第30話 気づいた気持ちと覚悟と決意と
~SIDE:Mother~
「―――で?課長はこれからどうするんです?」
「どうするって……何がだ」
「ですから。これから課長はヒメちゃんと、どう向き合っていくつもりなんですか?」
「……それ、むしろこっちが聞きたいわ。一体どうすりゃいいんだろうね私は……」
昼休みとなり、とりあえず食堂へと移動して部下である加藤にヒメについて相談を続ける私。これから私はヒメとどう接していけばいい?ヒメの私への想いに……どう応えてやるのが正解なんだ……?
わかんねーよもう……
「まー、実際難しい問題ですしわかんないですよね。……んー。じゃあそれを考えるのは後にしますか。では質問を変えましょう。ねぇ課長、課長自身はどう思っているんですか?」
「どうって?」
「何すっとぼけているんですか。ヒメちゃんの事ですよ」
……?いや、どうって言われても……
「ヒメちゃんに告られて、どう思いました?好きって言われて課長はどう考えたんです?」
「……言ったろ?困った事になったなって―――」
「ああもう!違います、そういう話じゃなくて!課長にとって、ヒメちゃんはどういう対象なんですか?」
「……どうもこうも決まってる、愛すべき娘だが?」
私にとってのヒメは……何を犠牲にしてでも守りたい世界一大事な娘。その前提はこれから先何があろうと絶対に覆らない。何故そんな当たり前の事を聞いてくるんだこいつは?
「それは知ってます。そんな当たり前の話じゃなくて。ヒメちゃんに告白された時……好意を受け取った時、課長はヒメちゃんの事をどう思いましたか?課長はヒメちゃんとどうなりたいって思ったんですか?」
「……ヒメに、告白された時……」
それは……
「だから、ええっと……イロイロ問題あるし……女同士で、近親で、母親離れとか考えると…………ヒメの輝かしい将来の為にも……ヒメが私なんかを好きになるのは、よくないって……」
「だーかーらー。そういうまどろっこしい事、今は考えるのダメですって。母親としての立場は置いておいて。純粋に、ヒメちゃんに告白されて課長が―――麻生妃香さんがどう思ったのかを聞きたいんですよ。恋愛対象として見れるのかって聞きたいんです。それがわかんなきゃこの問題、解決しようにも解決できないじゃないですか」
「……」
母として、ではなく……麻生妃香個人として……ヒメを、姫香の事をどう思っているのか……?んな事……いきなり言われても……
私……あの時どう、思ったんだろう……?正直言うと、ヒメに告白された時の事は……あまりに衝撃的過ぎて頭真っ白になってよく覚えていない。
ヒメの事は……言うまでも無く好きだ。大好きだ。……けれどそれはあくまで母親としての好きで……ヒメという一人の人間の事を好きか否かと問われると…………問われる、と……
「むうぅ……」
「随分難しい顔してますね課長……それ、そんな考える事ですか?シンプルに、好きか嫌いかで考えられないんです?」
「…………仕方ねーだろ。そんな事、考えた事なんかねーもん」
だって実の娘だぞ?普通は、恋愛対象として考えようとする事自体が色々とアウトだ。現にこれまで私、ヒメの事をそういう目で見た事なんて一度も―――
『……ヒメみたいな子が、恋人なら……私も再婚を考えても良いかもな……』
『なんで、こう。ドキドキするんだよ……?娘だぞ……!?何考えてんだよ私は……』
「…………」
「か、かちょー?どうしました?なんか顔が急に真っ赤になったり真っ青になったりと忙しいみたいですけど……何かありました?」
「ナンデモナイデス」
……よくよく考えると一度もない、なんてこともない事に気づいてしまう。なんだよ私……気づいていないだけで……今までも私……ヒメみたいな子となら再婚も良いなとか思ったり、ヒメの日々頼もしくなっていく姿にドキッとしたりと……
ああ自己嫌悪。意識してなかったとはいえ、自分の娘を何て目で見てたんだ…………いや、意識してなかったからこそ余計にヤバいよなコレ……変態かよ私……へこむわ……
昨日だって、そうだ。意識をしないように……ヒメの為にと敢えて見ない振りをしていたけれど……
『私、母さんの事が好き。大好き。愛してる』
あの一言に、私の中の何かが燃え上がった。押し倒されて、キスされて。半ば無理やり迫られた時……嫌悪感よりも……私は、何かに期待してしまっていた……
だからこそ。取り返しのつかなくなる前に、ヒメにも自分の欲望にも流されてしまう前に……私の中で最大の禁忌にしていた娘への暴力を解禁して―――ヒメに平手打ちを食らわしてまで中断させて……
「……ああ、そうか。そうなのか……私は……そんなにもヒメを……」
「課長?」
……もういい大人なのに。子ども産んだことがある一児の母なのに。自分の気持ち一つも気づいていなかったんだな……
「……だったら、なおの事……ヒメとどう接していくべきだろうね……」
……ヒメの気持ちと、それから自分の気持ち。それを再確認したところで、改めて考える。確信した、このま私とヒメがこれまで通り二人一緒ひとつ屋根の下で暮らしていくことになれば……ダメだ。
まず確実に、間違いが起きる。ヒメが先なのか、それとも私が先になるのかはわからないが……確実に……
「かといって……ヒメと別々に暮らすのは……」
『私、母さんにはずっと傍に居て欲しい……!母さんが、誰かのモノになるなんて考えられない……!他の誰かに笑顔向ける母さんなんて……みたくない……ッ!そんなの嫌だ……!だって、だって私……私は……母さんの事が―――』
いつぞやのヒメとのすれ違いの一件を思い出す。……安易に別れて暮らす事になれば、ヒメにあの日のような辛い……悲しい思いをさせてしまうだろう。
それに、私も……ヒメの居ない生活なんて……
「あぁ……うぐぅ、ぬぅうううう……!」
「課長、かちょー。百面相で面白い事になってますけど周りの目も少しは気にしてくださいよ。隣にいる私まで
いかん、考え過ぎて頭から湯気出てきそう……ヒメの気持ちに応えないのはダメ、応えるのはもっとダメ。一緒に居ないとダメだけど、一緒に居るのももっとダメ……これは所謂八方塞がりという奴では……?
