第26話 思い余ったその想い

「…………違う」

「ひ、ヒメ……?」


 母さんの話に合わせようと思った。この想いを、誤魔化そうとも思った。けれど……嫌。そんなの、やっぱり嫌だ。


「私、女の子が好きってわけじゃない」

「あ、え?そ、そうか!それはすまんヒメ、かーちゃんったら早とちりして変な事を―――」

「私が好きなのは、今私の目の前にいる人」

「え……」


 そう言って、私は握られていた手を強く握り返し。まっすぐに母さんを見つめる。


「受け入れられないなら、それはそれでいい。私も、それなりに覚悟はしていたから。けどね母さん。私のこの気持ちを……なかったことにするのだけは。相手が誰であろうと、母さんであろうと許さない」

「ヒメ……お前一体……」

「私、母さんの事が好き。大好き。愛してる」

「ぁ……」


 握る手は震えて手汗が凄い。心臓は怖いくらいに高鳴って破裂しちゃいそう。顔面は燃えているんじゃないかって思えるくらい熱い。

 けれど決して目を背けず。母さんをしっかり見据えて自分の気持ちを吐き出した。


「あ、あはは……ヒメ?嬉しいけどよ、何をいきなり当たり前のこと言ってるんだい?私も、かーちゃんもヒメの事大好きだぞ?愛してるぞ?」

「母さんの言ってるそれは、家族として好き。私のは家族としての好きだけじゃない。一人の女として、母さんの事を好きだって言ってるの」

「え……っと。それ、は…………あ、ああ!憧れとか、尊敬とかって意味かい?ハハハ!ありがとねヒメ。こんなガサツなかーちゃんを慕ってくれるだなんて嬉しいよ」

「……」


 私の視線から目を必死に逸らしながら、母さんはしどろもどろになってそんな事を言い出す。……まだ私の好意を認めない気か。この調子じゃ何を言っても暖簾に腕押しだろうね。

 ……わかった。もういい。そっちがその気なら……もう……どうにでもなれ。


 この瞬間、私の中で何かが切れてしまった。


「……もともと、私口下手だし。いくら口で説明しても伝わらないよね。なら……実行あるのみ」

「は……?」

「その体に、分からせてあげる。私の想いを、刻み付けてあげる」


 そう宣言してから、間髪入れずに肩を掴み思い切り座っていたソファに母さんを沈める。身体を起こされる前に母さんに覆いかぶさる。


「ひ、め……ッ!なに、を……なんの冗談だお前……!」


 そんなツマラナイ事を言いながら私から顔を背けようとする母さん。逃げないで、私をちゃんと……見てよ。


「……冗談?それこそ冗談じゃないよ」

「やめろよな、こんな……こんな悪ふざけみたいなこと……」

「……悪ふざけ?ふざけて、こんなことをするような娘に見えるの?」

「お、怒ってるんだろ?かーちゃんが急に帰ってきたから……恥ずかしいとこ、見られたから……だから……」


 怯えるように自分の肩を抱き、震える声でそんな謝罪をする母さん。……ここまで来るといっそ感心しちゃうね。まだ私の想いを無視するんだ。ここまでされて、無視しちゃうんだ。


「……違うよ。怒ってないし、そんな理由で母さんを襲ったりしないよ。ただ私は、母さんが好きなだけ」

「……わからない。ヒメが何を言ってるのか、母さんわからないよ……」


 わからない?嘘。理解しようとしてないだけだよ。ゆっくりと母さんに近づいて、そうして震える母さんを抱きしめる。

 どうやら相当混乱している様子で、母さんは私に抱きつかれると金縛りにあってしまったかのように固まって動けなくなった。……都合が良いや。このまま言いたいこと、言っちゃえ。やりたいこと、好きにやっちゃえ私。


「好きだから……好きで好きで溜まらないから、だから……母さんを抱きたかった。ずっと、ずっとずっと好きだった。……確かに最初は、家族としての好きだったよ。憧れ的な意味で好きだったよ。けどね……今はもう、それ以上の好きなんだよ」


 母さんの耳元で愛を囁く。出生の話を聞いて。女手一つで育ててくれたって話を聞いて。そこからほのかに芽生えだした私の恋。思春期特有の勘違いとか、そういう陳腐なものでは決してないと私は声を高らかに宣言できる。

 たとえ世界を敵に回しても、誰にも認められなくても。私は母さんが好きだって、愛してるって言えるよ私。


「……いいんだよ。私の気持ち、嫌なら嫌だって拒絶して良いんだよ。でもね……この気持ちだけは、私の好きって気持ちだけは……なかった事にしてほしくない。それだけは……お願い、わかってよ母さん」

「…………ヒメ、お前……」

「……母さん、好き……愛してる……」

「ッ……!バカ、やめろっ!」


 そして私は……大きく息を吸って、母さんへの愛を囁き続けるその自分の口を……その母さんの元へと強く押しつけて―――



 パァンッ!



 押し付けたと同時に乾いた音が鳴り響いた。数瞬後に、じんじんと頬に熱が灯り痛みが現れる。平手打ちをされたことにようやく気付く私。


「…………お願い、お願いだヒメ。やめてくれ……」

「……かあ、さん?」

「……混乱してるんだよ。ヒメも……私もね。落ち着こう。落ち着くための、時間をおこう。ちょっと時間をおいて……明日、この件に関しては話し合おう」

「あ、あの……」

「……叩いて、ごめん。悪い。明日も早いから、母さんもう寝るわ。……ヒメも、もう寝なさい」

「ぁ……」


 逃げるようにリビングから出て自分の部屋へと向かう母さん。私はただ立ち尽くすしかない。


「…………あ。あと、それから」

「……はい」

「遅くなった。ヒメ……お誕生日、おめでとう。今日はごめん、あんまお祝いできなくて……私の娘として、生まれてきてくれて、本当にありがとう……」

「ぁ、あぁ…………ぁッ……」


 最後に軽く振り返り、そんな優しい事を言ってくれる母さん。その祝福の言葉を聞いた途端、血が上って熱くなっていた頭が急激に醒めて、自分がどれだけの事をしたのか……どれだけ取り返しのつかない事をしてしまったのか……理解してしまった。


「母さん、母さん……かあさん……」


 へろへろとその場に座り込み、私はただ……母さん、母さんとうわ言の様に呟きながら……


「ごめ……ごめんな、さい……」


 涙を流し、謝罪をするしかなかった……

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