第7話 素面じゃ言えないその本音

 愛する母さんからデートのお誘いを受けた私こと麻生姫香。その母さんのエスコートを受け、映画館で映画を見たり雑貨屋さんでお買い物をしたりお洒落なカフェでティータイムをして全力で楽しんだ。


「……お、おぉー……凄いね」

「どうだいヒメ?気に入ってくれたかい?」

「……うん……キラキラ光ってすごく綺麗……」


 デートの締めは夜景が見える場所でディナーでもしようじゃないかと提案され、とあるホテルの高層レストランへとやってきた私と母さんの麻生親子。

 眼下に広がるのは暗闇を幻想的に灯す煌びやかな街明かり。夜空に浮かぶ星々のように、あるいは輝く宝石のように美しく夜の街を照らしていた。……こんなすごい夜景が見える場所でディナーするだなんて……大人だ……母さんはやっぱり大人の女性だ……!


「ハハハ!気に言って貰えて何よりさね。ささ、お姫様。そろそろお食事の時間だよ。おいでヒメ、こっちさね」

「……あ、うん……わかった」


 窓の外の夜景に見惚れていると母さんから席に着くように促される。母さんに従い席に着くと、私が席に着くのを見計らったレストランのスタッフさんがメニュー表を私と母さんに渡してくれた。


「さぁヒメ、なんっでも!そう、何でも好きなの選んで良いからな!多少高かろうが遠慮せずじゃんじゃか頼みな!」

「……私は何でもいいよ。無理して高いの食べようとは思わないし……母さんと同じやつにするつもり」


 何かに期待をした目で母さんが意気揚々と私にそう言ってくれるけど、私はメニュー表をさっさと閉じてそのメニュー表をスタッフさんに返却しつつそう答える。折角なら母さんと同じ物を母さんと同じペースで食べたいし……ぶっちゃけると『何を食べるか』よりも『誰と食べるか』の方が私にとっては大事。食べられる物なら美味かろうが不味かろうが別に何でもいい。

 ……というか、だ。メニュー表が全ページ外国語(多分フランス料理のお店だからフランス語か?)で書いてあるせいで全く読めない。こんなものを私に渡されても困る。


「…………そ、そうか……ヒメがそれで良いなら私は良いけどよぉ……」

「……?母さんどうかしたの?何かガッカリしてるっぽいけど……」

「あー……いや。別になんでもないよ…………(ボソッ)今日は最後の最後までヒメに我儘言って貰えんかったなーって思っただけさね……」


 何故かガックリ肩を落として落胆している母さん。……なんか今日は母さんったらよく落ち込むよね。どうしたんだろ?疲れてるのかな……?


「お客様。お決まりになられましたか?」

「あ、ああ……このBコースを二人分頼むわ……」

「かしこまりました。アペリティフはいかがなさいますか?」

「そうさね……んじゃベリーニで。―――あ、この子は当然飲めないし…………オレンジジュースを頼む。……一応聞くが、ここってソフトドリンクくらいはあるよな?」

「ええ勿論です。では少々お待ちください」


 気を取り直した表情でさっさと注文する母さん。こういう場所にも慣れているのかスタッフさんとの受け答えもごくごく自然で……何だか注文しているだけなのに母さんが凄くクールな大人の女性に見える。

 ……ヤダ……私の母さんカッコよくて素敵……


 …………ところで、あぺりてぃふって何だろう……?


「……母さん。今スタッフさんが言ってたあぺり何とかって何?」

「んー?ああ、食前酒アペリティフの事かい?あれは……そうさね『お食事前にお酒はいかがですかー?』って意味だよヒメ」

「ふーん……そっか。…………ん、んん……?」


 ……お酒……?


