一章 醜悪の狐憑き
一話 気配を辿る
憑依の印を結んでドブの体に入り込む。途端に目線が切り替わる。地表二十㎝ほどの視界。意識の抜けた優太の肉体はとりあえず自転車と共に歩道の端側に寄せてある。そして、優太は一陣の風になった。
持続力を犠牲にして速度優先で駆け抜ける。車道の自動車と並走するような疾走を維持したまま
およそ二百m前方の陸橋から漂う異様な妖気。これほど醜悪な臭いは珍しい。
「ふしゃあッ!!」
距離が五十mまで縮まったところで道路樹の
その悪臭はフードを被った人間から漂っていた。性別まではわからず人間に乗り移っているのかもしれないが、距離があり詳しいことはわからない。
(妖気自体はそこまで大きくない。だけど、この醜悪な匂いはなんだ?)
逃亡用に霊力は温存しておきたいが肉体強化や結歩はドブの霊気を充当すれば長時間継続できる。除霊できるかどうかは別問題なのだが。
(どうする⁉)
逡巡した優太だったが直後に息を呑む。フードを被った人物が小柄な女子高生の首を右手で掴み、陸橋の手摺りの向こう側へと持ち運んでいる。少女の足元には
(轢かれる瞬間を撮影するつもりか⁉ イカれてるッ‼)
フードが嘲笑を浮かべた。
フードが優太の接近に気づく。残り十m弱というタイミングでフードが少女の首から右手を離した。
『止めろッ‼ この
思わず叫んだ。決死の形相で近くの歩道に着陸する。少女の身体が自由落下を開始する。現場に急行したはいいが問題が。ドブの肉体で少女を受け止めるのは無理だ。体格差がありすぎる。体当たりすれば少女を歩道へ吹き飛ばすこともできただろうが下手すればドブか少女の首が折れていた。
少女の肉体が路面に向かって落ちる。
躊躇ったのは刹那。
(やれるだけやってみるしかない‼)
優太は
(いけるかッ⁉)
その試みは半ば成功した。少女は空中にて仰向けの体勢で一時的に静止したのだ。しかし、普段より大きく固い結界を形成しているため霊力の消耗が著しい。面積と強度は普段の十数倍の水準である。そもそも結界とは人体を支えるために作るものではない。無我夢中で作り出した結界には無駄もムラも多く、優太の霊力はゴリゴリと削られていった。
(そう長くは持たない‼ でも、失敗したらこの子が死ぬ‼ やるしかないッ‼ やれるだけやれッ‼)
優太は結界を歩道側へ少しずつ移動させた。それは咄嗟の判断だったが理にかなっていた。少女を
優太の目前に全長四十㎝ほどの漆黒の杭のような物体が迫る。フードの仕業だった。
(……妖術ッ⁉ しかも、ただの攻撃じゃない。妙な気配がする)
条件反射で攻撃を躱していくのだが次々と降り注ぐ。攻撃を躱すだけなら他愛ない。しかし、普段と異なる結界を展開しつつ少女を運搬を並行するのは無茶難題だった。
それは初めて触れる道具で皿回しをしながら、飛来する矢を命懸けで躱すという無茶をぶっつけ本番で行なうに等しい要求だった。
何本かが頬を掠めていく。少女を中空に浮かせたまま八秒が経過した時、体に異変が起きる。
(なんだ? 体が、やけに重い……?)
フードを見ると勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
(これはッ⁉ …………まさかッ⁉)
奥歯を噛み締めた優太だったが別の意味でも状況に変化があった。中空に浮いている少女に気づいた通行人たちが集まり周囲が騒がしくなっていたのだ。フードもまたそのことに気づき逃げるように、あっさりとその場を後にした。
(あの禍々しい妖気。それに、逃げたってことは顔を見られたくない? まだ、利用価値があるからか。ていうことは……⁉)
まさか、フードの正体はあの妖怪だろうか?
『…………とりあえず下ろそう』
「みゃあ」
ドブがだるそうに鳴いた。その気の抜けた声に少しほっとしつつ、優太は少女を目と鼻の先にあったバス停のベンチに下ろした。
『ふぅ~~』
「みゃあ」
深く息を吐く。同時に安堵感が押し寄せてその場に寝転がる。妖怪の正体はさておき、いずれにしても命拾いした。
(今回は、本気で…………危なかった)
霊能力者たるもの他人や自らの死は覚悟してはいるが、今回は相手が引かなければどうなっていたことか。
(黒い杭のような飛来物。おそらく奴の妖気が込めてある。被弾するたび動きが遅くなったのは呪術に近い霊術だからだ)
優太は自らに解呪の霊術を行使した。これにより体の倦怠感は薄れてくるはずだ。
(呪術を使う妖怪で、あの禍々しい妖気。しかも、顔を見られるのを避けた。あれは多分まだ取り憑いてることを隠したいから。少しでも長く宿主を痛めつけるために。そうなるとほぼ間違いない)
優太の読みが正しければ、フードの正体は
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