第29話 愛しき我が子の幸せの為に

 ~SIDE:Mother~



「うぁ……うぁあ…………」

「……課長」

「うぅ、ぅぁあああ……」

「へーい。課長、麻生課長」

「ぬぅうううう……」


 色々と衝撃的で刺激的で絶望的なヒメのお誕生日から一夜明けた今日。逃げるように我が家を飛び出して、修羅場な仕事場へと戻ってきたのはいいものの。昨日の件で脳の処理が思っていた以上に追い付いていない私は……


「……聞けやオイ。おい課長、かーちょーうー!」

「おぼぁああああ……ヒメ……ひめぇ……」

「はっはっは。……ハァ…………いい加減にしてくださいこのポンコツダメグズ親バカチョォオオオオ!!!」

「ほぐぁ!?」


 ……早々に、部下に本気のドロップキックをお見舞いされていた。


「だぁああっ!もうっ!仕事しないどころか地獄の底から聞こえてくるような気味の悪いうめき声上げたり、こっちまで気が滅入るようなため息連発したり!ウザいにもほどがあります!邪魔するくらいならいっそ年休使って休んでくれません?今日はなんなんですホントに!」

「……すまん」

「……折角昨日は仕事をかわりにやってやったってのに……その仕打ちがコレですか?こちとら誰かさんの泊まり込みで仕事させられててマジ辛いんですけど?」

「それに関しては……うん、ホントすまん……サンキュ……」


 グリグリと上司である私を足蹴にしながら加藤が額に青筋立てる。相変わらず私の扱い、上司に対するソレじゃないよなお前さん……でも……そうだな、昨日は無理させてすまん……ありがとう。

 けどまぁうん。あんな事態になるくらいなら、昨日は変わってほしくなかったわ……そう、まさかヒメとあんな悲惨なことになるくらいなら……


「うぅ……ひめ……ひめぇ…………ごめん、ごめんよぉ……でも、かーちゃんどうすりゃいいかわかんないんだよぉ……」

「……言った傍からまたウザへこみ……あー、ダメだコレ。……ええい、皆ごめん!このバ課長シメてくる!30分くらい離れるよー!」

「「「はーい!」」」

「え、あ……ちょ!?な、何を……!し、仕事中だろ……?どこに連れてくんだお前……!?」

「作業の邪魔です。今の課長なら作業場にいない方がみんなも助かります。てなわけで、レッツラゴー!」


 突然加藤に襟元を掴まれ、休憩時間でもないのにそのまま私はずるずると引きずられる。人気のない倉庫まで引きずられると、そうしてポイっとその中へと押し込まれてしまった。


「いたた……も、もうちょい優しく扱えよお前……一応私、お前さんの上司なんだぞ?」

「知りません、どうでも良いです。んな事よりも……何があったんです?」

「……何が、とは?」

「すっとぼけないでください。一体昨日何があったんですか。あんなにヒメちゃんの誕生日を楽しみにしていたってのに」

「……お前、話聞いてくれるのか?」

「だって聞かなきゃ仕事になりませんもん。課長も、それから隣で仕事する私もね。そういうわけですから、とっとと昨日何があったかをゲロって楽になってくださいよ」


 またキレられると思っていただけに、(口調は荒いが)存外優しい加藤の気遣い。……普段はアレだが、こういう時は昔から結構助かるんだよなコイツ……


「ヒメちゃんのサプライズバースデーパーティー、まさか失敗したんですか?トラブルがあったりしたんです?」

「……」

「かちょー?」

「その……サプライズ自体は上手くいったというか……上手く行き過ぎたというか…………いやむしろ逆にサプライズさせられる羽目になったっていうか」

「は?なんですそれ?」

「……色々あったんだよ。察してくれ」


 まさか目に入れてもいたくない愛娘から押し倒された、なんて正直に言えまい……つーかそんな稀有な話、まともな神経してる奴なら信じてくれなさそうだし―――


「なんですか?勢い余ったヒメちゃんに、押し倒されたりでもしたんですか?」

「ゴフッ!?」


 察しろと言ってみたら、まるでその光景を見てきたかのように一発で察しやがった件について。な、なん……で……!?


「お、おおお……おま、おまーッ!?お前、なんっで……そのことを知って……!?」

「あ、あれ?図星……?半分くらい冗談で言ったのに……まさかホントに……?」

「あ……っ!」

「へぇ、ふーん……ほほーぅ?」


 し、しまった……!?余計な事失言しちまった……!?そう思った時にはもう遅かった。


「なーんか面白そうなことがあったっぽいですね。これは……詳しく聞かないとダメっぽいですねぇ」

「い、いや違……な、なにも!そう!何もなかった!」

「その反応、何もなかったわけないでしょうに。ねーねー。この際だから全部ゲロって楽になっちゃってくださいよぉ課長」


 最悪だ……こいつの前で口を滑らせた数秒前の自分をぶん殴りたい。目を怪しく光らせて、扉を背にして逃げ道を塞ぐ加藤のバカ。だ、ダメだ……根掘り葉掘り聞く気しかないわ……!