「あ、あの……母さん?まさか今からお酒飲むの……?大丈夫……?」

「ああ、平気さ。どうせ今日から一週間はお休みだし何も問題ないよ」

「……母さんがいいなら私は構わないけど……珍しいね。母さんがお外でお酒飲むなんて」

「そ、そうかい?」


 体質的に、母さんがお酒を外食時に飲むことなんてほとんど無いから少し驚く私。……折角久々の長期休暇に入ったんだし、母さんが飲みたくなるのも無理は無いだろうけど……


「…………(ボソッ)……シラフじゃ聞けない事もあるからな……」

「……?母さん、今なんか言った?」

「い、いいや?ナンデモナイヨ。……そ、それよかヒメ!ほら、飲み物来たぞ!乾杯しよう乾杯!」


 頼んだお酒とオレンジジュースを早速持って来てくれたスタッフさんを指差す母さん。……なんかはぐらかされた気がするけど……まあいいか。


「そんじゃ、ヒメ。いくぞー?」

「ん……せーの」

「「かんぱーい!」」


 母さんはお酒の入ったグラスを、私はオレンジジュースの入ったコップをそれぞれ持ちあげて乾杯する。


「ぷはぁ……!うん、中々美味いな!」

「……ん。こっちのジュースも美味しいよ」

「そりゃよかった!飲み物がこんなに美味いんだ、料理もきっと美味いぞ。楽しみにしてなヒメ」

「うん、楽しみ。……ところで母さん。私、残念ながらフランス料理食べる時のマナーとかよく知らないんだけど大丈夫かな……?恥をかかないか心配なんだけど……」

「ハハハッ!いーんだよヒメはそんなもん考えなくて!マナーなんざ気にせず一緒に楽しんで食べようなー!」


 母さんとそんな会話をしつつ飲み明かす。……楽しいな。大好きな母さんとこんな雰囲気の良いお店で……まるで恋人みたいに食事が出来るなんて。私、やっぱり幸せ者だ。

 美味しさと幸せを噛みしめながら、この充実した時間をゆっくりと満喫するとしようじゃないか。







「……ヒック……あー、すんませーん!ベリーニおかわりぃ!」

「……あの……母さん。まだ料理来てないしもうちょっと飲むスピード抑えた方がよくないかな……?」

「ヘーキヘーキ。だいじょーぶだよ、ヒメ。食前酒っていうくらいだしぃ……食べる前にしっかりお酒は飲んどかないとなぁー」

「そ、そっか……」


 それにしても……母さんは大丈夫なんだろうか。料理はまだ一口も食べてないのにこんなにハイペースにお酒を飲んじゃって。…………母さんって、めちゃくちゃお酒に弱いのに・・・・・・・



 ◇ ◇ ◇



「ぅぃー……せかいが、まわるぅ……」

「……か、母さん……?ホントに大丈夫なの……?」

「らいじょーぶ……らいじょーぶだってヴァ……」


 10分後。危惧した通りまだ料理は半分も提供されていないのに。それはもうべろんべろんに酔った母さん。顔は真っ赤で当然のように呂律は回っていない。

 首が左右にカクンカクンと揺れていて、これ以上は食べることも飲むことも満足に出来そうにないだろう。ああ……やっぱりこうなっちゃったか……


「……母さん。なんだか母さん辛そうだしそろそろ帰ろうよ」

「……むー……?」

「……大丈夫。母さんは少し休んでても。私スタッフさんにお勘定と……この後出る料理を持ち帰りできないか頼んでみる。だからちょっと待っててね。ついでにお水も貰ってくるから……」

「……んー……」


 酔ってうつらうつらし始めている母さん。……仕方ない……ホントはもう少しだけ母さんとのお食事を楽しみたいところだけれど……残りの料理は持ち帰られないかスタッフさんに交渉して、今日はこの辺りで帰ることにしよう。これ以上母さんが酔っちゃうと私一人では母さんを連れてお家に帰れそうにないもんね……

 そう考えてスタッフさんを呼ぼうと席を立った私なんだけど。



 ガシッ!



「…………?」


 その私の手をがっしり掴んで私を自分の席まで引き寄せる母さん。かなり酔っているはずなのに、その引き寄せる力は痛いくらい強かった。


「……どうかしたの母さん?もしかして……酔って気持ちが悪いの?お手洗い行く?連れてってあげようか?」

「…………」

「かあ、さん……?」

「…………なあ、ヒメ。……ヒメはさぁ……どうしてそんなに……良い子なんだぁ……?」

「……は?」


 どうも母さんの様子がおかしい。そう思って心配しながら母さんの顔を私が覗き込むと、母さんは何か決心したような目でそう呟く。

 ええっと……何の話だろう……?ポカンと呆けた私に対し胸の内を絞り出したように母さんがポツリポツリと話を始める。


「なぁ……どうして……どうしてヒメはそんなに良い子なんだよぉ……」

「……私が、良い子……?私が……?そんなことはないと思うけど……」

「ヒメが良い子じゃないなら、一体誰が良い子なんだぁ……?」


 いや……正直私、良い子じゃなくて悪い子の自覚しかないんだけど……自分で言うのもなんだけど、母さんの事を本気で狙ってるマザコンのド変態だし……


「ヒメはよぉ……もっとかーちゃんに我が儘とかおねだりとかすべきなんだよぉ……なんでしてくれないんだよぉ……」

「……我が儘……だよ私。とっても我が儘」

「嘘つけぇ!今日だってずっとかーちゃんに遠慮してたじゃんかぁ!」


 『我が儘だよ』と告げた途端、母さんは喚くようにそんな事を言う。……母さんのその言葉に疑問を抱く私。今日私が遠慮してた……?うそ……全然遠慮なんてしてないよ私……


「ヒメってばよぉ!最初から遠慮しいじゃんかぁ!……行きたいところ無いか聞いても『母さんの行きたいところで良いよ』とか言って遠慮してたしぃ……映画見に行っても『母さんの好きな映画見ようね』とか遠慮して……服屋に行っても『私より母さんの服を見ようね』とか、カフェでパフェ食ってる時も『母さん、これ美味しいし母さんも一口どうぞ』とか言い出すしよぉ……かーちゃんに遠慮してばっかじゃんかぁ!ついさっきも『……私は何でもいいよ。無理して高いの食べようとは思わないし……母さんと同じやつにするつもりだよ』とか言って遠慮しまくりじゃんかぁ……!」