「ホント、どうすりゃいいのかねぇ……」
本日何度目になるのか分からない問いかけとため息を吐く。
「課長落ち着いて。ホラ、これでも食べてちょっと脳みそ休ませてくださいよ」
私に対して、加藤はマフィンを一つ渡してくる。
「疲れたときとか脳を使うときとか頭の回転を速くしたいときって甘いモノが一番ですよねー。てなわけでおすそ分けです。どうぞ」
「……いや、それぶっちゃけ迷信っていうか逆効果だぞ。寧ろ甘いもん食べた直後は頭ぼーっとして頭回転どころの話じゃなくなるんだとさ」
まあ、貰えるものはありがたく貰うがな。……気分を変える意味でも食べてみるのも悪くないかもしれない。
そう思い差し出されたマフィンを一口パクリと口にする私。
「それ、朝から並ばないと買えない一日30個限定のマフィンなんですよ。今私この店のマフィンにハマってましてね。どうです課長?美味しいでしょー?」
「……そう、なのか?あ、ああうん……たしかに、美味い……な」
「って、アレ?なんかそう言ってる割に美味しそうじゃないですね。もしかして甘いのダメでしたっけ?マフィン苦手でした?」
「いや、好物では……あるんだが……」
外はサクサクで中はしっとり。口いっぱいに広がる上品な甘さ。確かに並んで買ってでも食べたい美味さだとは思う。だが……なんだろうかこの物足りなさは……?
「何というか……美味いと言えば美味いんだが、もう一声欲しいっていうか……もっと美味いマフィンを、私は前に食べたことがあるっていうか……」
「えー?これ以上の、ですかぁ?それちょっと課長の舌が肥えすぎてるだけなんじゃないんですか?それ何処の有名店で食べたマフィンなんですか」
「そういうんじゃなくて……たしか、手作りの……私の為に作ってくれた……」
「手作りぃ?」
…………そう、アレは確か……
「……これ以上に美味しいものを手作り、ですか。なら余程そのマフィンを作ってくれた人って課長の事を想って作ってくれたんでしょうね」
「え……」
「だってそうでしょ?有名店のマフィンよりも、課長が満足したって事は……味は勿論のこと。食感とか風味とか……相当課長個人の好みに合わせたマフィンを作ったって事でしょ?それってつまりは相当に―――『愛情』を込めて作ってくれたって事じゃないですか」
「……」
その一言に、ハッとする。そして思い出すあの日の……あの子が私の為にと作ってくれたマフィンの味を。
そうか。愛情……か……私への愛……か。改めて理解した。あの子は、そんなにも私の事を……
「……?課長、どうかしましたか……?」
「ん?何がだ?」
「えっと……なんかちょっとつい今しがたまでと雰囲気が違うような……何かを覚悟したような、そんな風に見えたので……」
覚悟したように見える、か……ああ、そうだね。覚悟、決めなきゃね。
「……まあね。ああ、加藤」
「は、はい?」
「悪かった。変な相談しちまって。それと、仕事に集中できなくてホントにすまん。……午後からは真面目に仕事するから安心してくれ」
「え……で、ですが課長良いんですか?ヒメちゃんの告白の件はどうするおつもりですか?」
「……大丈夫。ちゃんと、向き合ってみるからさ」
サンキューな加藤。……話してみて、色んなものを整理できたよ。スッキリ出来たよ。ヒメの私への気持ちとか、私のヒメへの気持ちとか。色々ね……
あとは……私の問題だ。私が、私の手で……どうにか決着つけなくちゃね。
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