母さんとぶっちゃけトーク

「―――光陰矢の如しって言葉もあるけどさぁ……もう12月。一年が経っちまうねぇ」

「……早いものだね」


 愛しい私の実の母、妃香母さんと一緒におこたに入ってどーでもいいテレビの映像を眺めながら。しみじみ母さんは放つ言葉にこの私……麻生姫香は同意する。

 ホントに早いものだ。ついこの間までクーラーと扇風機が必死に動いていた暑い夏の中にいたハズなのに。気が付けばストーブとコタツでぬくぬくするのが一番な寒い冬がやって来ていた。


「なあヒメ?年末と年始はどーするよ?」

「……んー?どうするって……なにがー?」

「例によって今年もさ、お袋―――もとい、ヒメのばーちゃんから親戚一同の集まりにヒメを連れて来いって言われてんだけどさ。ヒメは行くかい?行ったら美味しいご馳走とたんまりとお年玉を貰えるだろうけど……」

「……行かなーい。母さんが行きたくないなら、私も行かなーい」


 母さんのその問いかけに即答する私。……母さんの事だし。お祖母ちゃんとか親戚とはホントは顔を合わせたくないって思っているハズ。

 だって集まりに行けば絶対お祖母ちゃんとかに『再婚しろ』とかクドクド言われるから。母さんは嫌だろうし―――私だって嫌。母さんの再婚相手は、この私がすでに予約済み。私が母さんのお嫁さんになるんだもん。


「そ、そっかそっか!なら今年もかーちゃんと一緒にのんびり年越ししよっかね!すまんね、多分蕎麦食って紅白見て近所の神社参りするだけの、代わり映えのないつまらん年越しにはなるだろうけどさ!」

「……んーん。今からすっごい楽しみだよ」


 大丈夫、つまらなくない。母さんと一緒に過ごせるなら、私はなんだって楽しい。


「……ところで母さん。さっきからちょっと気になってたんだけど……聞いても良い?」

「おっ?何だいヒメ?」

「……コタツの真ん中に堂々とそびえたつ……このお酒はどうしたの?」


 コタツに入った時からずっと気になっていたこの日本酒。ちらりと見てみるとそれなりに度数高めで、お結構な下戸である母さんには不釣り合いな物だ。

 私は当然飲めないし……どうして場違いともいえるこの家にこんなお酒があるのだろう?


「ああ、コレな。友人からお歳暮って事で貰ったんだよ。私は飲めないって再三に渡って言ってたのに忘れていやがったみたいでなぁ……まったくあのウワバミダメ女、自分が貰って嬉しいモノを贈るか普通……?」

「……なるほど。で?どうしてコタツの真ん中に置いてるの?」

「ん?いや……折角もらったわけだし、ちょっと飲もうかと」

「…………え、飲むの?だいじょうぶ?」


 コタツでゴロゴロ寝転がっていた私も、その発言に思わず起き上がって聞き返す。


「……母さん、お酒あんなに弱いのに……飲むの?」

「おうさ!……ま、そんなには飲めないだろうし。明日は二日酔いで一日ダメになるだろうけどさ……明日も明後日も久しぶりに休みだからねぇ。ちょいと飲んでみようかと思って」


 珍しい……ちょっとびっくり。お付き合いで飲まなきゃいけない時も極力飲もうとはしない母さんが、自分からお酒を飲もうとするだなんて。


「……もしかして。母さん、何か辛い事でもあった?悲しい事でも?お酒飲んで忘れようって思ってる……?」

「へっ……?」


 もしかして仕事とか。私生活で辛い事でもあったのだろうか?心配になり尋ねると、母さんは一瞬呆けた顔を見せ。


「アッハハハ!い、いやいや違う。違うよヒメ!」


 それから盛大に大笑い。……?どうして笑うんだろう?