「…………」


 テーブルをバンッ!と叩きながら母さんは涙目で私にそう不満を漏らす。そんな母さんの行動に驚きつつも内心思う。……いや、ゴメン母さん違うの……それ全部遠慮していたわけじゃないの……

 ここの食事に関してはメニュー表が外国語で読めなかったから母さんにお任せしただけだし、デート場所は母さんにエスコートして貰いたかっただけ。映画は見たいものとか特に無かっただけだし……洋服屋さんも母さんに露出の多い服を着てもらいなと目論んで言い出した事だし……カフェでパフェを食べて貰ったのも……とても母さんには言えないけど、ただ単に母さんとの間接キスを狙っただけなのよ。


 そう……だから残念ながら……全く、これっぽっちも。遠慮なんてしてない。


「……あ、あの……母さん。違うの。それは遠慮とかじゃなくてね―――」

「…………今日さ、どうしてかーちゃんがヒメとデートしようと思ったか……ヒメはわかるか……?」

「え……?」


 慌てて弁明しようとした私に、母さんがそう問いかけてくる。どうしてデートをしようと思ったか……?

 それは……やっぱり暇だったからとかじゃないの……?


「……かーちゃんな。最近不安だったんだよ……ヒメに全然反抗期が来ない事がさぁ……」

「……ハンコウキ?」


 突然何の話をしてるんだろう……?反抗期が、来てない……?そうかな……性癖的にはアウトローな私だし、ある意味絶賛反抗期中なんじゃないだろうか。


「勿論、嬉しいよ!?かーちゃん、ヒメが優しくて良い子に育ってくれて嬉しいんだよ!?……けど、いいやだからこそもっとヒメはかーちゃんに遠慮なんてしないで堂々と反抗してほしいんだよ!?……欲しいものがあれば、やりたいことがあれば……かーちゃんに遠慮なんてしないで言って欲しいんだよ!?」

「……」

「きっと遠慮がちなヒメだから……自分の欲しい物とかやりたいことを私に悟られないように胸の内に隠してるって思って……だ、だから……ヒメの欲しいもんとかやりたい事とかを知りたくて……今日ヒメをデートに誘ったんだよ……!……な、なのにヒメ……今日一日一緒にいたのに全然そういう自分の欲を出す事はしなくてさぁ……」

「……」

「…………ヒメはさぁ……良い子じゃなくてもいいんだぞぉ……かーちゃんダメダメだけどよぉ……頼りないかもしれないけどよぉ……もっと我が儘言って良いんだよぉ……もっといっぱい反抗して……もっと遠慮なく私の事を頼って良いんだよぉ……お願いだよぉ……かーちゃんにもっと甘えておくれよぉ……う、うぅ……」

「…………」


 泣きそうな顔でまくし立てる母さんの剣幕に圧倒されて、その一言一言を聞き入ってしまう私。


 そっか……やっとわかった。母さんの今の話で、ようやく今日の母さんの変な言動の意味を察する。だから母さん『遠慮せずに!』と事あるごとに私に対して言ってたのか……

 そしてそこまで言っても結局我が儘とかおねだりしない(ように見える)私にガッカリしてたのか……


「(…………困った……凄く、嬉しい……)」


 それを理解した途端、頬が……胸の奥がとっても熱くなる。こんなにも母さんに想われていたんだ私……それがわかっただけで、もうこれ以上ないくらい幸せだ……嬉しくて私まで泣きそうになっちゃうじゃない……


「う、うぅう……」

「……泣かないで、母さん。……あのね、違うんだよ」


 嬉しい事言ってくれた母さんの為にも、ここは誤解を解いておくことにしよう。そう思って泣き顔を隠そうと俯いて『うぅ……』と唸っている母さんの傍まで寄り添う私。


「……私ね、本当に遠慮なんてしてないんだよ」

「ぅぅう……」

「母さんはさ、私が欲しいものとか……私がしたい事を遠慮せずに言って欲しいって言ったよね?……それね、実はもう叶っているの。だから……ただ単に、言う必要が無かっただけなんだよ」

「ぅえぇ……」

「だって……だってね。私が欲しいものは、私がしたい事はいつだって……母さんと一緒に過ごす―――」

「うっぷ……!」

「…………?」


 俯いている母さんに夢中で語りかけていた私だけれど、途中で何か母さんの様子がさっきまでとはまた違う意味でおかしい事に気づく。

 よく見てみると母さんの顔色は赤から青へと変化していて……額には脂汗がにじんでいる。表情もよくよく見てみると……泣いているというよりもまるで何かの限界が近いって感じ。


 あ、これはマズい。非常にマズい。


「―――ゴメン母さん、ちょっと揺れるよ。…………なんとか頑張って。最悪私の手の中で……戻しても良いから」

「…………!(コクコクコク)」

「行くよ……耐えられそうになかったら教えてね」


 これから起こることを即理解した私は、即母さんをお姫様抱っこで抱えてお手洗いまで猛ダッシュ。母さんも口元を両手で必死に押さえて身を委ねてくれる。

 ……そうか、限界だったんだね……ごめんね母さん、もっと早く気づいてあげればよかったね……







 …………一応、母さんの名誉の為に言っておくと……何とかギリギリ間に合いました。

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