番外編 私の親愛なるダメな双子姉妹
「……コマ、ありがとう。コマのお陰で私、母さんと一緒にお風呂に入れた。いくら感謝してもし足りないくらい。本当にありがとう」
「…………すみませんヒメさま。一体全体何の話でしょうか……?」
母さんと一緒のお風呂を堪能した次の日。そのお風呂を後押しする原因になったとも言える友人の一人に感謝の言葉を贈る私。贈られた本人は身に覚えが無い様で、意味が分からず微妙な表情で私に問いかけてくる。
「……ほら。この前コマ言ってたじゃない。試験で条件達成出来たらご褒美貰えるって。その話を母さんにしたら……私もご褒美貰えたの」
「は、はぁ……そうでしたか。何故ご褒美がお風呂になったのかは私にはよくわかりませんが……お役に立てて何よりです。良かったですねヒメさま」
頭の上に疑問符を浮かべながらも話を聞いてくれるのは、私の親友の―――立花コマ。彼女は私のクラスメイトであり、私の理解者であり、私の一番の友であり、他の人にはとても言えない私の同好の士でもある。
この子との出会いは……一年前に遡る。
◇ ◇ ◇
この学校に入学して数日経ったある日のことだ。その頃の私は芽生えた母さんへの恋心に胸が躍り、周りの事が全然見えなくなって少々暴走していた。
携帯の待ち受けに、定期入れの中に、ペンケースの中に……あらゆる自分の持ち物の中に母さんの写真を忍ばせては、休み時間やつまらない授業中にこっそり眺めてはうっとりしてたのである。
…………今思うと、相当危険な橋を渡っていたなと自分でも思う。他の誰かにその様子を見られたら……からかわれたり、いじめられていた可能性だってあるわけだし。
まあ、そういう危なげな事を毎日のように続けていた私。その日も定期入れに入れた母さんの盗撮写真を眺めながら、廊下を歩いていたんだけれど……
「……わ、わわわ……?」
「えっ……きゃっ……!?」
手元の写真に目が行き過ぎて注意力散漫となっていたみたいで、廊下の角を曲がった瞬間に誰かにぶつかりその場で尻餅をついてしまった私。
これが少女漫画なら、王道な恋でも始まっていたところかもしれない。……ぶつかったのは女の子同士だったし、何よりぶつかった二人にはすでにお互いに想い人がいたからそんな事にはならなかったけれど。
「も、申し訳ありません……私ったら前を見ていなくて……」
「……いや、ごめん。私の方こそちょっと手元に集中し過ぎてて……」
幸いどちらも怪我らしい怪我もなく謝りながらあっさりと立ち上がる。そこまでは何も問題は無かった。けれど……
「「…………あれ?」」
立ち上がってふと気づく。ついさっきまで手に持っていた母さんの写真が入った定期入れが無いではないか。……まさかさっきぶつかった時に落としてしまったのか……?慌てて周囲を見回すと足元に定期入れが落ちていることに気付く。
……危ない危ない。目の前の子にこの中身を見られたら大変な事になってたね。中身を彼女に見られる前に急いで回収する私。
幸い彼女も私同様定期入れを自分の足元に落としてしまっていたようで、私の方に落ちている定期入れには目もくれずに飛びつくようにそちらの定期入れを回収していた。
「ぶつかってしまい、申し訳ありませんでした……で、では失礼しますね……」
「……こっちこそゴメン。それじゃあ……」
お互い隠すように定期入れを手に取って、その場から離れようとする。……ふぅ。セーフ。これからはちゃんと前を見て歩かなきゃね……
そんな事を考えながら、念のため写真が折れたり破れたりしていないか確認する為に定期入れを開いてみる。すると……
「…………母さんの写真じゃ……ない……?」
私が手に取った定期入れには、今ぶつかった女の子に瓜二つな……だけど一部は似ていない女の子の写真が入っていた。
「…………姉さまの写真じゃ……ない……?」
そしてさっきの女の子が取った定期入れには……私の愛する母さんの写真が入っていた模様。
…………つまりは、その。ぶつかった拍子にお互いの写真を取り違えてしまったという事で……
「「……」」
バッと振り返り、お互い顔を見合わせる。二人の間に流れる、気まずい空気と沈黙。
「……中身、見た?」
「……そちらも、見ましたか?」
「「…………」」
