第31話 受け入れられないその理由

 親友のマコから教えを施され。その教えに従い準備を整えた私。


「……お帰りなさい、母さん」

「…………あ、ああうん。た、ただいま……ヒメ」


 準備万端の中。お仕事を終え帰って来てくれた母さんを玄関で土下座しながら出迎える。そんな私を前にして、母さんはまるでお化けでも見たようなギョッとした顔を見せる。

 ……あんなことがあった昨日の今日だ。普段は物怖じしない母さんも、やはり私と対面するのには抵抗があるのだろうか。


「……わかってる。わかってるよ。私の事……怖いよね、母さん。本当は……家に帰るのも嫌なんだよね」

「いや、あの……ヒメ?」

「……でも、どうか堪えてほしい。私、母さんに言わなきゃいけない事が……あるの」


 本当は私なんかと話をするのも嫌なのかもしれない。私の顔を見るのも嫌なのかもしれない。それでも、嫌だと思われようとも……嫌われようとも。私には母さんにやらねばならないことがある……

 昨日のことを、ちゃんと謝って。その上で伝えたいことがある。だから……


「……だから、どうか。話を聞いてください……母さん……!」


 とにもかくにもまず話を聞いて貰わないことにはこれから進めない。どんな罵声も覚悟のうえで、私は額を床に擦りつけて母さんに話を聞いて貰うべく許しを請う。

 そんな私を前にして。母さんは震える声でこう返してきた。


「ヒメ。私も、その……話をしたいと思っていたんだが……」

「……だが?」

「その前にな、一つヒメに聞かせてほしい事がたった今出来た」

「……うん。なんでも、聞いて」

「ありがとな。じゃあ聞くけどよ―――」

「…………(ゴクッ)」


 思わずごくりと唾を呑み込む。一体、何を言われるんだろうか……?緊張する私に、母さんはと言うと……


「―――その恰好は、一体何だい……?」

「……?何って……人に謝る時にはそれ相応の格好じゃないとダメらしいし」

「…………それが、人に謝る時の、格好かい……?」


 唖然とした顔で、おかしなことを聞いてきた。……いや、恰好が何だと聞かれても……


「……???うん。私の知り合いの謝罪のプロフェッショナルから―――一番効果的だって聞いたんけど……」

「よーし。悪い事は言わない、今すぐそのアホと縁を切りなさいヒメ…………何処のどいつだ、純粋無垢なヒメに可笑しな知識を教えやがったバカは……!?」


 ヒラヒラのエプロンをひらひらさせて母さんに見せると、母さんは真っ赤になりながら頭を抱える。

 ……あれれ?おかしいな。マコは確かに自信満々に―――


『コマに謝る時はね。その恰好でごめんなさいって言うと、大体の事は『姉さまは仕方がない人ですね♡』って、許してくれるんだよー』


 ―――って言ってたんだけどなぁ……?ねぇマコししょー。どうやら母さん的に裸エプロンはお気に召さなかったらしいよ。

 これはやっぱし……母さんの年代に合わせてボディコンとやらで勝負すべきだったかな……失敗失敗。


「と、とにかくだ……とりあえずヒメ。そんな恰好じゃ……色んな意味で目のやり場に困るし……なにより風邪も引いちゃうぞ。まともな服に着替えて……それからお話しよう」

「……お話?」

「ああ。さっきも言っただろ?かーちゃんも……ヒメと腹割って話がしたいって思ってたんだよ」

「……!わかっ……た。すぐ行くね」


 母さんのその言葉を聞き、再び身が引き締まる。一旦部屋に戻ってちゃんと服を着てからリビングへ。


「……お待たせ」

「ん、ああいや。待ってないよヒメ」

「……?何、見てたの母さん」


 リビングへ向かうと何かを凝視している母さんの姿が。私も母さんの視線を追ってみてみると、


『人に謝る時は、誠意を見せる為にもやっぱ何かしらの贈り物とか用意しておくと良いよ!特に手作りのモノがより効果的!これで私は先生たちを買収してどうにかこれまで留年とかせずに済んだわけだし!』


 そんなマコのアドバイスで私が作った、母さんの好物の大量のマフィンがそこにあった。


「そのマフィンって……もしかして、ヒメが……?」

「……うん。また、作ってみた。母さん……美味しいって言ってくれたから」

「…………そう、かい」


 物欲しそうな。何やら思うところがあるような。そんな複雑な表情でマフィンをじーっと眺める母さん。食べたいのかな?折角母さんの為にと頑張って作ってみたわけだし、食べて貰えたらとっても嬉しいんだけど……


「……作るの、ダメだった?」

「え?あ、いや……そうじゃない。そうじゃないんだが……」

「……だが?」

「……これまたピンポイントに私を揺さぶってきたなって思ってね。……全く。狙っているわけじゃないんだろうけど、そこが却って末恐ろしいよなヒメは……」

「……?」


 何の話をしているのだろうか?もしや母さん、マフインは食べ飽きた?まあ、母さんに『美味しいよ』と言って貰って以来。かなりの頻度で母さんに作っていたわけだから食べ飽きるのも無理は無いか……

