第8話 ホテルとベッドと一緒のお布団で寝る

 本日の母さんとのデートの締めは、ホテルの高層レストランで親子二人優雅にお食事―――のハズだったんだけど。


「……母さん、部屋に着いたよ」

「ぅー……」

「ほら、あとちょっとだから頑張って」


 どういうわけか主役の母さんが酔いつぶれてしまう事態が発生。母さんお酒に弱いのに無理してあんなに飲んじゃうから……

 流石に完全につぶれて一人では碌に歩けない母さんを連れて、今から我が家に帰宅するのは無理だと判断した私。そんなわけで、急遽今夜は私の独断でホテルの一室に一泊することに。ホントここがホテルで助かったよ……


「よいしょ……っと。母さんお疲れ。ベッドだよ」

「ん……」

「よく頑張ったね。あとはゆっくり休んでて良いから」


 何とか母さんをベッドに運び一息つく。やれやれ……これでとりあえず一安心かな。お酒呑みの介抱って結構大変なんだね……

 そういえば私の親友のマコも、『うちの飲んだくれのアル中叔母さんを介抱すんのってすっごいしんどくてさぁ……』って時々ぼやいてたっけ。


「……あ、そうだ。母さんゴメンね、ちょっと外の自販機で飲み物買ってくる。すぐ戻るから待っててね」

「むー……」


 親友マコから聞いたお酒呑みの対処法を思い出す私。年齢的に飲んだことなんて当然無いからよく知らないんだけど……確かお酒を飲んだ後ってすっごく喉が渇くと聞いたことがある。

 母さんもしばらくしたら多分喉が渇いてしまうだろうし……今のうちに予め何か飲み物を買っておくとしよう。


 そんなわけで母さんを横に寝かせてから部屋を出て、近くに自販機が無いか探してみることに。


「……自販機みっけ。えっと……あれ?そういえば飲み物って何が良いのかな……?やっぱり無難にミネラルウォーター?あと他の候補は母さんの好きそうな果物のジュースとかスポーツ飲料水とか?…………うん、めんどうだし全種類一本ずつ買っておこう」


 早速同階のエレベーター付近にて自販機を発見。独り言を呟きながら適当な飲み物を購入する。残念ながら二日酔いに効きそうな栄養ドリンクとかはここの自販機では売ってないみたいだし……母さんが明日起きた時に少しでも辛さが無くなるように後でコンビニにでも行って改めて買っておくとしようかな。

 ……そんな風に母さんの事を想いながら飲み物を買っていると、ふとついさっきレストランで母さんが私に打ち明けてくれた言葉が私の頭を過る。


『ヒメはかーちゃんに遠慮なんてしないで堂々と反抗してほしいんだよ!?……欲しいものがあれば、やりたいことがあれば……かーちゃんに遠慮なんてしないで言って欲しいんだよ!?』


『きっと遠慮がちなヒメだから……自分の欲しい物とかやりたいことを私に悟られないように胸の内に隠してるって思って……だ、だから……ヒメの欲しいもんとかやりたい事とかを知りたくて……今日ヒメをデートに誘ったんだよ……!』


『ヒメはさぁ……良い子じゃなくてもいいんだぞぉ……かーちゃんダメダメだけどよぉ……頼りないかもしれないけどよぉ……もっと我が儘言って良いんだよぉ……もっといっぱい反抗して……もっと遠慮なく私の事を頼って良いんだよぉ……お願いだよぉ……かーちゃんにもっと甘えておくれよぉ……』


「…………えへへー♪」


 ……まいったね。嬉しくて、頬が勝手に緩くなる。ポーカーフェイスを維持できない。


 今になってようやくお酒に弱い母さんがあれ程まで飲んで酔った理由がわかった気がする。……あの母さんの事だ、多分素面だったら恥ずかしくて言えなかったんじゃないだろうか。

 それでも私にちゃんと自分の気持ちを伝えたくて。だから悩んだ末に今日のデートを思いつき……そしてお酒の力を借りてまで私にさっきの言葉を言ってくれたのだろう。そういう不器用なところも含めて……母さんのその優しさが、その私への想いが……凄く、凄く嬉しい。


「……これで、良し」


 苦手なお酒を飲んでまで、気持ち悪くなるくらい酔ってまで私の事を大切に想ってくれたんだ。その母さんの為にもちょっとでも楽になって貰わなきゃね。


「―――ただいま母さん。飲み物いっぱい買ってきたよ。欲しかったら遠慮せずに……母さん?」

「…………すぅ……」

「……ありゃ?寝てる?」


 飲み物を腕いっぱいに抱え急いで戻って来た私だけど……もうすでに寝息を立てて寝てる母さん。きっともう限界だったんだね。出来れば一杯だけでも飲んでから寝てもらいたかったところだけど……


「……苦手なお酒飲んじゃったわけだし。仕事の疲れも大分溜まっていたんだろうし仕方ないよね。母さん、お疲れ様。今日はゆっくり休んでね」

「ぅ……ん、……んん……」

「……?あ、そっか。そのままじゃ寝苦しいよね」


 その母さんの寝顔をじーっと眺めていると、何だか苦しそうに寝返りを打っている。窮屈な余所行きの服を着たままだし、少し服が……いや、全身がちょっとお酒臭い。このままじゃ母さんもまともに寝られないだろう。


「ごめんね母さん。シワになっちゃうし……服、脱がせるね」

「……ぅ」


 そう思って一言小さく断りを入れてから、起こさないようにゆっくり静かに上着とシャツを脱がせてあげた私―――







 …………なんだけど。


「んん……っ……」

「…………」


 …………善意だった。母さんが苦しくないように、母さんが少しでも気持ち良く寝やすいようにという善意のハズだった。だけど……

 母さんの服を脱がしてみると、上品な黒いレースの下着が顔を出す。何だかとっても大人びていてすっごくセクシーで……目が離せない……


「(…………ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!)」


 なんだか途端に自分が悪い事をしているような気持になって、慌てて心の中で謝罪をしつつ全力で目を逸らす。……違うの。寝こみ襲うような真似をしようとしたわけじゃないの……決して。