……これが、私とコマの出会いであった。
◇ ◇ ◇
そんなハプニングがきっかけで、私とコマは秘密を共有し合う親友となった。私は実の母さんの事が好きで、コマは実のお姉さんの事が好きという……他の誰にも言えない秘密。
「ホント、コマが居てくれて助かってるよ。ありがと」
「……?は、はぁ……それはどうも」
コマに私の母さんへの想いがバレた時は流石にヒヤリとしたけれど……結果的に得難い友人が出来て良かったと思う。勉強も運動もできる気遣い上手な優しい子で友人としても素晴らしい子だし。
何よりさっきみたいにお互いの近況を気軽に報告し合ったり、人には言えないちょっと(?)特殊な恋の相談が出来るわけだし。
「……そういえば聞きそびれてたけど。コマはテスト頑張ったご褒美をマコから貰えたの?」
「えっ!?……あ、はい……♪その、ナデナデまでしてもらえましたし……抱っこされたり、添い寝させて貰ったり…………他にも胸(に浮かんだ汗)を舐めさせて貰ったり……」
「(ガシッ)詳しく、教えて」
……思わずコマの肩を掴んでそのように懇願する私。やはりコマと友人になれて本当に良かった。コマは何てレベルが高いんだろう……今度からコマ師匠と呼んだ方が良いかもしれない。
ナデナデしてもらえて、抱っこされて、添い寝もして貰えて……その上胸を舐めさせて貰っただと?それは是非ともご教授願いたい。一体コマはどんな手を使ってそんな素晴らしい事を成し遂げたというのだろうか……
「え、えっと……ヒメさま?ちなみにそれを聞いて……どうなさるおつもりで?」
「私も、昔のようにもう一度だけ母さんの胸を吸いたい……母乳飲みたい……」
「…………私が言えた事では無いのは重々承知していますが、ヒメさまも相当の変態さんですよね……そもそも赤ちゃん居ないのに、出るわけないじゃないですか母乳……」
……わからないよ?もしかしたら溢れんばかりの母さんの母性が、甘える私に反応してサービスで母乳出してくれるかもしれない。
『―――終わったぁああああああああああ!よっしゃ、コマ!お姉ちゃん、今行くよぉおおおおおおおお!!!』
「「あ……」」
そんな他愛のない会話を二人でしていると、突然どこからともなくそんな絶叫に近い大声が私たちの耳に届く。
同時にドドドドド、と地を鳴らすような音が学校中に響き渡り、段々と私とコマのいる教室に近づいてきた。……この声は。
バンッ!
教室の扉が壊される勢いで開けられて、一つの影が飛び込んできた。中に入ると他の一切に目もくれず、その者は私の目の前にいるコマの方へと向かい……
「お待たせコマ!お姉ちゃん、再試験一発合格できたよ!」
「マコ姉さま……♪」
そう言って私の目の前で、力いっぱいコマを抱きしめた。
現れたその人は、コマと瓜二つの顔をしたコマよりも少し小柄な少女。コマが『姉さま』と言っていたことからわかると思うけど……この子がコマの双子の姉でコマの想い人の―――立花マコである。
「まさかこの私が再試験を一発クリア出来るなんてね!先生もビックリしてたよ。いやぁ、それもこれも全部コマが私の家庭教師をしてくれたお陰っ!コマ、ホントにありがとー♪」
「あ、あの……姉さま……だ、抱きしめてくださるのは天にも昇る喜びですが……こ、こういうのは他の人が居ないところでしましょう……ひ、ヒメさまや他の方々も見ておられますので……」
歓喜相まって嬉しそうにコマに報告しているマコ。そして恥ずかしがりながらも、マコにハグされて蕩けるような表情で喜んでいるコマ。…………ホントこの姉妹仲良しだね。
「ん?ヒメっち?…………おー!ヒメっちじゃん!お久しぶり!おっすおっす!」
「……おっすおっすマコ。待ってたよ」
コマに言われてようやく私の存在に気付いたマコは私に挨拶してくれる。
「んん……?待ってたって……私を?何故に?…………ハッ!?ま、まさか……あ、愛の告白とかじゃあるまいね!?……ご、ごめんよヒメっち。私にはコマという心に決めた人がいてだね」
「……そんな理由じゃないから安心してほしい」
マコにコマがいるように、私には母さんという心に決めた人がいるわけだし。
