ)
キヨと紅貴を守れたのは良かった。しかし、一件落着とはいかない。弥勒の言うケジメも気になる。それでも、一難を乗り切ることができたのは事実。束の間の収束に、優太は安堵の溜息を吐いた。
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