「し、仕事っ!仕事中だろ!?ほら、もう戻らないと部下に示しが……」

「なーに今の今まで使い物にならないポンコツだった人が、一丁前に真面目な事言ってるんですか。そんな状態の課長じゃ、今から仕事に戻ったってダメダメなままでしょ?ちゃんと昨日何があったのか細部まで全部まるっと白状して、すっきりしないといけませんよ」

「お前ただ面白がってるだけだろが!?デバガメしたいだけだろが!?」

「失礼な。私はただ課長がしっかりしないと、部下に示しつかないって思っているだけです。さあ、さあ……!誰にも言いませんから。アドバイスだってしますから。ね?ねっ!」

「や、やめろよせ近づくな……!い、言わん!絶対に言わんぞ!昨日の事は墓場まで持って―――オイ待て貴様何をしようと…………みぎゃぁああああああああああああ!!!???」



 ~加藤さん尋問中♡:しばらくお待ちください~



「なーるほど。ヒメちゃんが課長ネタにハァハァしてるところに鉢合わせて、暴走したヒメちゃんに告られて。それ拒否したら暴走して押し倒されてチューされて。……思わず人生初、娘にビンタをぶちかました、と。そりゃ確かに先輩―――じゃなかった、課長もへこみますよねー」

「…………ぜんぶ、吐かされた……」


 誰にも言うつもりはなかったのに……ごめん、ごめんよヒメ……心弱いかーちゃんを許しておくれ……


「…………(ボソッ)そっか、ヒメちゃん……ちゃんと自分の気持ち、伝えられたんだ…………凄いや。先輩に似て、本当に強い子だなぁ……私とは大違い……」

「あ?なんか言ったか?」

「……いえ、なにも。それよりも良かったじゃないですか。課長ってば常々言ってましたよね?娘から無理難題言われたい。わがまま言われたいって。念願叶ったじゃないですか」

「そうだけど!無理難題のレベルが高すぎたんだよぉ!思ってた種類のわがままじゃないんだよ!? 」

「課長、我が儘だなぁ……」


 呆れたように加藤が呟くが……仕方ないだろ!?無理難題過ぎるんだよ今回の件は!?


「で?結局課長はどうするんですか?」

「……何がだ」

「ヒメちゃんに好意を向けられたんでしょ?課長としてはどういうわけかヒメちゃんの好意を誤魔化したいところでしょうけど……それ、一番ダメなパターンじゃないですか。ヒメちゃん的にはどんな形であれ、『好き』って気持ちに対する答えを聞きたかったんだと思いますよ」

「…………」

「そもそも。なんでヒメちゃんの好意を誤魔化したんです?好きなら好き、嫌いなら嫌いって言えば済む話じゃないんです?」


 他人事だと思って随分と簡単に言ってくれるな……いや、実際他人事ではあるけどさぁ……


「どうなんです?まさかとは思いますが女の子なのに、血の繋がった実の娘なのに好きって言われて押し倒されて、嫌悪感抱いちゃった系ですか?嫌いになっちゃいましたか?」

「……嫌いなハズ、ねーだろ。ヒメの事、嫌いになれるはずがない。私の事を……好きだって言ってくれて。思い余って押し倒しちまうほどに好かれて……こんなに嬉しい事、他にはないだろ」

「なら―――」

「だがな。だからと言って……好きって素直に言ってみろ。ヒメは……どうなると思う?」

「……?どうって……それは」

「『ヒメが好き』―――それが家族愛的な意味だろうが、一人の人間としての好意だろうが。ヒメにそれを伝えたら最後。おそらくヒメは……私から離れられなくなる」

「それがどうしたんですか?今までと何も変わらないように思えるんですけど」


 いいやダメだ。そうなったらダメだ、ダメなんだよ……


「まず……そうなったらヒメは私しか見えなくなるだろう。……私はともかく。ヒメは若い、ヒメには……未来がある。自慢の娘だ、色んな出会いと別れを経て……素敵な恋をいずれ見つけられると思っている。でもな、もしも一時の感情に身を任せてヒメが私なんかを選んじまったら……私しか見えなくなったなら……まだ見ぬ恋を掴み損ねちまう事になるだろが……」

「……(ボソッ)ヒメちゃん、すでに課長の事しか見えてないと思うんですけどね。未来永劫、課長の事しか見ないと思うんですけどね」


 そんなの、ヒメがかわいそうだろ……私を選んだばっかりに、将来後悔する羽目になったら……私は、私が許せない。


「それにな。あのままだったら……私、ヒメにやるところまでやってた思う。つーか、あの様子だとこれから先も私を抱こうとヒメは模索してくるはず。それも非常にまずい事だろが」