「酒に弱いからこそ、辛い時とか悲しい時には飲まないよ私は。だって……なんか悪酔いしそうじゃん?」

「……そういうものなの?」

「ああ。かーちゃんの場合はね。だから―――逆だよ逆。……私はね、楽しい時にしか酒は飲まないんだよ」

「……ふぅん。じゃあ楽しい事、あったの?」

「勿論、大事な娘と一緒に休みを過ごせる。これ以上なく楽しい事じゃないかい」

「……ぁぅ」


 ……ニィっと笑い私に殺し文句をくれる母さん。コタツの熱よりも熱いものが、私の中から込みあがって来そう。


「……その、理屈だと。毎週お酒飲まなきゃいけなくなるね」

「ハハ。そだねぇ。それも良いかもね」


 そんなことを言いながらお酒を飲む準備を始める母さん。……母さんが飲むなら、折角だ。夕食も兼ねておつまみとか準備してあげよっかな。

 母さんが徳利にお酒を入れて温めている間に。私はおつまみになりそうなものを用意始める。……こんな時の為に、料理上手なマコから『酒飲み用レシピ』をあらかじめ貰っておいて良かったよ。


「おぉ、旨そう。こりゃ酒飲むのに合いそうなものばっかりだね」

「……気に入ってくれると嬉しい。あ、待って母さん。私お酌する」


 お酒とおつまみも準備できて。再びコタツに戻ってきた私と母さん。早速温めたお酒を杯に注ごうとする母さんを止めて私がお酌をすることに。


「おお、こりゃありがたい。……へへ。こーんなカワイイ子にお酌して貰えるとか。かーちゃん幸せものだねぇ」

「……母さん。飲んでないのに酔ってる?おだてても、おつまみくらいしか出せないよ」

「おだててないさ。本心さ。―――ありがとね、んじゃヒメにも注いでやろう。勿論ヒメはオレンジジュースだけどな」

「……ん」


 今度は母さんにお酌(子供だから勿論オレンジジュース)をしてもらい。二人飲み物を手にする。


「……分かっていると思うけど。いくら明日が休みだからってあんまり飲み過ぎちゃダメだよ」


 いつだったか。私の前でお酒を飲み過ぎて私に介抱された経験もあるわけだし。私がちゃんと母さんを管理してあげないとね。同じ轍は踏まないよ。


「おうさ。羽目を外し過ぎないように気を付けるよ。そんじゃヒメ。行くよ―――せーのっ!」

「「かんぱーい!!」」



 ~30分後~



「うへへぇ~♡ヒメはやっぱしかわいぃなぁ~!さぁすが、わたしの娘だよぉ~!」

「…………踏んだ。同じ轍、見事に踏んだ」


 飲み会が始まって30分が経過した時点で。すでに母さんはべろんべろん。……いや、違うんだよ?飲ませ過ぎないように管理しようとは最初は思ったんだよ?

