番外編 ダメな姉の夏の思い出と愛のビンタ

 ~SIDE:Daughter~



 楽しかった夏休みも終わり告げ、新学期が始まったある日の放課後。


「―――んお?ヒメっちじゃん。オッスオッス」

「……?あー、マコだ。オッスオッス」


 帰り支度をさっさと済ませ、私は一人昇降口へと向かっていると……隣のクラスの私の親友、立花マコと偶々出会う。


「久しぶりだねヒメっち。夏休み前に会った以来だっけ。なんか随分焼けたんじゃない?」

「……ん。休みはいっぱい外で遊んだからね。そういうマコこそ真っ黒だ」

「んー?ああうん。私もお休み中はこれでもかってくらい外で目いっぱい遊んだからねー。日焼け止めしてたのにこのザマですよ!」


 二人で廊下を歩きながら他愛のない会話を弾ませる。他の人たちに比べてマコやコマは親友だし、気を遣う事無く気軽に色んな事を話せるから楽でいいね……


「ヒメっちは夏休みどうだった?楽しかった?」

「……うん。母さんも久しぶりに休みが取れたから……一緒に色んなところにデートしたんだ。映画を見に行ったり、ショッピングしたり、レストランでディナーしたり」

「ふーん。そっかそっか。ヒメっちも良かったねぇ。忙しいお母さんと偶には一緒に遊びたいってずっと言ってたもんねー。念願叶ったりじゃないの」

「……ん。良かった。『普段構ってやれない分、ヒメを楽しませてやるからなっ!』って母さんいっぱい私と遊んでくれて楽しかったよ。……本当に良い夏休みだった」


 遊んでくれたこともそうだけど……あの日―――ホテルで母さんが酔いつぶれてしまった日、母さんが私の事大切にしてくれてるってよくわかったし……今年は実に最高の夏だったね。


「……そういうマコはどうだったの?どうせコマと一緒の夏休みだったんだろうけど……楽しかった?」

「…………あー、うんそだね。コマと一緒に夏祭りに行ったりバーベキューしたり……あと海に海水浴に行ったりしたよ。まあ、楽しかったといえば死ぬほど楽しかったんだけど……ね」

「……?マコ?」


 と、今度は私がマコにどんな夏休みだったか聞いてみると、マコは珍しく歯切れが悪そうな様子で口をもごもごさせながら言い淀む。

 ……どうしたんだろうマコ。いつもだったら―――如何に夏休み中、マコの妹のコマがどれほど素晴らしかったかをこっちが聞かなくても長々と語り出すはずなのに……


「……もしかして何かあったの?」

「…………ぅ、うん。まあちょっと……ね。実は海に行ったときに……ちょっとコマと喧嘩しちゃってさ……」

「……喧嘩……?」


 少し気まずそうに喧嘩したというマコ。……喧嘩、ねぇ。マコの言うコマとの喧嘩って……ぶっちゃけ大したこと無い気がする。シスコンシスターズな立花姉妹の事だし……多分『痴話げんかしちゃった』的なノロケ話を聞かされることになりそうだなぁ……


「……そうなんだ。で?何があったの?」

「えーっと……さ。……実は私……コマに―――

「…………ホントに何があったの……!!??」


 大したこと、あっただと……!?足を止め思わずその場で戦慄する私。

 な、何だと……!?あ、あの一騎当千の姉スキーなシスコンのコマが……あろうことか、惚れているマコを引っ叩く……!?そ、そんなバカな……あり得なくない……!?まさか今日が世界の終わりだとでもいうのか……!?


