第15話 似たもの同士な変人親子たち

 ~SIDE:Mother~



―――時は戻って2日前―――



「…………(カタカタカタカタ)」

「―――ちょう、かちょう……かちょー?」

「…………(カタカタカタカタ)」

「麻生課長ー?あのぉー?聞こえてますかー?」

「…………(カタカタカタカタ)」

「……うん。じぇーんじぇん、聞こえてないですね。もぅ、仕方ないお人だこと。…………(スゥ)かぁーちょーうー!聞いてくださいかぁーちょーうー!!!!」

「う、うぉおおお!?な、なんだぁ!?」


 目の前のPCを相手に一心不乱に格闘していた私、麻生妃香の耳に……大声という名の暴力が突如として襲い掛かる。鼓膜の処女をブチ破られるかと思う程の大音量に、思わず私は飛び上がってしまった。みみ……みみが、耳がぁ!?


「やっとこっち向いてくれましたね。もー、課長ったら人の話全然聞かないんだから」

「みみ、もと……!テメ……っ!耳元で、アホみたいな大声出すなよな……!?危うくPCクラッシュしかけちまったじゃねーかゴラァ!?何しやがんだよ!?」


 全く困った人ですねー、と言いたげな顔で作業の邪魔をしやがった部下の胸倉を掴む私。困った部下はキサマだよ……今までの作業パーにする気か此畜生……


「何しやがんだよと言われましても。親愛なる上司の無茶とか暴走を止めるのは、直属の部下の役目ですしおすし?」

「暴走してんのはお前だバカ者め。上司の鼓膜を嬉々として破壊しようと企む部下なんていねーよ。そもそも私は無茶も暴走もしてねーっての」

「してますよ。だって麻生課長、折角の休憩時間なのにいつまで経ってもご飯も食べずに一人黙々と仕事してるんですもん。それが昨日今日の話じゃなくて、ここ最近ずっとでしょう?課長はこれで無茶してない、暴走していないって胸張って言えるんですか?根詰めすぎて身体壊しちゃいますよ?忙しいのに過労で倒れられでもしたら正直迷惑です」

「うっ……」


 ジト目の部下にそう言われて思わず目を伏せる私。部下の非常識な突拍子もない行動に呆れつつも、一応心配してくれたことに内心感謝はしておく。……未だに耳がキンキン、耳鳴りまで聞こえるけど。感謝はしておく。


「…………そう言われたら、まあうん。確かにちょっとだけ……ほんのちょっとだけ無茶してるかもな。スマン」

「わかれば宜しい」

「だがよ。止めるにしても、もっとマシな方法考えろや……アレで私の身体労わったつもりか?下手すりゃお前さんの馬鹿でかい声で私の耳がぶっ壊れるところだったぞオイ……」

「えー?これでも声抑えたつもりなんですけどー?ま、それは良いとして。で、課長?」

「なんだ?」

「結局何で休憩時間削ってまで仕事してるんです?そりゃ確かに最近何かと立て込んでて忙しいですけど、何もそこまでする必要ありますっけ」

「だって仕方ないだろ……そんな忙しい時期に、私にとって仕事以上に大事な用事が出来ちまったんだからよ。明後日休む為に……私は今の内に片付けるだけ仕事を片付けとかないといけないんだよ」

「え?何故に?」

「決まってる。…………私の大事な年休が、潰される恐れがあるからに決まってんだろうが!」

「……はぁ?」


 ここのところ、猫の手も借りたいくらい本気で忙しい日々が続いている。これだけ忙しいなら……もしかしたら上から『ああ、麻生さん。悪いんだけどこの日の有給キャンセルでよろしく♡』とか。『みんな頑張ってる中、一人勝手に休むなんてあり得ないよね?さあお仕事一緒に頑張ろう!』とか。そんなブラックな事を言われてしまう恐れがある―――かもしれない。


「もしも、もしもそんな事になれば……何よりも楽しみにしていた明後日の年休を、無残に潰されることにでもなれば……」

「なればどうなると言うのです?」

「……私多分、暴れると思う。暴れに暴れて、この会社を潰すと思う」

「…………かちょー。目が、本気と書いてマジです……」


 ハッハッハ。何を言うか。…………そりゃマジで言ってるからな。


「そもそもいくら忙しくても、ウチの会社って有給を無下にしちゃうほどブラックじゃないですよね……?と言うか、そんなに仕事が気になるなら丸一日休まずに時間単位年休取れば良いのでは?確か明後日の例の件って、午後からでしたよね?」

「ダメ」

「なじぇ?」


 部下のそんな提案を一蹴する私。やれやれだ。一体何を言っているのやら。


「明後日は午前中にエステやら美容院やらに行く予定だからな。誰よりも綺麗になってから……午後からの本番に備えなきゃなんないんだぞ?だから丸一日休みじゃないと困るんだよ」

「そ、そんなに気合を入れる必要があるんですか……?え、え?あの……課長?改めて確認したい事があるんですけど……」

「何だ?」

「…………明後日課長が有給使う理由って、その理由ってですね……」


 何故か少しだけ引いた顔で、部下が私にこう尋ねてきた。







「―――課長の娘さんの三者面談に参加する為……でしたよね?」

「ん?そうだけど、それがどーした?」

「…………三者面談の為だけに。エステとか、美容院とか。行く必要って……ありますか?」

「アァン!?あるに決まってんだろがッ!愛しい愛娘の三者面談だぞ!!!?気合入れて当然だろうがよぉ!!!!??」

「…………限度があります。いくら何でもいませんって、三者面談にそこまで気合入れる人なんて」


 何を言うか。少なくともここに一人にいる。そして……我が家にもう一人、私同様三者面談を心から楽しみにしていて、三者面談の為に気合を入れているカワイイ可愛い天使のような愛娘がいるわ。

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