母さんとその後……編

母さんと母の日

 母の日


 それは、子どもを産み育て。そして日ごろから頑張ってくれている素敵なお母さんを労って、その感謝と愛と好意を伝える―――そんな素敵なイベントである。


「―――いや……ヒメ?感謝はともかく。愛と好意を伝えようとしているのは、世界広しと言えどそう多くはないんじゃねーかなってかーちゃん思うぞ。……多分ヒメくらいなもんだろ?」

「……そう?まあ、なんでもいいや。とにかく母さん、母の日おめでとう。いつも頑張ってくれてありがとう。大好きだよ、愛してるよ」


 両手いっぱいのカーネーションと、ウエディングケーキを模したタワー型のケーキ。そして愛の告白を添えてプレゼントする私……麻生姫香。

 そんな私のプレゼントを苦笑いしながらもしっかりと受け取ってくれるのは……世界で一番美しくてきれいで可愛い。私の実の母さんである麻生妃香だ。


「こりゃまた……例年以上に大層なプレゼントだな。このカーネーション……どこからこんなに買ってきたんだいヒメ?」

「……んーん、買ったわけじゃないよ」

「ん?そうなのかい?じゃあどこから……」

「……買ったというか、。母さんの為に種から育てた」

「…………育て……え?」

「……ああ、あとケーキも勿論私の手作り。タワー作るの結構難しかったけど……料理の師匠兼親友の監修の元、頑張った」

「……すっごい、凝ってるな」


 今年の母の日は……特に気合を入れた。何せ今年は母さんに自分の気持ちを打ち明けた私にとっても母さんにとっても大事な年だったからね。

 自慢げにむふーっと胸を張る私。そんな私にどうしてか申し訳なさそうな顔の母さんは、私にこんな事を聞いてきた。


「……なあヒメ?愛娘から祝われるのは嬉しいしありがたいんだけどよ」

「……?なぁに母さん?」

「これさ……相当、ヒメの負担になっていないかい?これ、準備するの相当大変だったんじゃないのかい……?もしかしてヒメのその目の下の隈って、これのせいなんじゃ……」

「???負担?なんで?大好きな母さんをお祝いすることの、どの辺が負担になるの?むしろご褒美でしょこんなの」

「そ、そうなのかい?」


 母の日は、マザコンにとってのご褒美デー。これ世界の常識だよ。私から言わせてもらうなら、この日だけじゃなくて……月に一回。ううん、週に一回……毎日でも。母の日ってあるべきだと思う。

 ちなみに寝不足なのはこれを準備していたから―――ではなくて。母の日という重大イベントを前に、興奮して眠れていなかっただけの話。


「……そもそも。私だったらお金払ってでも土下座してでも母さんをお祝いするから安心してほしい。熱が出ようが、すべての予定ほっぽり出そうが、誰を犠牲にしようが、今日で世界が滅ぼうが滅ぼそうが。最優先で母さんをお祝いするから……母さんはどうか安心して、私にお祝いされてね」

「…………ただの記念日のハズなのに、娘の、愛が、ブラックホール並みに重い……」


 どうしてかちょっぴり引いた目で私を見つめてくる母さん。そりゃあ、重いのは隠していた母さんへの恋心をその張本人にカミングアウトした後だから。

 好意を隠さなくていい分、これからも全力で愛を押し付けるよ。そんでもってその愛の重さで、いずれ母さんを堕とすから。


「ま、まあそれはともかくホントありがとよヒメ。カーネーションは花瓶に生けさせてもらうな。ケーキの方は……流石に一人じゃ食べきれないし。ヒメ、かーちゃんと一緒に食べようか」

「……ん、分かった。ならあーんして食べさせてあげるね母さん」

「あ、あーん……?い、いやそんな事しなくていいから……」

「……遠慮しないでいい。今日は母さんが主役の日。はい、あーん」

「違うから。遠慮とかそういうのじゃないから。この年になって、娘にあーん、で食べさせてもらうとか母親として死ぬほど恥ずかしいからな?…………だからそのスプーンに載せたケーキを私にぐいぐい押し付けるのはやめなさいヒメ」


 ……もー。母さんの恥ずかしがり屋さん。そういうとこも、好き♡


「ったく……ほら。ヒメもちゃんとお食べ。ほい、口開けな」

「……え?」

「ほれヒメ。あーん、だ」

「あ……っ」


 と、あーんしようとしていた私からスプーンを奪い取り、そしてそのまま私の口にケーキを突っ込む母さん。

 …………ぎゃ、逆にあーんを……!?


「どうだいヒメ?美味しいかい?」

「……ひゃ、ひゃい……おいしい、です……」

「そうだろうそうだろう。なにせ私の愛する自慢の娘が作ってくれたケーキだよ。美味いに決まってるさね」


 そうだね、大変美味しかったよ。……いや……味が、というよりも。母さんからあーんして貰えるというシチュエーションが美味しかった……ゴチです母さん……


「しっかしヒメは偉いねぇ。毎年毎年……それこそ物心ついた時から、私の誕生日と並んで欠かさずに母の日を祝ってくれるよな。母親想いのいい子だよなぁヒメ」


 交互にあーんとケーキを食べさせ合いっこしながら、母さんはそんなことを言ってくれる。偉い?そうかなぁ……?


