母さんとデート編
第5話 私の愛しい愛娘
~SIDE:Mother~
「ハァ……」
「……?麻生課長、どうなさいました?溜息なんか吐いちゃってますよ。お疲れですか?」
「ん?……あ、ああ悪い。ちょっと悩み事があってね……私事だから気にしないで。それよか企画書の方はどうなってる?」
とある悩みから、仕事中にもかかわらず部下の手前盛大に溜息を吐いてしまう私こと
それを見ていた部下が心配そうに私を気遣ってくれる。いかんね仕事中に余計な事考えるなんて……ちゃんと集中せにゃならねぇ。
「企画書ならもう出来上がってますよ。あと、頼まれてたプレゼンの資料も用意出来てます」
「おー、サンキュ。助かるよ。他に午前中にやる事といえば…………特に無いか。―――よーし!そんじゃ皆、ご苦労さん!ちょいと早いけどお昼休みに入って良いよー!」
「「「はーい!お疲れ様でーす!」」」
仕事も一段落ついたことだし、やる事が特に無いならグダグダ細かい雑務をやるよりパーッと休ませて午後に備えて貰うとしよう。部下たちにそのように命じると、嬉しそうに返事をして部下たちは休みに入った。しっかり休んで午後からまたよろしくなー諸君。
「……それで?どうしたんですか課長?」
「あん?何がだ?」
私も少し休憩しようとぐぐーっと伸びをしていると、ついさっき話をしていた部下が弁当箱を手にしつつ、また私に駆け寄って声をかけてくる。
どうしたかって……何の話だろうか?
「何がだ、ではありませんよ。ついさっき悩みがあるって言ってたじゃないですか。娘さんに何かあったんですか?」
「……あー、うん。悩みというか少し心配事があって―――って、ちょっと待て」
「……はい?何です課長?」
……娘さんに、何かあったんですかだと……?
「……いや、何故にお前さんは私の悩みが娘の事だって前提で話をしてんだ……?」
「…………えっ?まさか……違うんですか?」
「…………いやまあ、その通りだけどさ……」
お前さん、何故それがわかるんだよ……エスパーかなにかか?もしや私、顔に出てたのだろうか……?
そう思って鏡を見ながらペタペタと顔を触ってみる私をくすりと笑いながら部下は話を続ける。
「でしょー?あはは!麻生課長が娘さんのこと以外で、そんなに深刻そうに悩むはず無いですもんねー!」
「……褒められてんのか、貶されてんのかわからんが……一応褒めてると解釈しても良いか?」
……暗にこいつが『貴女親バカですし、悩みなんて娘さんの事以外ないでしょー?』って言ってるように聞こえるのは私の気のせいだろうか?
「まあそれは置いておくとして。で?娘さんがどうかしたんですか?良かったら相談に乗りますけど?」
「……むぅ……別にそこまで深刻に悩んでいるわけじゃないんだが……まあ良いか」
どうせ昼休みだし、相談に乗るって言ってくれてるんだ。ちょっと話してみるのも良いかもしれない。それに確かこの部下も一児の母だったハズ。何らかの良いアドバイスをくれるかも……
「いや……実はな……うちの娘さ……」
「はい」
「…………
「……はい?」
そう……うちの愛娘の麻生姫香―――ヒメは……非常に良い子なのである。マジ天使なのである。とっても良い子な私の自慢の娘なのである。
「『母子家庭だし少しでも働いている母さんの助けになりたいから』って自主的に家事を覚えてくれたんだぞ?母親としてこんなに嬉しい事、他にないだろ。それを聞いた時嬉しすぎて泣くかと思ったわ。つーか実際泣いたわ。……毎回弁当を私の為に作ってさ、他にも私が帰るのを見計らって最適温度で風呂を入れたり……私の好みに合わせて夕飯作ってくれてよ。それがまた美味しいのなんのって。勿論それだけじゃないんだ。疲れているだろうからって風呂上りに毎日マッサージしてくれたり、私に喜んで貰えるようにって勉強も運動も一生懸命頑張ってくれたりよぉ……あっ!そうそう!この前の期末試験なんかさ、うちのヒメは何と学年二位で―――」
「課長。その
まだまだ序盤だってのに、すぐさま部下に話を遮られる。おのれ……相談に乗るって自分から言ってきたくせに随分我が儘な奴だな……
「ま、まあ良い。とにかく良い子なんだよ。……良い子なんだけどよ……だからこそ不安なことがあってだな……」
「?良い子だからこそ不安……ですか?それって一体……」
「…………それがさ……うちの娘、未だに反抗期が来てなくてね……」
溜息と一緒にその不安を吐き出してみる。……そう、うちの娘のヒメには……反抗期というものが未だに来ていないのである。
お陰でヒメを育てるのに苦労はしないし……傍から聞けば贅沢な悩みなのかもしれないが、その事が最近少しばかり不安な私。
