第13話 微かに芽生えた母のフラグ

 ~SIDE:Daughter~



「というわけなんだよ。おふくろが―――あ、すまん。ヒメにとってのお祖母ちゃんな。お祖母ちゃんが今朝電話越しにな


『そろそろ再婚考えてもいい頃なんじゃない?ヒメちゃんにもお父さん的な存在が居た方が、ヒメちゃんの成長の為になると思うし』


なんて言ってきやがってさぁ」

「…………なるほど、よくわかった」


 あの後……私がどうにか泣き止んで、落ち着いた後の話。母さんは再婚を何故今になって思い至ったのかについてちゃんと私に向き合って詳しく説明してくれた。早朝にお祖母ちゃんが母さんにいつものように再婚話を持ち掛けた事。再婚する事が私の為にもなると言われて悩んだ結果、私に相談しようと思った事。けれども相談する前に、私が失神しちゃって相談どころじゃなくなった事―――その全部を説明してくれた。

 そうか……お祖母ちゃんか。お祖母ちゃんが母さんに再婚させたがっている事は前々から知っていた。おーけー、腑に落ちた。同時に心底安心した。


「ゴメンなぁヒメ……かーちゃんアホだったわ。『再婚する事がヒメの為になる』って聞いたら……『ヒメも望んでいる』って聞いたら不安になっちゃってよ。ヒメの気持ちも知らないで、まんまとお袋の戯言に乗せられちまうところだったわ。不安にさせちまったよな?嫌な思いをしちまったよな?……許しておくれ」


 本日何度目になるかわからない母さんの謝罪。……謝らないで母さん。私は寧ろ嬉しいから。

 ……母さんが私の将来の事を想って色々と悩んでくれたとか、私の為に色々考えてくれていたとか……母さんの頭の中いっぱいに私の存在が居ると分かって本当に嬉しいのだから。


「……大丈夫。ちゃんと、母さんの気持ちはわかったから。私、母さんに嫌われたわけじゃなかったんだね」

「き、嫌うわけがないだろう!?何度も言うけど私自身は再婚なんてする気はなかったし、これから先もするまっっっったく、全然!つもりは無いからな!だ、だって私にとっての幸せは……ヒメと一緒にこの家で暮らせることなんだし……」

「母さん……!」


 やめて母さん。一番大好きな人からそんな無自覚な殺し文句を言われてしまったら、さっきと違う意味で私しぬから……嬉しさのあまり悶絶死しちゃうから……


「な、なあヒメ。不安にさせたお詫びと言っちゃ変な話だがよ」

「……ん?」

「私になんか……やって欲しい事とかないかい?」

「…………ふぇ?」


 と、母さんの一言にポーカーフェイスのまま内心心躍らせていた私に対し。母さんが唐突にそんな事を言い出した。……やって欲しい事?


「何でも良いぞ。今回は全面的にかーちゃんが悪いわけだしよ。罰ゲーム的な意味も込めて好きに命令しておくれよ。そうじゃないとかーちゃん気が済まないしな!さあヒメ命令しておくれ!かーちゃん、ヒメの為なら何でもするからよ!」

「…………(ポタポタポタ)なんでも?」

「って、いきなりどうしたヒメ!?は、鼻血!鼻血が滝のように出ちゃってるぞオイ!?」


 屈託のない、世界一の笑顔でそんな無防備な事を言う母さん。だからやめて母さん。マザコンの私の前でそんな……鴨が葱を背負って鍋沸かしながら『私を食べて♡』って言ってるようなもんだよそれ……

 安易にマザコンを刺激する発言しないでほしい。襲いたくなっちゃうから。


「……だいじょーぶ。ちょっと興奮しただけ。鼻血はすぐ止まるから気にしないで」

「そ、そうか……?ヒメが大丈夫って言うならかーちゃん信じるけどよ……」

「それで……本当に良いの?お願い事言っても……?」

「お?応とも!ホントに何でも良いぞ!」


 溢れ出る母さんへの愛という名の鼻血を抑えつつ考える。母さんにやって欲しい事……か。……母さんとえっちな事したいとか、母さんとスケベな事したいとか、母さんといやらしい事したいとか、母さんとRが18な事したいとか(※全部一緒です)―――ホントはヤりたい事やシて欲しい事がいっぱいあるけど……


「(……でも、これは流石にまだ言えないよね)」


 口から欲望のたけをブチ撒けそうになる寸前で、微かに残る私の理性が押し止めてくれた。これを言うのは流石に時期尚早。折角気まずい空気を脱却できたのに、これを言ったら多分さっきの比にならないくらい家庭内が冷え切っちゃうよね……今は我慢しないと……