「抱かれちゃまずいって何がです?あ……っ!ま、まさか課長……!」


 流石の加藤も気づいた様子だ。そう、そうなんだよ……


「まさか―――下着、ヒメちゃんに見せられないような変なのを履いてたんですか!?」

「失礼だな!?普通に、普通の履いてたわ!?…………って、違う違うそうじゃない」

「じゃあ……女同士のアレコレに抵抗がおありですか?」

「そういうわけでも無い。ただな……もしあのまま流されてヒメを抱くことになってたら……」

「なってたら?」

「……その時点で、アウトだろ。その時点で、性的虐待になるだろが……」

「はい?」


 意味が分からないと首をかしげる加藤。いや、普通に考えてみろよお前……


「中学生だぞ?それも実の娘だぞ?……そんな子に、手を出したらヤバイだろ……」

「合意のうえでも?」

「合意のうえでも。……当たり前だろが。母と娘が性的な関係になる。それってさ、どう取り繕っても性的虐待になるだろ」

「で、でも……ええっと、その。こういうの、言って良いかわかんないですけど……バレなきゃいいのでは?そもそも女性同士、それも母と娘なら……性的虐待の立証はかなり難しいですし。親子のスキンシップだって言い張れば……何よりヒメちゃんが望んでいるなら―――」

「そういう問題じゃないんだよ」


 抱いてしまった時点で、もう取り返しがつかなくなる。これがもっと年を重ねて……色んな事を知って、責任能力を得て、自己判断できるようになったならともかくだ……少なくとも今、ヒメに求められて……それに応えてしまえば最後。もうお終いだ。


「……もし私がヒメを抱いたなら、その時点でヒメに疵が出来ちまう。いずれ、ヒメに本当に好きな人ができた時。ヒメの中のその疵が、その好きな人との……愛の育みを邪魔してしまいかねない」

「……そうかなぁ?」


 だから私は、ヒメの好意には応えられない。応えてはいけないんだ……


「それと……最後に」

「えぇ……まだあるんですか?」

「これが一番大事な事だ。よく聞け。……私な、加藤」

「はい」

「……ヒメがいたから……ヒメに助けられてきたから、これまで生きてこれたんだよ」

「……課長?」


 そう、これが一番の理由。ヒメの好意を応えられない一番の理由だ。


「あの父親クズを見限って。両親、親族からも疎まれて。それでも意地でヒメを産んで…………最初は正直辛かったよ。ガサツで、仕事もしたこともない私が。一児の母になれるのか?本当に、我が子を幸せに出来るのかって毎日が不安だったよ。ヒメと二人で暮らすために、必死になって仕事探して。今でも苦手な家事と育児の勉強もして……それはもう、毎日が戦場だった。自分の時間は取れない、休めない。味方なんて全然いない。色んな意味で折れそうだった。つらかった。死にそうだった。……今だからぶっちゃけるが、何度ヒメと共に命を絶とうかと思ったことか」

「……」

「でも、でもな……そんな弱気になった私を……傷ついた私を……いつもヒメは助けてくれたんだ。心が折れかけた時に、天使の笑顔で笑ってくれる。ママ、お母さん、母さん―――私を一生懸命呼んでくれる、ダメな私を必要としてくれる。決して裕福な生活とは言えない日々でも、それでも『母さん、いつもありがとう』って言ってくれる……」

「課長……」

「ヒメがいる毎日は、いつも幸せだよ。つらかったけど、あの時ヒメを産んで良かったって……生まれてきてくれて良かったって、毎日本気で思っているよ」


 ヒメ、私のヒメ……私の可愛いヒメ……昨日は本当にごめんね。もっとちゃんと言いたかったよ、生まれてきてくれて、本当にありがとう……って……


「……で、話を戻すけどさ。もしも……私がヒメの好意を受け入れてしまったらさ」

「……はい」

「そんな幸せを……子を産み、育てるそんな幸せを……ヒメから奪ってしまう事になるだろう?」

「……ああ、なるほど」


 ここまで話して、ようやく加藤も納得した表情を見せる。……私も、ヒメも女同士。しかも……親子という関係だ。

 仮に、そうだ……仮に私がヒメを受け入れてしまえば、ヒメに子を産み育てるという……私が体験したあの幸せな日々を……経験させられなくなっちまう……


「だから、だから……私は、ヒメの好意を……受け入れられない。『好き』とも『嫌い』とも言えないんだよ……」

「……そういう、事でしたか。なんというか……課長って、意外と真面目ですよね」

「意外と、は余計だよバカ……」


 弱弱しく、苦笑いを見せながら私は吐き捨てる。ああ、ホント……私はどうしたら良いんだろうね……こんな無理難題、どうヒメに応えていけばいいんだろうね……

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