母さんと三者面談編
第14話 三者面談は命がけ
「―――予約していた麻生姫香です。お姉さん、今日はよろしくお願いします」
ある日の早朝。……否、世間一般的に言うと早朝というか夜明け前とも言える時間。
下手すればお巡りさんに補導されかねないような時間に私、麻生姫香は……知り合いの美容師さんのお店にお邪魔していた。
「あ、ああうん。いらっしゃいませ…………ええっと、姫香ちゃん?一応確認するけど……ホントにこんな時間から、髪のセットをしたいのかしら?」
「……はい。ごめんなさいお姉さん。営業時間外に無理を言ってお願いしてしまって。追加料金はきっちり払うので、どうかお願いします。今日だけは、私を誰よりも綺麗に見せて欲しいんです」
非常識なお願いをしている事は重々承知している。だけど今日は……今日は一年に一度の、私にとって譲れない大切な日なんだ。90度近い礼をしてお姉さんにお願いする。
「いやまあ。私としては儲かるから別に良いんだけどね?でもね姫香ちゃん。……なんでまたこんな時間から髪のセットなんてするのよ……?」
「……髪のセットが終わったら、次はサロンに行くから。この時間にセットして貰わないとエステする時間が無くなるし……」
「え、エステって……ごめん姫香ちゃん。貴女今何歳だったっけ……?確か中学二年生よね?髪のセットもお肌のエステも……ホントに必要あるの?まだ若いし、髪は艶々で肌も水を弾くようにピチピチじゃないの……」
何故かドン引きした顔で、お姉さんが私を見つめてくる。ハテ?確かに中学二年生ですが、それが何か?綺麗になりたいと思う心に、年齢なんて関係ないと私思うの。
「正直姫香ちゃんがそこまで気合入れて綺麗になりたい理由がお姉さんちょっと分かんないわ…………ねえ何?今日何か特別な事でもあるの姫香ちゃん?もしかして好きな人とのデートとか?それとも……まさか好きな人に告白しちゃう系の恋する乙女のイベントが待ち構えているとか?」
「……うん。それに近いかも。今日は私にとって、『好きな人とデートする』とか『好きな人に告白する』とか……そういうレベルの大事なイベントが……ある」
訝し気な様子のお姉さんに尋ねられた問いに対して真摯に答える私。私、今日だけは誰よりも綺麗でいたい。あの人に『誰よりも綺麗だ』って思われたい。
だって今日は……私にとっての一世一代の大勝負が待っているのだから……
「ああ、やっぱりそうなんだ。そう言う事情なら……仕方ないわよね。いいわ、だったらその姫香ちゃんの想いに応えてあげましょう。お姉さん頑張っちゃうわ。頑張って姫香ちゃんをいつも以上に綺麗に素敵にしてあげる」
「……ありがとう」
「良いのよお礼なんて。そういう恋をしている乙女の一生懸命さには弱いのよね私」
そう言ってお姉さんは私の髪を真剣な眼差しでセットを引き受けてくれる。こんな深夜に近いような時間にお願いするような無茶な私の要望も真摯に受け止めてくれる辺り……プロは流石だなって思う。
……ありがとうお姉さん。その分チップを弾みますから、どうかよろしくお願いします。
「ところでさ。結局今日って一体何があるのかしら姫香ちゃん?大事なイベントってなんなの?それが分かればそういう場面に相応しいような髪型をセットしてあげられるんだけど……」
と、セットをいざ始める前にそう尋ねてくるお姉さん。……ああ、いけない。今日が何の日か説明するの忘れてた。
「……多分、お姉さんも学生時代に経験したことがあると思うイベントだよ」
「え?私も?…………デートとか告白に匹敵するようなイベントよね?ごめん、恋人いない歴=年齢な私にはパッと思いつかないんだけど……」
「……ピンとこない?ほらアレだよアレ。学生なら絶対一年に一回は必ずやる、皆が楽しみにしているあの―――」
「あの?」
「―――
「…………は?」
今日は私にとってデートとか告白とかに匹敵するような一大イベントが執り行われる。そうだ、私の愛おしい母さんが私の通う学校に来てくれるという……楽しい楽しい三者面談が行われるのである。
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