 しまった、これまたチョイスを失敗したかも……


「それよりもヒメ。早速で悪いんだが……話をしようか。そこ座りな」

「……あ。う、うん……わかった……」


 ポンポンとソファーを叩き座りなと言ってくる母さん。私は恐る恐る母さんの隣に腰かけながら心の中で準備をする。

 ……大丈夫、落ち着け私……ちゃんとマコに教えられた通り……誠意をもって謝るんだ……


「……か、母さん……!あのね……わ、私……」

「待ったヒメ。……色々と、言いたいことはあるだろうけどさ。まずはかーちゃんの話を聞いてはくれないかい?」

「……え」


 善は急げと母さんに謝罪しようとしたけれど。その謝罪を遮って母さんはそう言ってくる。……母さんの、話……


「……わかった。聞く。なんでも、話してください……」

「ありがとなヒメ。……まあ、わかってるとは思うけど……話っていうのは昨日の件なんだわ」

「……うん」

「昨日は悪かった。突然だったのもあるけど……情けない事にかーちゃん臆病風に吹かれてさ。ヒメの想いを。ヒメの告白をなかった事にしようとしちまった。……一日置いて色々と、かーちゃん考えてみたよ。ヒメの気持ち。私の気持ち。……これから私たちはどう接していくべきなのか。色々とね」


 それを聞いて嬉しく思う。そっか……どんな結論であれ、私の好意をしっかりと受け止めてくれたんだね母さん。

 ……うん、うん。それだけで……十分嬉しいよ。


「考えたうえで、私の中で出た結論を言わせてもらうとだね」

「……はい」

「…………すまない。ヒメの気持ちには、やっぱり応えられない」

「……ッ」


 ハッキリと、母さんの口から貰えた拒絶の言葉。私は思わず天を仰ぐ。


「……理由、聞いても……いい?」

「まず、私たちは同性で。そしてそれ以上に……血のつながりを持つ親子だぞ?」

「……わかってる」

「本当に、わかっているのかい?……仮に……そう、仮にだ。私とヒメが恋人関係になったとしてもだ。世間一般の恋人のような事は、私にはできないんだぞ。愛を囁き、肌を重ね、唇を重ね合うような恋人同士でやる甘いスキンシップは、私は絶対にヒメとはできない。……やったら普通に犯罪だからね。性的虐待に当たる行為だ。バレたらかーちゃん捕まっちまうよ」

「……わ、私は…………虐待だとは思わないし。そういうの、気にしないし……誰にも言わない……よ?」

「私が気にする。……実の娘に手を出しました、なんて最低な事を実際にやらかしちまえば―――私は私が許せない」


 考えなしの私と違い、大人な母さんは至極当然の事を言ってくる。


「……で、でも……そういう事しなくても……恋人には……なれると思う……」

「本当になれると思っているのかいヒメ?……昨日みたいにさ、ヒメは私を押し倒そうとしないと誓えるかい?無理やり迫り、キスをねだらないと……胸を張って言えるのかい?」

「…………」


 自信を持って言わせて貰おう。―――そんなの、無理だって。


「それと……もう一つ言わせてもらうとだな」

「……うん」

「私は、ヒメに自分の子どもを産んで……育ててほしいって思ってんだよ」

「…………それ、は……」


 その一言に胸を締め付けられる私。


「……子どもを育てるのってさ。つらい時もあるけど本当に幸せなんだ。ヒメ、私はね……ヒメを産んだお陰で……ヒメを育てられたお陰で。本当の幸せに気づくことが出来たんだよ。旦那の件で失敗もして。苦しい思いもいっぱいして……それでも、愛娘がいてくれたからこれまで頑張ってこれたんだ」

「……母さん」


 母さんに言われてハッとする。……ああ、そっか……そうだった。今の今までこれっぽっちも考えていなかった。考えもしなかった。

 ……仮に、母さんと恋人同士になれたとしても。愛を育むことは出来ても……私には絶対に出来ないことが一つある。


「その幸せを私はヒメにも感じてほしい。その幸せな未来を私はヒメから奪いたくない。……ぶっちゃけ母親としての我が儘だけどな。孫の顔を見ないまま老いていくのは嫌だなって思ってる」

「……」


 ……血の繋がった我が子を愛し合う二人で育てる事。なまじ、父の件でそれがダメになっただけに……母さんも一人の女性として望んでいるのであろうその行為を、私は……できない。

 その幸せを母さんに与えることが出来ない……


「だから……ヒメ。私は、ヒメの好意を。ヒメの気持ちを……受け入れられない」

「……そっか」


 静かに、小声で。だけど最初に告げた一言よりもハッキリと。私の告白の答えを告げる母さん。


 ……わかってた。昨日母さんから平手打ちを貰った時点で、分かりきっていた答えだった。叶いっこない、私の初めての……そして最後の恋。

 聞かなかった振りをされるよりもずっと良かった。しっかりと私の想いを受け取ったうえで、一日かけて考えてくれて嬉しかった。だって……フラれるの……わかっていた事だったし。


「(……ああ、でも。それでも……)」


 胸の奥底が重くなる。視界が歪んできたのが、眼を覆う涙のせいだという事にすぐには気づけなかった。母さん、優しいから。もしかしたらという希望的観測に縋っていた私は……改めて打ちのめされる。

 あ、はは……フラれるの、わかっていても……やっぱり失恋って、辛いんだね……


「おい、ヒメ……」

「……だ、だい……じょうぶ。大丈夫だよ母さん」


 ぽろぽろと零れ落ちる雫を掬う母さんに、せめて負い目を感じさせないように笑ってみる。……笑え私。ちゃんと、母さんは答えを出してくれたんだ。笑うんだよ……

 そしてその上で、私も母さんに昨日の事で謝罪をしなきゃ……


「……あ、ありがと……ちゃんと、答えを出して……くれて……」

「……」

「……母さんの、話。わかった。うん、わかってたから……へーき。……そ、それじゃあ……私の番だね。あ、あのね母さん……私……母さんに謝ろうと、おもって……」







「―――話はまだ、終わってないよ」

「……え?」

「話はまだ終わってない。今のは。これからするのは―――。よく聞いておきな……ヒメ」

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