第24話 サプライズな私の生誕日という名の命日

~SIDE:Mother~



 今日は記念すべき我が愛娘、姫香の誕生日。だというのにこんなに日にクソ会社が緊急会議なんて入れ込みやがってただいま絶賛仕事中な私。

 本日中に何としてもヒメのお祝いをしたい私は、それはもうマジで死ぬ気で働いて仕事を片付けていたんだが……


「終わらねぇ……!終わらねぇよぉ……!?ちくしょう、全然終わらねぇじゃねぇかよぉ……!?」


 会議自体は自分の案を無理やり上層部に押し付け、反論も理論武装で捻り潰し、無事スピーディーに終わらせることは出来た。出来たんだが……会議終了した後も残念ながら仕事は終わらない。会議の内容を取りまとめた資料作成やら先方への連絡調整やらなにやらに追われに追われ、気づけば日は傾き夕刻に差し掛かっていた。


「ほらね。だから言ったじゃないですか。いくらかちょーが優秀でも、これ全部終わらせるのは一日じゃ到底無理ですってば」

「うっさい!軽口叩く暇があるなら手を動かせ!動かして一秒でも早く手前の仕事終わらせろ!」

「手はちゃんと動かしてますよー。口も動かしてますけどね」


 直属の部下の一言を一蹴し、必死の思いで眼前のPCと格闘しながら考える。……不味いな。このままでは予約していたケーキ屋の閉店時間に間に合わないじゃないか。


「(せめて、せめてケーキだけでも取りにいくべきか……?)」


 トイレ休憩の名目で仕事抜け出して、一旦店にケーキを取りに行った方がいいかもしれない。……だが取りに行ったところで仕事を終わらせなければヒメのお誕生日をお祝いできない。ケーキ屋へ行く時間が勿体ないだろう。けれどこのペースでは閉店時間までに仕事を終わらせるなんて無理だし……やっぱり取りに……いいや、取りに行く暇があるならその時間で仕事を終わらせた方が……けどやっぱ…………ああ畜生、どうすりゃいいんだ私は……!?


「……ハァ。やれやれですね。ホント、かちょーは仕方ない人だなぁ。良いでしょう、一肌脱ぎましょう」

「あ?お前いきなり何を言って……」

「ねぇかちょー。今日ヒメちゃんの誕生日ですよね?突然ですけど実は私、ヒメちゃんにプレゼントしたいものがあるんですよ」


 と、ぐるぐると頭の中で仕事処理と並行して自分がどう動くべきか考えていたその時だった。部下の加藤が何の脈絡もなくそんな事を言い出したのは。

 ヒメに……プレゼント?その気持ち自体はありがたいことではあるんだが……なぜこんなタイミングで……


「私思うんです。形あるもの、形ないもの。プレゼントにも色々あれども。あのお母さん想いのヒメちゃんが一番喜んでくれるプレゼントって言えば……」

「言えば?」

「かちょーと―――ヒメちゃんのお母さんと一緒に過ごす時間が一番なんじゃないかと」

「ほ、ほほぅ?やっぱそう思うかい?」


 珍しく良いこと言うなこいつ。今度飯でも奢ってやろうじゃないか。


「そんなわけで、ヒメちゃんへのプレゼントですがね。……かちょー。あとは私がやっておくんで、かちょーはとっとと荷物をまとめてヒメちゃんのお誕生日を祝いにでも行ってくださいな」

「へっ……?」


 そんな事を言いながら、私の手元の資料を取りあげグイグイと私の背中を押す加藤。い、いや……でも……


「ヒメちゃんを気にしすぎて気もそぞろになってるポンコツかちょーがここにいても、仕事はいつまで経っても終わりはしません。使えないですし邪魔になるだけですし。そう言うわけでとっとと帰ってくださーい」

「加藤、お前……」

「別にかちょーの為に言ってるんじゃないんです。さっきも言った通り、ヒメちゃんへのプレゼントになると思って言ってるんです。だからほらほら。私の気が変わらないうちに行ってくださいな」

「…………すまん、貸しにしておいてくれ」

「倍にして返してくださいねー」


 普段はアレだけど……我ながら中々に話の分かる良い部下を持った。今度マジで奢ってやろう。そう思いながら礼を言いつつ後を託し、荷物をまとめて会社をダッシュで出る。

 さあ……待っていておくれヒメ……!かーちゃん、今すぐ帰るからな……!



 ~SIDE:Daughter~



「―――んっ……すぅ……はぁ……」


 母さんがおうちにいないのを良い事に。こっそり入手した母さんのパジャマを手に、思い切りそのパジャマを自分の鼻に押し付ける。


「あぁ……すごい……」


 息を大きく吸い込むと、心地よい甘い香りが身体全体をくすぐる。体の奥底から熱が生まれてゆく。


「母さん、いい匂いだよ……」


 胸元を覆っていたであろう場所を重点的に吸い込むと、まるで母さんに直接抱いて貰えているような錯覚を覚えて身震いする。かすかに、でも確かに残る母さんの名残の香りは。どの香水よりも甘くて甘美なものであった。


「かあさん……さみしいよぉ……母さんに抱かれたい……ギュッて、してほしいよぉ……」


 ……実を言うと、こういう行為をするのは初犯ではない。これまでも仕事とかで母さんがいない日は決して少なくなかった。そう言う日は……決まって私は、こうして母さんの私物を、服を拝借し。そして母さんに疑似的に抱かれるように、その匂いを嗅いでいた。


「はぁ、はぁあ……かあさぁん……」


 お誕生日に主役の母さんがいない。その寂しさを埋めるように母さんの匂いを追う。……ああ。私の為に、今この瞬間も一生懸命働いているであろう母さん。頑張ってくれている母さん。その母さんの居ないところで、母さんのいないことを良いことに実の母親の残り香を嗅いで興奮する変態な娘……なんて私は親不孝者なのだろう。罪悪感で死にたくなる。


 こんなところ、母さんに見られたら失望されるだろうなぁ……自分の匂いを嗅いで興奮してる娘とか、嫌悪感半端ないだろうなぁ……

 けど……やめられない。とめられない。だってきもちいいんだもん……こんなダメな娘をほったらかしにする、母さんが悪いんだよ……


「母さん、かあさん……かあさん……!大好き、大好きだよぉ……!」


 ぎゅっとパジャマを抱きしめて。もう一度大きく息を吸う。同時に自分の想いを―――母さんへの愛をうわ言のように唱え……







「(バンッ!)サプラーイズ、パーティ!ヒメ、お誕生日おめでとーっ!」

「母さん、かあさん……母さんッ!すき、だいすき!愛してる―――」

「「…………え?」」


 瞬間。空気が、凍った。


 会いたかったけど今ここでは会いたくなかったその人が、いるはずのないその人が目の前に現れ。昂る熱が、燃え上がっていた身体が一気に冷める。

 あ、れ?…………かあ、さん……?

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