 でも……仕方ないじゃない。母さん『おいしい、おいしい』って嬉しそうに飲むから……そういう顔見たら『もう飲んじゃダメ』とはとても言えなくて……


「なぁヒメよぉ……ヒメよぉ」

「……ん。どうしたの母さん」

「いい気分だし、いい機会だしさぁ。かーちゃんと今からぶっちゃけトークしようぜぇ」

「……ぶっちゃけトーク?」


 何の脈絡もなくそんな事を言い出す母さん。腹割って話をしようって事かな?……そう言えば。以前母さんがお酒を飲んだ時も似たような流れになったような気がする。


「ヒメはさぁ……私のこと、好きなんだよなぁ?」


 これは……どう答えよう?ここまで酔っていると、母さん酔ってる時の事を朝になったら忘れてしまっていそうな気がする。

 忘れちゃうなら別にここで話をはぐらかして『変な事言っていないで、母さんもう寝ようね』って寝床に連れて行っても良い事かもしれないけど……


「大好きです」


 酔っ払いと分かっていても、母さんからのその質問にはどんな時でも誠実に答えたい。即答すると母さんはうへへとまた上機嫌に笑いながら話を続ける。


「じゃーさぁ。好きってことはさぁ……なに?ヒメ、女の子好きなの?」

「……んー。どうだろ。母さんが母さんだから好きになったわけだし……そういう意味ではそうとも言えるし、違うとも言えるかな。母さんだから好き、が正しいと思う」

「そっかぁ。女の子好きかぁ」


 聞いているんだか聞いていないんだか。よくわからないけどとりあえず、母さんの質問に真面目に返す私。母さんはますます上機嫌に私に質問を投げかけてきた。


「じゃあ、さぁ……やっぱしヒメは……私と、ちゅーしたいとか思ってるのかぁ?」

「……ッ」


 飲んでいたオレンジジュースを思わず吹き出しかける私。……うぅん。どうしよう。答えにくい……


「どーなんだぁ?」


 ……再度問いかけてくる母さん。さっきも思った通り。おそらくこの会話は朝になればすっかり母さんは忘れているだろう。なら、別に答えなくても良い話のハズ。


 ……でも。


「…………う、ん。いつかあの日の続き、したい。母さんとチューしたい。すごくしたい」

「そっかー……ぬふふー。そんなにチューしたいのかぁ」

「……叶う事なら、ね」

「じゃあ、さぁヒメ…………今、キスしてみるかい?」

「…………」


 私、絶句。何を言っているのか分かっているの母さん……!?いや、絶対分かっていないよね母さん……!?


「どーなんだぃ?そーんなに、したいのなら、して良いんだぞぉ」


 おいでおいでと手招きして。クスクスと妖艶に笑う母さん。トロンと寝ぼけているような黒き瞳。酔って赤く上気した頬。濡れたピンクの唇。

 誘っていた。母さんが私を……この私を誘っていた。


「ほら、ひめぇ……おいでよぉ……」

「かあ、さん……」


 誘われて。誘蛾灯に誘われる虫のように、ふらふらと母さんに近寄る私。心臓が破裂しちゃうんじゃないかと思うくらい、触ってもいないのに自分の胸の鼓動がはっきりわかる。興奮しすぎて耳鳴りまで聞こえてくる。


 私は意を決し。震える手ではだけられた母さんの肩にそっと触れ、そして―――


「―――母さん。そろそろ、休もうね」


 どうにか、自分の中の欲望を死ぬ気で抑え込みながら。そう言葉を吐き出した。


「…………ひめ?」

「……母さん、酔ってる。これ以上は色々ダメ。ね、休もう」


 平静を装いながらも私の黒い感情が『絶好の機会だろ姫香、ここで押し倒さないでどうするんだ』と訴える。けれどもその感情に負けじと歯を食いしばり、心の中で血の涙を流しながらも。それでもなんとか言葉を紡いでいく。がんばれ、超がんばれ私。


「…………いいのかい?しなくても」

「……したい。キスとかいっぱいしたい。でも、それは……約束と違う。違うから……20歳を迎えるまでは、ちゃんと我慢するって決めてたから」


 長年想い続け恋焦がれ続け、ようやく……やっとの思いで母さんに告白して。それに応えるように、母さんから約束して貰ったあの日の誓い。忘れぬものか。

 たった一度、約束を反故にして永久に母さんに触れられなくなるなんてまっぴらごめん。たった数年、数年待ちさえすれば……身体も、心も……ぜんぶ私のだもの。


「……数年も経てば、わたしはきっと今以上のおばさんになるぞぉ……?シミも皴も増えて、ヒメの望んでる胸も尻も……だらしなくなるかもしれないぞぉ……?年の差は、残酷だ……ヒメはどんどん綺麗になって、反対に私はどんどん醜くなっていく……それでも、ほんとにいいのかぁ……?」

