第3話 欲深くも罪深い私のおねだり

 例えどれだけ母さんの帰りが遅かろうと、例えその日のうちに帰って来れなかろうと。母さんが仕事を終えて帰ってきてから一緒に夕食にする。これが我が家の……というか、私のルール。


 てなわけで。母さんも無事に帰って来た事だし、今日も楽しく夕食タイムの開始となる。


「―――うん、美味いっ!」

「……本当?ちゃんと美味しいかな?」

「おうとも、ホントに美味しいぞ!これならどんだけ食べても飽きないよ」


 私の作ったご飯を豪快に食べながら、母さんは私にそう言ってくれる。母さんがべた褒めしてくれる度に、自分の頬が……胸が……身体中がどんどん熱くなっていくのがわかる。

 私、多分母さんに褒められるだけで。おかずも無しにご飯三杯はイケル気がする。母さんの顔を見ながらご飯食べるの最高すぎる……!


「また一段と料理上手になったなぁヒメ。料理始めた頃はまさかここまで上達するなんて思いもしなかったよ。特にこの南蛮漬けとか素晴らしい。かーちゃんの好物な上に私好みの味付けでめっちゃ美味いっ!」

「……良かった。それね、料理上手な友達から教えて貰ったレシピを参考に作ってみたんだ」


 こんなにも母さんが喜んでくれるなんて……嬉しい。私に料理教えてくれた友人には、いくら感謝してもしたりないや。

 お礼に今度、あの子の最愛の妹が授業受けてる時の写真……プレゼントしてあげようかな。


「へー?その友達って、確か仲良くしてる双子の……例の面白いねーちゃんの方だっけか?」

「……そう。本当に面白い子だよ。今回の期末試験でもね、色々面白い事やらかしてた」

「へぇ?その子、どんな事をしたんだい?」

「……赤点を取らないように頑張って勉強してたのにね。肝心なところで試験中に居眠りして―――」


 そんな感じで学校であった出来事を肴にして母さんと話を弾ませる。……自分の作った料理を美味しそうに食べて貰って褒めて貰って、その上楽しく母さんと会話が出来るこの夕食の時間……

 参った……幸せすぎる……あまりにも幸せすぎて怖いくらい。


「ハハッ!そりゃ傑作だね!なあヒメ、その子ももう一人の友達もいつか家に呼びなよ。どんな子か見てみたくなったよ」

「……うん。二人とも良い子だよ。近いうちに遊びに来てもらうかも。母さんの事も紹介(じまん)したいし」

「それが良いよ。そん時は歓迎するからね。……それはそうとヒメ。今の話で思い出したけどさ……期末試験、終わったんだよな?どうだった?成績表、もう配られた?」

「…………あ。あー……うん。ちょっと、待っててね……」


 ……幸せすぎるって、ホント怖い。母さんとの会話があまりにも楽しすぎて、夢中になってついつい余計な事まで話してしまった私。……しまった、調子に乗り過ぎた……

 成績の事は母さんに聞かれるまでは出来るだけ伏せておきたかったのに……


「えっと……これ、なんだけど……」

「んー?どれどれー?」


 鞄の中から成績表を取り出して、恐る恐る母さんに見せてみる私。緊張する私の横で、母さんはその成績表をじっくりと眺めてから一言。


「おぉ…!またもや学年二位!凄いじゃんか!さっすがかーちゃん自慢の愛娘ッ!」

「そ、そう……かな……?」

「何だよぉ、自信なさそうだったから成績落ちたのかと思ったじゃんかー。もっと堂々と自慢気に見せてくれたって良いのに、ヒメは奥ゆかしい子だねぇ!」


 そう歓声を上げて私を褒めてくれる母さん。うぅん……まあ、成績的には悪くはないのはわかっているけれど……私としてはちょっぴり不満。


「……だって。万年一位の子にまた負けたし。よく見て母さん。あの子、今回はオール100点だったよ。一応私も頑張ったつもりだけど……全然勝てる気がしない」


 どれだけ気合を入れたのか。私の親友は今回の期末試験で何と9科目全て100点の偉業を果たした。

 ……正直あのシスコン娘には勉強と運動では一生叶う気がしない。私だって母さんに喜んでもらえるように頑張って勉強してみたのに……今回こそ一位になって母さんに褒めてもらいたかったのに……残念。


