第28話 恋の悩みの先生はいつもはおバカな同級生

 登場の仕方はいつも通りちょっぴり間抜けだったけど、それでもヒーローのように私の前に参上したのは頼もしい私の親友の立花マコ。

 彼女に優しく促され、昨日やってしまった私の取り返しのつかない母さんへの愚かしい行為を打ち明けてみることとなった。


「―――と、言うわけなんだ……」

「ええっと……?要約するとこんな感じ?おかーさんを想っておかーさんの服の匂い嗅いでハァハァしているまさにその時。まさかのご本人登場。家族会議に発展し、その際色んな感情が溢れだして気づいたらお母さんを欲望のまま押し倒してちゅーして見事平手打ちを頂いた……で、合ってる?」

「……合ってる」

「あー……それは、うん。ヒメっち見事にやらかしちゃったわけだね……」


 やらかす事に定評のある(それは一体どういう意味かね?byマコ)マコもある意味で感心するほど昨日の私の一連のアレコレは相当にダメだったらしく。『悩み事ならなんでも聞くよ!だって私たち友達だもんね!』と笑顔だったマコは、私が話し終えた頃には頭を抱えとても難しい顔を見せていた。

 ……ごめん。厄介過ぎる相談事持ち出してホントごめん……


「で?ヒメっちは具体的にどうしたいのさ」

「……それは私が知りたい。……マコ。私、どうすれば良いと思う?」


 イマイチ回っていない頭を回してみるけれど。昨日からずっと、私は自分が一体何をなすべきなのかさっぱりわからない。私は……どうしたらいいの?何をすればいいの?何がしたいの?わからない……本当に、わからないんだよ……


「どうって…………うぅん。そだね……や、やっぱとにもかくにもまずは謝ってみるしかなくない?」

「……やっぱり、そうなるの?私、どう謝ればいい?」

「ふむ。それに関しては任せろヒメっち。何を隠そう、私は謝罪のプロフェッショナル!一日最低5回は先生共に叱られては謝るという修羅場を何度も何度も繰り返してきたからね。時に体罰交じりの教育的指導を受けながらも土下座、買収、ゴマすりにetc.とありとあらゆる謝罪を身につけている私に死角は―――」

「……そうじゃなくて。私は、謝ればいいの?そもそも……私は、?」

「はぇ?」


 自信満々に土下座の仕方を実践しようとしていたマコを止め。私はそう問いかける。……私が知りたいのはそういうことじゃなくてだね……


「……母さんの服勝手に持ち出してハァハァしてたこと?母さんにキモイところ見せつけちゃったこと?押し倒したこと?キスしたこと?……それとも、自分の気持ちを押し付けちゃったこと?」

「え、え?ええっと……」

「……それは全部、謝らなきゃいけないと思う。私の行為、すべてが母さんを傷つけたんだもの。でも……母さんは私に謝られると困ると思う……」

「謝られると困る?いや、なんでさ?」

「母さんに私が謝ってしまった時点で……決定的に変わっちゃうじゃない」

「変わるって、何が」

「……母さんと、私の関係性が」

「……はぁ?」


 安易に謝ってしまったらダメだ。……どうしてかって?だって謝るって事は、認めるって事になるじゃない。、お互い認めてしまうって事になるじゃない……

 この好意を認めちゃった時点で……母さんと私は、母と娘の関係性を完全に壊さざるを得なくなってしまう。


「……母さんは。絶対私のこの好意を認めたくない。認めない。昨日あれだけ私の好意を拒絶したんだから……」


 それこそ。私が生まれてから昨日までの長い時間の中で……初めて平手打ちをしちゃうほど明確に拒絶したわけだもの。


「……母さんをこれ以上困らせたくない。だから……どう謝ればいい?何から謝って、何を謝るべきじゃない?関係性を変えずに、どう母さんに謝ればいいの?お願い、マコ。教えて……教えてよ……」

「……」


 縋る思いで目の前の親友にもう一度問いかける。その問いかけに、マコは頬をぽりぽりと掻いてから一言。


「それさ」

「……ん」

「謝ることと、関係性がどーだこーだって話。今は全然関係なくない?」

「……ぇ?」


 逆に質問されて私は焦る。関係、ない……?