「……子どもが、母親に感謝するのは当然じゃない?」

「当然ってわけでもなくないかい?尊敬できる親ならともかく、そうでないなら……なぁ?家庭環境によっちゃ、親を尊敬できないって子もざらにいるだろうしさ。現に私なんかお袋に何かプレゼントとか贈った事なんか一度も無いぞ」

「……ああ、なるほど」


 言われてみればそうかも。私にはこんなにも素敵な母さんがいるけど……両親を見限った親友の立花姉妹は『『母親を尊敬とか、一生無理かな(ですね)』』って言ってたし。私も父親を尊敬できるかと聞かれたら一生無理だし。

 ……そう考えると『母の日』に自分の母親に感謝できるって事って、当たり前のことのようで……実は凄い事なんじゃないだろうか。尊敬できる母親がいるって幸運な事なのかも……


「……やっぱり私母さんに感謝しないとね。母さん、改めて―――私を産んでくれてありがとう、私を育ててくれてありがとう、私のお嫁さんになってくれてありがとう、私の世界で一番尊敬できる人でいてくれて、本当にありがとう」

「はは、何今更な事を言ってるんだいヒメ。こちらこそ、世界一の自慢の娘として育ってくれてありがとな。……それはそれとして、サラッと流しかけたけど…………まだ私はヒメの母であってヒメの嫁じゃないからな……!?」


 うん、大丈夫わかってる。、だよね。


「……ところで母さん。今後の参考までに聞きたい事があるんだけど」

「ん?なんだいヒメ?」

「……今まであげた母の日のプレゼントで一番嬉しかったのって、どれ?」


 長年の疑問について何気なく問いかけてみる私。母の日は……私にとっては毎年楽しみであると同時に、毎年すっごく悩み苦しむ気合を入れねばならないイベントである。母さんの好みは?母さんの今欲しいものは?流行っているものは?予算は足りる?

 そういうのいっぱい悩んで悩んで悩み抜いている私。……この際、母さんの口から『こういうのが欲しい』とか『あの時のあのプレゼントが良かった・悪かった』と要望や意見があれば悩まずに済むんだけど……


 すると母さんは食い気味にこう答えてくれた。


「全部」

「……はい?」

「全部比べられないくらい最高だったぞ。だから、全部だ」

「……いや、それは流石に嘘でしょう?」

「嘘なもんかい。全部が素晴らしい私の宝物だよ。保存がきかない食べ物とかは幸せを噛み締めながらゆっくりじっくり味わって。それ以外のものは大切に永久保存しているよ。そうさねぇ……例えば去年の感謝の気持ちを綴ってくれたメッセージカードとか、一昨年のお小遣いを貯めて買ってくれたイヤリングとか。どれも甲乙つけられない最高の贈り物さね」


 そう言って何処からともなく母さんは金庫を取り出して、嬉しそうに中身を私に見せつける。そこには……これまで私が母さんの為にと贈ったプレゼントが大事に保管されているではないか。


「特にこれ。見てみておくれヒメ。……ヒメは覚えているかい?」

「……なにこれ?汚い字…………ええっと?かたたたきけん……肩叩き券の事?」

「ああ。これはね、ヒメから初めて母の日に貰ったプレゼントなんだよ。ヒメが幼稚園に通ってた頃、幼稚園で作ったものらしくてね。『だいすきな、おかーさんに!ひめからのプレゼントです!』って言ってくれてよぉ……嬉しかったなぁ……あの時のヒメ、可愛かったなぁ…………今だって勿論可愛いし、日々美しく成長してくれてるけど。あの頃のヒメはまた別ベクトルでホントに可愛くてなぁ……」

「…………覚えてない」


 『かたたたきけん』と小さい子がクレヨンで書きなぐったその紙の束を、うっとりとした顔で母さんはなぞる。これ……私がプレゼントしたのか。

 ふむふむ……なるほど。その頃からすでに母さんの事を想っていたのか私。……我ながら筋金入りだよね。


「……というか、母さん。一つ言わせて頂戴」

「あん?何だいヒメ?」

「……その肩叩き券、なんで使わないの……?」


 作った本人も忘れてしまうくらい昔に作ったその肩叩き券なる物。どうやら一枚たりとも使われた形跡がないみたいだ。

 ……折角作ったのに、使われなきゃ意味なくない?


「いや、ヒメからの最初の贈り物だったから……使うの勿体なくてさ。大事に大事に取っておいて、時々金庫から出して眺めてはまた金庫に入れてを繰り返して……んでもって、気づけばこんなに長い時間が経っちゃってたんだよなー」

「……そこはちゃんと使おうよ。……多分当時の私も『……どうしておかーさん、使ってくれないの?』『気に入らなかったのかな』って思ったと思うよ……」


 そんな券くらいまた作るから。つーか、肩叩きくらいそんな券がなくても喜んでするから私……


「……あ。なら折角だし……その券、今使おうよ」

「えっ?」

「……母さん最近『肩がきつい』って言ってたでしょ。だから……私が、母さんに肩叩きしてあげる」

「ッ……!」


 そう軽い気持ちで提案してみる私。するとどういうわけか。母さんは一瞬ビクッと身体を強張らせ、数歩ほど私から距離を置く。……え、何?