「…………じゃあ、おねがい言うよ母さん」


 一先ず考え直してから、今の私が言っても問題ないであろうギリギリのラインで攻めてみる事に。



 ◇ ◇ ◇



 ~SIDE:Mother~



「―――で。お願いされたのは『私と、どうか一緒に寝てください!』か」


 私の愛娘、ヒメにお願いされたのは。私との同衾……つまりは添い寝だった。


「お小遣い上げてとか。どこかに連れて行ってとか。そういうの期待してたんだけどなぁ……」


 私の隣で私の腕枕で幸せそうに眠っているヒメの頭を撫でながら、私はこっそり苦笑する。ホント、うちの娘はこんな時でも全然我儘を言わないねぇ。良い子過ぎてちょっとかーちゃん心配だぞー?


「ま、ヒメ当人からすると相当勇気のいるおねだりだったっぽいけどな」


 おねだりしてきたヒメは、子供っぽいおねだりが恥ずかしかったのか顔を真っ赤にしながら上目遣いで『……ダメ?』と不安そうに聞いてきた。

 ……ダメどころか。こんなおねだりなら毎日だってOKだってーの。


「……今日はごめんなヒメ」


 天使の寝顔で眠る愛娘にもう一度謝罪する私。……危うくこの幸せそうな寝顔が見られなくなるところだったと思うとゾッとする。


『……今朝の母さんの話を聞いてね……私……色々と考えたよ。再婚って事は……私の知らない間に母さんに好きな人ができたのかとか……母子家庭が大変なのかとか……わた、私が……負担になっているのかとか……私……母さんに嫌われて、母さんに捨てられるんじゃないかとか色々……』


 ヒメの独白がまだ頭の中で響いている。ホント私どうかしてた。とんでもないアホだったよ。なーにが娘の為を思ってだ。泣かせちまって、不安にさせちまって、曇らせて。……ああ、ホントに情けない。


「……大人びていると言っても、まだ中学生だもんなぁ」


 ……ヒメ。改めて誓わせてくれ。かーちゃんまだまだ理想の母親にはなれていないけどさ。これからも頑張るよ。ヒメの為にいっぱい頑張るから……父親がいなくても、ヒメを幸せにするって誓うから……


「…………んー……だいじょーぶ……かあさんと、いっしょなら……しあわせー……」

「ッ!」


 その想いが通じたように、ヒメが寝言でそんな事を言ってくれる。……夢の中まで良い子かよ。ああ、もう。私の娘マジ天使……ダメだ、にやけが止まらん……


「それにしても……ある意味、凄い口説き文句だったよな」


 思わず抱きしめたくなっちまう可愛いヒメの顔を見ながら思い出す。つい先ほどヒメが私に言ったあのセリフを。


『私、母さんにはずっと傍に居て欲しい……!母さんが、誰かのモノになるなんて考えられない……!他の誰かに笑顔向ける母さんなんて……みたくない……ッ!そんなの嫌だ……!だって、だって私……私は……母さんの事が―――』


「ふふっ。まるで一世一代の愛の告白っぽかっぞヒメー」


 映画やドラマだったら『母さんの事が―――好きだから』と続いてもおかしくない熱烈なヒメの言葉。そんなにも私の事を想ってくれているのかいヒメ?こんな事、ヒメには絶対言えないけれど……かーちゃんドキドキしちゃったぞ。

 なんか青春時代を思い出したよ。ヒメと約束した通り再婚する予定はこれから先一切無いし、誰かと恋をする気も一切ないけれど―――


「……ヒメみたいな子が、恋人なら……私も再婚を考えても良いかもな」


 ぽつりとそれを口に出した途端、即自己嫌悪。


 ……アホか。女同士……それ以上に愛娘だぞ、冗談でも一体何を考えとるんだ私は。頭を振って溜息一つ。明日に響くしもう寝よう。今日は色々あり過ぎて変な事まで考えてしまってる気がする。


「……おやすみ、ヒメ」


 腕の中で眠るヒメのおでこに口づけして、ヒメを抱きしめながら私も夢の中へ向かう事に。さあ、ヒメにとっての理想の母親を目指して。明日も頑張ろうじゃないか。







 この時の私は全く気付いていなかった。私と仲直りしようと一生懸命作ってくれたヒメのあのマフィンの味。私への熱く蕩けそうな『一緒に居たい』というヒメの想い。

 まさかこの二つがきっかけで……この世で一番近くて一番愛している誰かに……恋をしてしまうことになるなんて、気づくはずもなかった。

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