第23話 疼く寂しさを埋めるために

 ~SIDE:Mother~


「―――ふ、ふふふ……ハハハハハ!」

「か、課長?どうしました?どうして急に高笑いをしているんですか……?」

「よし決めた。……転職しよう」

「は?」

「いいや、次の職場探す時間すら惜しい。今すぐ退職届を出すとしようそうしよう」

「あの、麻生かちょー。落ち着いてください。冷静になってください。自分が何言ってんのか分かってます?」

「分かっているとも加藤よ。寄りにもよって、うちの愛娘の大事な日に……休みを入れていたハズなのに……緊急会議・緊急招集とかふざけた事をやらかしやったこの会社……潰して私が起業すりゃ良いって話なんだろ?」

「だから落ち着いてくださいって……目が冗談じゃなくマジで怖いですよかちょー……」


 会議室へと続く廊下を早足で歩きながら、部下とそんな微笑ましい(?)会話をする私。ハハハ。冗談、冗談だって…………4割くらい冗談6割本気だってば。


「まあ気持ちはわからなくもないですけどね。課長も、それからヒメちゃんも残念でしたよね。まさかヒメちゃんの誕生日と会議が被るだなんて」

「ああ……ただの会議なら余裕でバックレるつもりだったんだがな……この会議ばかりはどうしようもねぇわ……」

「いや、ただの会議もバックレちゃダメですってば…………くそぅ。あろう事かこの私が、始終ツッコミに回らなきゃならないとか今日の麻生課長は強すぎる……」


 本日は、私の世界で一番大切な娘……麻生姫香の誕生日。本来ならば一日休みを取り……全力で生誕を祝うはずだったのだが……

 よりによってそんな世界で一番大事なイベントの日に、会社のトラブルという余計なイベントが重なり……私はヒメに謝り倒して出勤する羽目となったのである。


「…………ヒメへのプレゼントも、今年は例年よりも更に凄いの用意してたし。ケーキだって半年前から有名菓子店に予約して作って貰った極上の奴だったのに……おのれ上層部、会社ごと潰れちまえばいいのに……」

「親バカすぎにもほどがありますねー……いつもの事ではありますけど」


 本来ならば会社を休み、ヒメが学校へ行っている間にパーティの準備を済ませてヒメが帰ってきてから夜通しお祝いパーティの予定だったのだが……その予定は見事に狂わされてしまった。

 心優しい姫は『……別にいい。お仕事大変だろうけど、頑張ってね母さん』と私に気遣ってくれたけれど…………けれど……ッ!出かける間際にヒメが見せた、あの表情は見逃せなかった……!あのヒメの、あんなに寂しそうな顔は忘れることができない……ッ!ああ畜生、ヒメにあんな顔をさせるなんて、私は母親失格だわ……


「…………とりあえず、夜までに終わらせる」

「へ?な、何をです?」

「決まってんだろ!この、馬鹿げた会議と仕事をだよ!全力で終わらせて、全力で帰宅して、そして全力でヒメを祝うんだよ……!」

「はぁ?」

「ヒメには『明日まで仕事がある。泊まり込む』って伝えているから、まさか今日祝われるとは思っていないはず!それなのに、こっそり帰って来てプレゼントやケーキを持って私が突然現れたら―――そうとう思い出に残るサプライズパーティーになるだろうが!」

「いや無理ですって……かちょーがどう頑張っても、こればかりは明日までかかると思いますよ」

「いーや無理じゃない!どうにかして終わらせてやる!娘の為ならば、母親は不可能を可能に出来るんだよぉ!」


 そう意気込みながら会議室の扉を勢いよく開ける私。待ってろよヒメ……!必ず今日中に帰り……ヒメを祝ってやるからな……!



 ~SIDE:Daughter~



「……はっぴーばーすでぃ、とぅみー……はっぴーぱーすでぃ、とぅみー……」


 学校も無事終わり帰宅した私は……親友のマコに誕生日プレゼントとして作って貰ったショートケーキにロウソクを一本突き立て、私以外誰もいないキッチンで一人自分の誕生日を祝っていた。

 ……おかしいな。母さんがいない寂しさを紛らわすためにとお誕生日の歌を歌ってみたけれど、なんだか余計寂しくなってきた気がする。


「……というか……虚しい。これやめよう。今すぐやめよう」


 以前ネットで『一人で誕生日を祝う辛さは異常』なんてサイトを偶然見たことがあったけど……今ならその気持ちはわかる。これは……想像以上にヤバイ。ツライ……

 とりあえずロウソクを取り、ケーキをさっさと平らげることに。……うん、美味しい。ありがとうマコ。おいしいケーキのお陰で、多少この寂しさは紛らわせられたよ……


「……さて。どーしよっかな」


 リビングのソファにゴロリと横になり、独り言ちる私。今日は私の記念すべき誕生日。……だけど主役の母さんがこの場にはいない。母さんのいない誕生日なんて、祝っても仕方ない。

 ならばいっそのことさっさと寝てしまおうか?けど折角の誕生日にふて寝するのは流石の私もどうかと思う。……けど、母さんがいないと何もできない……なにもやる気が起きない……母さんと言えば、私の原動力だから……


「…………困ったときは、発想の転換。ここは逆に考えよう」


 数分考えて、ふとそんな事を思いつく私。『母さんがいないから何もできない』じゃなくて。『母さんがいないからこそできる事』をしてみたらどうだろうか。

 例えば普段母さんがいると出来ない事。母さんに隠れないとできない事をやってみるのはどうだろう?


「…………母さんに隠れないと、出来ない事って言えば―――」


 そう呟いて、すぐに思いつく。あー……そういやがあったね。……うん。久しぶりだけど、母さんがいないうちにパパっとヤっちゃおうか。


「……ふっふっふ。今日はお洗濯まだしてなくて良かった良かった」


 洗濯室に直行し、洗濯機の中を物色する私。今日母さんが慌てて放り投げてきたお目当てのブツをそっと取り出す。


「……えへへぇ…………母さんの……パジャマ……だぁ……♡」


 ……何するのかって?え?見てわからない?マザコンが、自分のお母さんが着込んだ服を手に入れたらどうするかなんて、そんなの言わなくても普通わかるでしょ?常識でしょ?

 そんなの、当然嗅ぐに決まってるじゃないの。…………え?嗅がないの?なんで?

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