「ヒメっちこそさ。誤魔化してない?お母さんに謝るの怖いからって変な理屈で誤魔化そうとしてない?」

「……そんな、つもりは……」

「じゃあ無意識に怖がって誤魔化そうとしてるんだよ。……あのね。私とコマは双子姉妹だけど、恋人でもあるよ。恋人になったからって、双子姉妹って関係性が切れるわけじゃないでしょ。同じようにヒメっちのお母さんがヒメっちの好意を認めようが認めまいが。母と娘って関係性が変わるわけないじゃないのさ」

「……」

「ねえ、ヒメっちは一体何を怖がってるの?」

「ぁ、ぅ……」


 私の顔をガシッと掴み。澄んだ瞳で私も見つめてくるマコ。まるで私の中の本心を見透かすようなその瞳にたじろいでしまう。

 しばらくそうやって黙って私を観察していたマコだけど。数秒後、何か察した様子で顔を離してからこんなことを聞いてきた。


「……答えられないか。ごめん、『どうしたい』って聞いた私の聞き方が悪かった。なら質問をちょっと変えてみよう。ヒメっちはさ……」

「……何?」

「ヒメっちはさ―――お母さんから、?」

「……ぁ」


 自分がどうしたいのか、じゃなくて……母さんにどうされたくないのか……?


 そんなのは、考えるまでも無く答えられてしまう。それ、は……


「…………母さんに、嫌われて」

「うん」

「…………母さんに、縁とか切られて」

「うん」

「…………母さんと、一緒に居られなくなるのが……嫌だ……」

「……うん」


 マコに自分の本心を言わされて、気持ちの整理がようやくついた。……ああ、そうか。そうだったのか。謝りたいのに、母さんに謝るのを躊躇っていたのはどうしてか。

 ……謝って、自分の好意を昨日のように母さんの前で認めてしまって……母さんに本格的に嫌われちゃうのが怖かったんだ。


「恋人とか……そういう関係になれなくても……いい。今更、好意を受け入れられなくても、構わない。けれど……」


 嫌われて。そしてもしも親子の縁を切られでもしたら……私は、母さんの傍にいられなくなっちゃう。嫌だ……それだけは、嫌……わたし、私は……


「どんな形でもいいの、ただ私は……いつまでも、母さんの傍に居たいんだ……」

「……はい、よく言えました」


 ぽろぽろぽろぽろ。借りていたハンカチが許容量を超えて溢れて零れる涙。マコは静かに私を抱きしめて、ポンポンと背中を擦る。


「……ヒメっち。例え報われないと分かっていても。これから先、その恋が実らなくても。お母さんの傍に居たい?やってしまった事を許されなくても、嫌われても、傍に居続けたい?」

「……いた、い……居たいよぉ……」

「分かった。ならまずは。お母さんに昨日の事をしっかり謝りなさい。最初はそこから始めようね」

「……でも、謝られるの、母さん嫌がるかも……」

「最初はちゃんと、謝りなさい。嫌がられても。嫌われても。でもやっぱり最初だけは謝るの。……だって。悪い事をしたら。悪い事だったって思うならちゃんと謝りなさいって―――お母さんから教えて貰ったこと、あるでしょ?」


 ニッとマコはちょっと意地悪そうに笑ってそう言う。……そうだね。その通りだ。


「大丈夫、私も手伝う。言ったでしょう?私は生まれてから今に至るまでずっと怒られ続け謝り続けてきた謝罪のプロフェッショナルだって。土下座の正しく美しい作法も、美味しいお菓子の貢ぎ物の作り方も。ヒメっちになんでも教えてあげるからねッ!」

「……ん。ありが、と……」


 情けない上に色んな意味でおかしなそんなマコの発言が、今の私にとってはとても頼りになる一言に聞こえた。

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