「そんな理由じゃない?…………ハッ!?じゃ、じゃあまさか……ヒメっち、コマに愛の告白するつもりかッ!?『お義姉さん、コマさんを私の嫁にください』……的な!?お、お姉ちゃん許さないからっ!こ、コマをお嫁に行かせるなんて……神が許してもこの私が絶対に許さんからねっ!!?」
「……悪いね。私はマコともコマとも親友以上の関係は望んでない」
「…………(ボソッ)ふふふ♪大丈夫ですよ姉さま。私はお嫁なんか行きませんし……最終的には姉さまを娶るつもりですから」
「へ?コマ、今なんか言った?」
「いーえ、何も♡」
マコが出現したお陰で話が大きく脱線し始める。……こういうのも楽しいけど、話が一向に進まないからそろそろ戻ってきて欲しいところ。
「まあ、それは冗談として。それで?どうしてヒメっちが私を待ってたのさ?何か約束してたっけ?」
「……レシピ帳、返そうと思って。ありがとう。助かったよマコ」
ようやく脱線していた話が戻って来たので、借りていたマコお手製のレシピ帳を鞄から取り出してマコに手渡す私。
…………このように。常時テンション高くて色んな意味で面白い、傍から見たら少しだけバカっぽいマコだけど……このマコこそ私のもう一人の親友で、且つ私の師匠的な存在である。
妹のコマと違って勉強・運動・素行はまるでダメなのに、何故か家事に関しては学園一の腕前を持つ彼女。……働いている母さんの負担を減らしたいと決意し家事を覚えようとしていた私に、コマを通して紹介されて以降……私に料理を中心に家事のイロハを叩きこんでくれたのがマコだ。
今でもこんな風にレシピ帳を貸してくれたり、時には実践形式で師事してくれるとてもありがたい存在である。…………時々、過激な妹自慢が鬱陶しいケド。
「レシピ帳……?あー、そういや貸してたっけ?もー、ヒメっちは律儀だね!こんなのいつでも良かったのに」
「……夏休みに入ったし、これから中々会えなくなるだろうからなるべく会える時に早めに返しておきたくて。……とにかくありがとう。作った料理、母さんも美味しいって言って食べてくれたよ」
「へー!良かったじゃない!あ、じゃあさじゃあさ!今度また違うレシピ帳貸してあげよっか?」
「……是非ともお願い。助かるよ」
6年以上も料理を作り続け、栄養学を独自に学び日々料理研究に励んでいるだけあって、マコの料理は本当に美味しい。
私もマコを見習って、レパートリー増やしてちょっとでも母さんが喜んでくれるように精進しないとね。
「……ところでコマ、それにヒメっち?何か二人とも楽しそうに話をしてたみたいだけど、何の話をしてたの?」
と、レシピ帳を受け取りつつ首を傾げてマコが私たちにそのように尋ねてくる。私たちが何の話をしてたかって……?えーっと、それは―――
「簡潔に言うと……コマと母乳の話をしてた」
「…………ヒメさま、それはいくら何でも簡潔に言いすぎでしょう……」
具体的に話をすると長くなりそうだったから、一番印象に残ったキーワードを簡潔に言ってみる私。
その私の説明にコマは呆れたように頭を抱えて、
「(ドクドクドク)コマ
「って、ね……姉さま!?どうなさいましたか姉さま!?」
そしてそれを聞いたマコは、一体何を聞き間違えたのやら、何を妄想をしたのやら。途端に鼻から大量に血を垂れ流す。……しまった。この話題はマコにはちょっと刺激が強すぎたらしい。
……この出血量……もう助かりそうにないか……残念だ、おかしい友人―――じゃなかった。惜しい友人を亡くした……
「……マコ。ごめんね。興奮させるようなこと言っちゃって」
「ひ、ひめ……っち……」
「……最期に何か言い残した事があれば言ってみて。その言葉はこの私が責任もってちゃんとお墓に刻んであげるから」
「最期!?え、縁起でもない!?何を仰るんですかヒメさま!?」
「……わ、わたしも……のみ、たかった……こまのぼにゅう……」
「ね、姉さまも何を言ってるんですか!?し、しっかり!しっかりなさって姉さま―――ねえさまぁああああああああああ!!?」
「さらば……安らかに眠るんだよ、マコ」
そんな魂の一言を告げつつ、マコは静かに天に召されていった。南無。……まあ、コマによる必死の止血で何とか無事に現世に戻って来たけどね。
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