 ……したいけど。そりゃまあ許されるのであれば襲いたいけど。


『なぁ……どうして……どうしてヒメはそんなに良い子なんだよぉ……』


『ヒメはよぉ……もっとかーちゃんに我が儘とかおねだりとかすべきなんだよぉ……』


『勿論、嬉しいよ!?かーちゃん、ヒメが優しくて良い子に育ってくれて嬉しいんだよ!?……けど、いいやだからこそもっとヒメはかーちゃんに遠慮なんてしないで堂々と反抗してほしいんだよ!?……欲しいものがあれば、やりたいことがあれば……かーちゃんに遠慮なんてしないで言って欲しいんだよ!?』


 謝りながら私の頭を過るのは、レストランで母さんが私に言ってくれたあの言葉。……ごめん、ごめんね母さん。違うの……私、母さんが思っているような娘じゃないんだよ……

 優しいわけじゃない。ただ母さんに好かれたくて、母さんだけに優しいの。良い子なんかじゃない。ホントの私は、酔いつぶれた母さんの下着姿に興奮する、ダメな娘です。


 そうだ……本当の私は……こんなにも我が儘で……いやらしくて……気持ち悪い。母さんへの好意を抑えられない、何て我が儘で邪な親不孝者な子なんだろうか。

 もっと自制出来るようにならないと……次はもっとマズいところまで行っちゃいそうだ。下着も剥ぎ取って襲いかかっちゃうかもしれない……反省しよう私……


「…………でもゴメンね……私、それでもやっぱり母さんの事……大好きなんだよ」


 でも……自己嫌悪も反省もするけれども、この想いは否定できそうにない。否定したくない。……母さんからしたら迷惑な話だろうけどさ……これもある種の反抗期だと思って諦めて欲しい。


「……もう一回だけ、言うね。ごめんね母さん。大好きだよ」

「んにゃ……すぅ……」


 眠っている時だからこそ面と向かって言える私の気持ち。……安心してね母さん。私、この想いは……母さんに伝えたいわけじゃないの。片思いのままでもぜんぜん良いの。

 優しい母さんを困らせたいわけじゃない。この気持ちは……墓まで持って行くつもり。……だからせめて、眠っている今だけは母さんに好きって言わせてください。


「……ん。反省会おわり。母さんおやすみなさい。良い夢、見てね」


 胸に抱いてた邪な気持ちを何とか拭い捨て、掛け布団をそっと母さんにかけてからついでに母さんの隣に潜り込む私。

 潜り込む前に、私も服を脱いでおこう。皴になっちゃうもんね。当然私もパジャマなんて持ってきてないから母さん同様に下着姿だけど……別にいっか。家族なんだし問題なんてないよね。……えへへー♪母さんと、お揃い……♪



 ◇ ◇ ◇



 ~SIDE:Mother~



 ぽわぽわと、自分の意識が蕩けていく。


『―――さん。か……さん』


 誰かが私を呼んでいるような……そんな感覚が私の意識を呼び起こそうとする。私の。私だけの……愛らしい、愛おしい存在が私を呼んでいる。


『……かあ……さん、母さん。私……母さんの事、大好きだよ』


 天使みたいな声が心地いい。私の自慢の愛娘が、耳元で私を大好きと言ってくれている―――もしや天国か?ここは?

 その耳元から聞こえてくる天使の呼び声で、重たい瞼もしゃっきりと見開く。見開いた先で私を待っていたのは―――


「―――ぐぉおおお……!?あ、頭、痛ぇ……!?」


 二日酔いの苦しみと。


「ハァッ……ハァ……ここ、どこだ!?」


 見知らぬ部屋に見知らぬベッドと。


「て、ていうか……!?なんで、私は服を着ていな―――」

「……んー?ふぁああ……あー、母さんおはよー……」

「―――ひめ……?」


 そして、同じベッドに横たわる……愛娘のヒメの姿だった。ご丁寧に、二人とも下着姿。同じ布団の中で、下着のまま寝ていた。


「……昨日は、凄かったね。私も母さん(の暴飲を)止めようとしたけど……あんなに(飲む勢いが)激しかったから止められなかったよ」


 苦笑いしながらヒメは私の横でそんなことを言う。


 ええっと。よし、落ち着け私。ちょっと状況を整理してみよう。


①飲み過ぎて記憶が飛んでいる。

②どうやらホテルと思しき場所にいる。(当然にこっちも記憶がない)

③二人とも下着姿で、同じベッドの上。

④『激しかった』というヒメの発言。


 なるほどよくわかった。つまりこれは―――


「……大丈夫?母さん、顔真っ青。二日酔い?」

「…………ヒメ」

「……ん。なぁに?」

「……今すぐ110番して。かーちゃんを、このクズ親を警察に引き渡して」

「……なんで?」


 天国どころか…………地獄だコレ……実の娘を酔った勢いで押し倒すとか……地獄だコレ……


「酒に酔って、よりにもよって娘に手を出すとか……最低だ、最低だわ私ぃ……!?ケダモノ!ケダモノだよ此畜生!?」

「……え、何?どしたの急に……?」

「しぬ!しんで詫びる!許せとは言わん!ヒメ、どうか私を介錯して!?このクズ親に裁きの鉄槌を喰らわせてやってくれぇええええええ!?」


 このあとヒメが誤解を解いてくれるのに、1時間以上かかったことだけ。ここに記しておく。

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