「反抗期が来てない……ですか?えっと……失礼ですが、課長の娘さんっておいくつでしたっけ?」
「14だな。今中学二年生だ」
「なるほど……じゃあ第二反抗期の話ですね。…………うーん。別に問題ないのでは?」
少し考える素振りを見せた部下だったけれど、あっけらかんとそう答える。そ、そうかぁ……?子育て関連の本を読んだけど……『反抗期が来ない子は自己主張出来ない・自分の気持ちを押さえている可能性がある』って書いてあったし私としてはめっちゃ不安なんだよなぁ……
「反抗期っていっても遅い早いは個人差あると思いますし……別に悪い事をしているわけじゃないのでしょう?今課長が慌てる必要など無いんじゃ……」
「いや……でもよぉ……」
「心配せずとも反抗期なんてそのうち来ますって。それに来ないなら来ないで……しっかり愛情持って育てたら問題も無いと思いますよ。……それこそ課長ほど娘さんを大事にしていれば何一つ問題ないかと。というか、課長は具体的に何が不満なんですか?」
「…………あの子さ、今も昔も私に我がまま一つ言わないんだよ……」
昨日も期末試験を頑張ったご褒美に『ヒメの言う事何でも聞くぞ』と言ってみたんだけれど……うちのヒメは私に遠慮してか『母さんとお風呂に入りたい』とだけ慎ましく頼んだのである。
そんなんヒメに頼まれたらかーちゃんいつでも入ってやるっていうのに……何て欲が無いんだうちの娘は……
「私としては遠慮せずにもっと我がまま言って欲しいんだよなぁ……」
……母子家庭になった原因は昔の未熟だった私にもある。だからこそ……ヒメにはもっと私に対して不平不満をぶつけて欲しい。嫌という程私を困らせて欲しい。子どもらしく思いっきり甘えて欲しい。
……それが無いって事は……やっぱ私に遠慮してるんだろうか?母と娘の間で遠慮なんて必要ないのになぁ……どうにかして遠慮深いあの子の本音というか……欲しい物とかがわかれば良いんだけど……
「娘さんが現状に満足しているならそれで良いのでは?……それでも課長的に不満なら……休みの日に二人でお出かけやショッピングに連れて行って、好きなものを買ってあげたりとかすれば良いじゃないですか。私の子も外に出かける度に『あれが欲しい、これが欲しい』とすぐおねだりしますよ」
「…………ほほぅ。お出かけ、ねぇ……」
……悪くないかも。今あの子もちょうど夏休みに入ったし、どこかに連れて行ってやれば……やりたい事とか欲しいものとかあの子の口から出てくるかもしれない。
「……サンキューな。少しすっきりしたわ」
「それは良かった。……ならすっきりしたところでそろそろご飯食べませんか?流石にちょっとお腹がすきましたし、お昼休みも有限ですからね」
「ん、それもそうだな」
弁当箱を掲げて部下がそう提案する。私も鞄からヒメが用意してくれた弁当を取り出して机の上に広げる。折角私のヒメが夏休みだってのに早起きして私の為に作ってくれた弁当なんだ。話はこのくらいにして時間をかけて良く味わって食べるとするかね。
「あ、それ娘さんの作ったお弁当ですか?」
「ああ、そうだよ。……どーよ、上手いもんだろ」
パカッと蓋を開けてみると、最初に目に付くのは真っ白なご飯の上に鮭のフレークで描かれた赤いハートマーク。玉子や人参などもハートマークに加工していて、おかずはどれも私の好物ばかり。
見た目も鮮やかでかわいらしく、見ているだけでほっこりしてしまう。
「へぇー……何といいますか、愛妻弁当みたいですね」
「おぉ、言い得て妙だな。私もそう思ったよ」
部下の言う通り、全体的にハートマークがふんだんに散りばめられているせいか、何だかまるで好意を持った相手の為に愛情いっぱい込めて一生懸命作りました!風に見えてしまう。
とりあえず記念にスマホで写真を撮ってから、まずは一口頂きますっと。
「……うん、美味いっ!」
昨日の夜からヒメが手間暇かけて下ごしらえをしてくれただけあって本当に美味しい。自然と箸が進む進む。
これだけ気合入れて作ってくれたんだし、ちゃんと感想も帰ったら言ってあげなきゃな。
「……ヒメの未来の旦那さんは絶対幸せ者だよなぁ……」
幸せを噛みしめながらゆっくりじっくり愛娘の弁当を味わう私。こんなに美味くて可愛らしい愛情たっぷりの弁当が食えるんだ。母親としてヒメが将来好きになるであろう奴が羨ましくてしょうがない。
そんな幸せ者の顔、是非とも拝ませて貰いたいもんだわ。
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