「……前に言ったと思うけど。シミ一つ、皴の一本。全て残さず母さんを愛でるつもりだから。何一つ問題ない」


 そりゃあ、今の時点の母さんとイチャイチャ出来ないのは残念だけど。きっと数年後、いいや数十年後の母さんも、ぶっちゃけた話死ぬまで……死んでも母さんは美しいままだ。身体も、心も。美しいままだ。確信している。


「……だから、ね。今日は……ちゃんと我慢する」

「…………」

「……折角、誘ってくれたのに。ごめんね母さん」

「…………」


 返事はなかった。きっと……もう眠っちゃったのだろう。そんな母さんをお姫様抱っこして。そのまま母さんの寝室へと連れて行く。


「……よい、しょっと……母さん。お布団だよ」

「…………」

「……起きたらきっと、二日酔い。ちゃんと二日酔い対策のもの用意しておくから安心してね」


 ベッドに横たえ布団と毛布を掛けて。母さんにそう告げる私。


「…………試すような、真似して……ごめんなぁヒメ……愛してる、ぞ……」

「……えっ」

「…………すー……すー……」


 寝ていると思っていたけれど。寝室を出る間際にそんな声が聞こえてきた。慌てて母さんの方を振り向いてみたけれど。すでに深い息を吐き、夢の世界に向かっていた様子。試すと言っていた……まさか、さっきまでのアレコレは私がちゃんと約束を守れるかを試していた……とか?

 今のは……酔って出た寝言?それとも……ホントは最初から素面だった?


「……ん。まあ、どっちでもいいか」


 今更詮索しても仕方ない。私は。本当の意味で母さんと恋人になれるまで……我慢を続ける……ただそれだけ。あと経った数年の辛抱。安いものだ。


「私も……大好き、愛してるよ母さん」


 寝室を出る前に。愛の囁きを私も母さんに返す。……さあ、改めておやすみ母さん。今日も楽しかったよ。


 翌朝の母さんは。昨日の事はやっぱり覚えていなかった。きれいさっぱり忘れていて。飲んでからの記憶は一切残っていないらしい。そうかぁ……こんな事なら、せっかくだしキスの一つでもどさくさに紛れてしておけばよかったかなぁ。うーん、残念。



 ◇ ◇ ◇



「……」


 Pi!


『ヒメはさぁ……私のこと、好きなんだよなぁ?』

『大好きです』



「……」


 Pi!


『好きってことはさぁ……なに?ヒメ、女の子好きなの?』

『……んー。どうだろ。母さんが母さんだから好きになったわけだし……そういう意味ではそうとも言えるし、違うとも言えるかな。母さんだから好き、が正しいと思う』


「…………」


 Pi!


『……したい。キスとかいっぱいしたい。でも、それは……約束と違う。違うから……20歳を迎えるまでは、ちゃんと我慢するって決めてたから』

『……数年も経てば、わたしはきっと今以上のおばさんになるぞぉ……?シミも皴も増えて、ヒメの望んでる胸も尻も……だらしなくなるかもしれないぞぉ……?年の差は、残酷だ……ヒメはどんどん綺麗になって、反対に私はどんどん醜くなっていく……それでも、ほんとにいいのかぁ……?』

『……前に言ったと思うけど。シミ一つ、皴の一本。全て残さず母さんを愛でるつもりだから。何一つ問題ない。……だから、ね。今日は……ちゃんと我慢する」


「~~~~~ッ!」


 Pi!


『私も……大好き、愛してるよ母さん』

「~~~~~~ッ!!!(ジタバタジタバタ!)」


 ―――酔っていた時の記憶は本当になくなっていたけれど。酔いながらも一体何を思っていたのか。一人の酔っ払いは一連の会話を動画付きでこっそりスマホに残していたらしい。

 後日それを見た彼女は。醜態を晒して恥ずかしいやら娘がちゃんと約束を守ってくれたことが嬉しいやら愛の言葉をささやかれてどうにかなってしまいそうになるやらで。二日酔いとは別の理由で、しばらくベッドから抜け出せなくなったそうな。

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