「……どしたの母さん」

「…………ヒメ、お前……約束忘れてないだろうな?」

「……約束?」

「20歳まで私に手を出さないって約束だよ。……まさか肩叩きの名目で、私にセクハラしようとか考えてないだろうね……?んな事したら、約束破ったって事で私と付き合うって話は無しだよ……?」

「それ、流石に心外……!」


 いくら母さんと言えど、言って良い事と悪い事があると思う。地味にショックだ……

 この私がどさくさに紛れて、母さんのたわわなお胸とかにタッチしちゃうとでも思われているのだろうか?そんな事、私がするはず―――


 …………いや、正直言うとやってみたい。ちょっと触れるくらいなら母さん事故で済ましてくれそうだし……で、でも……約束だから。手を出さないって約束したから……大丈夫。多分。


「……どうか自分の娘を信じてほしい。母さんは、私はそういう事するような娘だと思う?」

「するような娘だと思う」


 即答された。なんでさ……


「現に今ヒメの事だし『正直言うとやってみたい。ちょっと触れるくらいなら母さん事故で済ましてくれそうだし』―――とか思っただろ?こっそり胸とか触る気満々だっただろ?正直に答えてみ?ん?」

「……母さん、実はエスパー?」

「お前さんの顔にそう書いてあるんだよヒメ……」


 流石母さん。実の母親なだけあって、私の邪な考えなどお見通しか。

 ……むぅ。残念。セクハラ云々は置いておくとして。それとは別に純粋に母さんを労わるつもりで肩叩きしてみたかったのに……こうも警戒されたら肩叩きどころじゃないか……


「まったく、やれやれだ。…………いいよ、やってくれヒメ」

「……?何を?」

「何をじゃないよ。やってみたいんだろ、肩叩き」


 なんて、ちょっぴりしょぼんとしていると。母さんが『仕方のない子だな』と言わんばかりの表情で肩をはだける。……え?


「……いい、の?」

「…………約束、ちゃんと覚えておきなよ?性的な接触は、NGだからな?」

「……でも母さん、嫌なんじゃ……」

「嫌、とは言ってない。……私も、娘に肩叩きされるの……嫌いじゃないからね」


 照れ隠しのように私に背を向けて。母さんは『ほら、やってみな』と促す母さん。

 ……こう言っちゃアレだけど、なんだかんだ母さんチョロ―――もとい。母さん甘いよね。


「…………おいヒメ?今なんか、すっごい失礼な事考えなかったかい?」

「……気のせい」


 おっと……いかんいかん。折角母さんも乗り気になってくれたんだ。気が変わらないうちに、やらせてもらうとしよう。


「……それじゃあ、ありがたく。いくよ母さん」

「おー、頼むわ」


 そんなこんなで始まる肩叩き。……マッサージが得意な友人のカナー曰く。典型的な握りこぶしを作って強く叩くような肩叩きは、肩の筋肉を傷めさせてしまいかえって肩こりが悪化するそうだ。

 手刀を作ってリズムよく、トントンと肩の筋肉をほぐしていくのが正解らしい。その教えに従って。母さんの肩を真剣に肩叩きをさせてもらう私。


「は、ぁ……ん、んんッ……あー……」


 初めは若干渋っていた母さんも、次第に蕩けた表情で声を上げて私の肩叩きを堪能してくれる。


「……どうかな母さん?気持ち、いい?」

「ああ……ヒメ、上手……すっごくきもちいいわぁ……どこでこんなの覚えたんだい?」

「……友人に、こういうの詳しいのがいる。教えて貰った」

「そっかぁ……」


 悦んでいただけて、光栄。……友よ、ありがとう。まさかお遊びで教えて貰ったマッサージが、こんなところで役に立つとは。

 そのまま肩叩きだけでなく、肩もみもついでにやってみることに。肩を揉む上で大事なのは、指先ではなく手全体を使って揉んでいく事。慈しむように、日ごろの感謝の気持ちを込めて。優しくゆっくり丁寧に。母さんの肩を揉んでいく私。


「はー……癒されるぅ……ヒメ、お前マッサージの才能あるぞー……」

「……ホント?ちゃんと効いてる?」

「ああ、効くぅ……まじ最高……」

「……それは良かった」


 どうやら母さんはご満悦のご様子。肩叩きなんて子どもっぽくて、プレゼントにしようとか考えてもいなかったけど……これはこれで、思わぬ母の日のプレゼントになったようで何よりだ。

 そんな感じで肩叩きと肩もみを交互にやりながら。私と母さんはとりとめもない話で盛り上がり、時々思い出したように作ったケーキを食べさせ合いっこ。親子二人仲良く、いちゃいちゃと。静かでゆったりとした時間が流れゆく―――


 傍から見れば特別じゃないけれど、でもやっぱり母さんにとっても、私にとっても……特別な。今日この日、母の日は今年もとっても素敵な一日でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る