「あー、うん。まあ色々あってね……勿論全部私が悪いんだけどさ」

「……色々って……何!?コマに一体何をしたのマコ……!?」


 ハハハと笑って誤魔化すマコ。き、気になる……マコは一体何をやらかしてしまったんだろう……?あれ程姉の事が好きなシスコンのコマがマコに手を出すだなんて相当の事があったのだろうけど……わからん、ちょっと理解できん。


 同じくシスコンなマコが……水着姿のコマに欲情して海でセクハラしてしまった―――くらいじゃコマは怒りそうにないし……と言うかコマの場合、そんな事をされたら寧ろ悦びそうだし……

 あと考えられるとすれば海で他の女を褒めたとか、他の女を口説いたとかくらいか……?いやでも、その程度の事でコマが怒るとも思えないし……そもそもドシスコンなマコがそんな事するとも思えないし……


「まあ、でもさ……嬉しかったよ」

「……は?」

「私ね、コマに叩かれたのは生まれて初めてだったんだけどさ……叩かれたの、とっても嬉しかったんだ」

「た、叩かれて嬉しかった……?」


 何があったのか考えを巡らせていた私の横で、マコがしみじみとそう呟く。え……?嬉しかった……?そ、それってつまり―――


「……つまり、引っ叩かれてマコがドMに目覚めたって事……?」

「多分、いや絶対言われるだろうなって思ってたけど違うからね!?これ、そういう性癖に目覚めたとか俗っぽい話じゃないからね!?キミは親友を何だと思っているんだい!?」


 半分涙目で否定する我が親友。だって……マコならあり得そうだし……


「そ、そういうのじゃなくてだね。……詳細はちょっと言い辛いから端折るけど……でも、コマが私を引っ叩いたのってさ、私を想って……私の為に叩いてくれたんだよ」

「マコの事を想って……マコの為に叩く……?」

「うん。そうだよ。この私を大事にしてくれているからこその一発だったんだ。あのビンタからはね……コマの愛・・・・を感じたよ」

「…………!」


 叩かれた頬を愛おしそうにさすりながらマコがそう語る。あい……愛……だと……っ!?


「あー……ゴメンよヒメっち、いきなり変な話をしちゃってさ。とりあえず安心して、コマとはちゃんと仲直りしてるから心配ないよ」

「……そっか」


 そんな話をしていたところでちょうど下駄箱に辿り着く私たち。世間話はここまで、かな。


「……それじゃあマコ。私そろそろ帰るね。マコはまだ部活あるの?」

「うん。夏休み明けのせいか仕事がたんまりでさぁ……まあコマが一緒だからどこまでも頑張れるけどネっ!そんじゃ、また明日ねーヒメっち。バイバーイ」

「んー、お疲れマコ。バイバイ」


 そのまま部室へと向かうマコに手を振って別れる私。さて……いつも通りさっさと帰って母さんの夕食を作らなきゃね……


 …………それにしても、愛……愛かぁ……



 ◇ ◇ ◇



 ~SIDE:Mother~



「―――ヒメ、ただいまー。あー疲れた……」


 ヒメと共に過ごした夏はもう過ぎ去り、いつものように仕事が始まった。愛娘と楽しんだ休みが楽しすぎて……その分反動がちょいとツライ。仕事マジツライ……


「……お帰り、母さん。お疲れ様。お夕食出来てるよ。あとお風呂も用意してあるからね」

「おー、いつもながらすまないねぇ。ありがとよヒメ。とりあえず先に夕食にしような。着替えてくるからちょっと待っててくれ」


 ……ま、その疲れも家に帰ってヒメの顔を見ればどっかに吹き飛んでしまうけどな。あー……ヒメがいると癒されるわぁ……


「…………(じー)」

「……ん?どうしたヒメ?私の顔に何かついてるのかい?」

「……んーん。別に……ついてないけど……」


 靴を脱ぎ上着を脱いでシャツのボタンを開けていると、ヒメの熱い視線を感じる。よく見るとヒメは何か言いたそうにしているみたいだ。これは……もしかすると。


「……もしかして、何かかーちゃんに頼みごとでもあるんじゃないかい?」

「え……!?ど、どうしてわかったの……?」


 言い当てられたのが意外だったようで、目をまんまるにして驚くヒメ。良かった、どうやらビンゴだったみたいだね。


「そりゃわかるよ、何せ私はヒメのかーちゃんなんだからね」

「……すごい……母さん、エスパーなんだ」

「いや別にそういうアレじゃないけどよ…………まあ、ともかくだ。良いよヒメ。かーちゃんに出来る事なら何でもしてやるよ。だから遠慮なくおねだりしてみなよ」

「へ……?」

「夏休み中も言っただろ?もっとヒメは我が儘言って良いんだって。かーちゃんに遠慮せず、甘えて良いんだよ」

「か、母さん……」


 もじもじしているヒメを抱きしめてやる私。……ヒメは今まで全然我が儘何て言わない子だったからね……良い子なのはありがたいけど、私としては……親子なんだし私を困らせてくれるくらい遠慮せず甘えて欲しい。


「……じゃ、じゃあ我が儘言うよ……?言っちゃうよ私……」

「おうさ!どーんと来いヒメ!」


 そこまで言ってやるとようやく観念したようで、ヒメは真剣な表情で私に向かい合う。さーて……ヒメは一体どんなことをおねだりしてくれるのだろうか?ちょっとだけ楽しみだな。


「う、うん……わかった。……えっとね、母さん。お願い―――







―――私の事、叩いてください・・・・・・・……っ!」

「…………は?」


 …………予想の斜め上過ぎるおねだりに、思考が一旦フリーズする。……いま、ヒメなんて言った……?聞き間違い、だよな……?というか、聞き間違いであって欲しいだが……!?


「あ、あのヒメ……?ちょっとかーちゃん急に難聴になったらしい。悪いがその……もう一回言ってくれないかい?」

「……母さんに、叩いてほしいの……」

「…………聞き間違いじゃ……なかったかぁ……」


 ヒメの言葉に思わず涙。どういうことなの……?何があったんだヒメ……?もしかして学校で辛い事でもあったのか……?


「え、ええっとなヒメ……なんでいきなりそんな事を頼むのかな……?かーちゃんちょっとヒメがそう頼み込む理由がよくわかんないんだけど……」

「……だって。私母さんに叩かれたことなんて一度も無いもん……」


 そりゃ当たり前だろうよ……!?愛しいたった一人の愛娘だぞ!?目に入れても痛くない、最愛の娘なんだぞ……!?悪いことをしたならともかく……良い子なヒメを叩けるわけ無いだろうが……!?


「ま、まて。待ってくれヒメ……それじゃどうしてそんな発想になったのかの理由になってないぞ……一体どうして叩いて欲しいなんて言い出したんだよ……!?」

「……あのね……今日友達とお話してたんだけど……その子がさ、『大好きな人から叩かれると愛を感じる』って言ってたの……だから……私も、母さんに愛されてる証拠が欲しいの……」

「そいつ間違ってる!色んな意味で間違ってるからなヒメ!?」


 叩かれることに愛を感じるとか……ちょっとアブナイ性癖の持ち主か、もしくはDV被害者の心理じゃねーか……!?一体どんな友人なんだそいつは……!?

 だ、大丈夫なのかそいつ……!?付き合ってる彼氏に変な調教受けてるとかじゃねーだろうな……!?


「だからお願い……母さん。私を叩いて……」

「ま、待てってヒメ……落ち着け。そのおねだりはいくら何でもちょっと……」

「ぅー……母さん、何でも我が儘言って良いって言ったのに」

「ヒメを傷つける以外の我が儘なら何でも良いけどさ……それだけは許してくれヒメ……」

「…………私なら、母さんから貰えるものなら、痛みでさえ嬉しいのに……」


 珍しく不服そうなヒメの態度。そりゃ叶えてやれるおねだりならいくらでも叶えてやりたいが……程度によるわ……


 その後もしばらくの間、ヒメに『私を叩いて母さん……』と何度もおねだりされる事になった。

 ……おのれ……一体誰なんだうちのヒメに要らぬ事を吹き込んだ輩は……!?ヒメの交友関係が、色んな意味で不安になってしまった私であった。

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