「なーに言ってんだ。こういうのは他人がどうのこうのじゃ無いだろ。自分がどんだけ頑張ったかが一番大事なんだよ。そういう意味じゃヒメだって負けてないさ。……よく頑張ったな、偉いぞーヒメ」

「あ……」


 そう言って、母さんは慈しむように私の頭をポンポンと撫でてくれる。……途端に、じんわりと温かいものが私の中を満たしてゆく。

 一位じゃなくても母さんにいっぱい褒めて貰えたし……それでもいっか。次はあの子にも勝てるように頑張ろう。


「しっかしオール百点ねぇ……その一位の子とんでもないな。平均点とか見りゃわかるけど、別に易しい問題だったってわけでも無いっぽいのになー」

「……うん。なんかね『全教科で一位取ったら姉さまからご褒美貰えるんです!』って言ってすっごく張り切ってた」


 不動の学年成績一位の彼女は、私の唯一無二の親友。あの子ったら期末試験直前に……


『実はですねヒメさま。今回全科目で私が一位になったら……なんと!なんとですね!姉さまからご褒美を頂けると約束してもらったのですよ♪それもご褒美の内容は……『全科目一位を取ったら、一つだけ何でも言う事を聞いてあげる権利』なんです!これはもう、全力を出すしかないですよね!』


 とかなんとか、聞いてもないのに興奮しながら私に話してくれた。そんなわけで何が何でも大好きな姉からご褒美を貰えるようにと、確実に一位を取るべく全科目100点を取り、誰にも文句を言わせない形で全科目一位を捥ぎ取った私の親友。……なんて恐るべき執念シスコンなんだろうか……

 今回の試験、総合成績2位の私が言うのもなんだけど……正直かなり難易度高かったハズなのに……


「ほほう……ご褒美か。そりゃ面白い」

「……ご褒美がどうかしたの?」


 そんな話をしていると、母さんが何やら面白そうな事を思いついた表情をしている。……?何だろう?


「なぁヒメ。お前さんも今回の期末試験頑張ったわけだよな」

「……?うん。私なりに、頑張った。それが?」

「うんうん。頑張ったよなーヒメ。だったらさ……」


 そう言って母さんは、惚れ惚れしちゃいそうになる素敵な笑顔を私に向けながらこう続ける。


「サプライズご褒美だ。かーちゃんもヒメの言う事を一つだけ、何でも聞いてやろうじゃないかい」

「…………え?」


 予想外の一言に、思考がフリーズ。……今、母さんなんて……?ご褒美……?言う事、聞く?何でも……?何でも……!?


「あ、の……ご褒美……?なんでも……?」

「おうよ!何でもいいぞ!……ま、まあ勿論かーちゃんに叶えられるものに限るけど……でも、多少高いものでもおねだりして大丈夫だヒメ!丁度今日給料日だったしな!」


 胸を張って母さんがそう私に言ってくれる。……けどごめん母さん。私が欲しいもの、お金じゃ買えないと思う……


「で、でも私……二位だったし……」

「だーかーらー!そんなの関係ないって!ヒメが頑張ったからご褒美あげるって言ってんだよ。だから何でも良いから言ってみな!ホレホレ!」

「……な、なんでも……本当になんでもいいの?」


 もう一度念を押すように問いかける私。出来れば母さんにはよく考えてから答えて貰いたい……マザコンの前で下手に『何でも良いから』とか言っちゃうと、取り返しのつかない事になり兼ねないのだから。


「おうさ!なあヒメ?私がヒメのおねだりを無下にするような器の小さな女に見えるかい?かーちゃんの懐の深さ舐めてもらっちゃぁ困るねぇ。さあ、遠慮せずドーンとおねだりでも我儘でも言ってみなさいっての!」

「…………わかった」


 ……これはもう、最終確認完了と見なす。ここまで言われたら引き返せない。高鳴る胸を押さえながら、親友とご褒美の話をしていた際『私だったら母さんにこんな事をおねだりしたいな』と、密かに企んでいたとある事を実行に移すことに。

 一度深呼吸をしてから逸る気持ちを静めて、意を決して母さんに一言。


「ご、ごひょうびはッ!」


 …………いきなり噛んだ。再度深呼吸してやり直し。


「……コホン。ご褒美は……」

「おう!」

「…………母さんと一緒に、お風呂……入りたいん……だけ……ど…………ダメ……かな……?」

「……おう?」


 中学生にもなってこんな事を頼む気恥しさと、断られたりドン引きされた場合なんて言い訳すればいいのだろうという不安に思う気持ちで。最後の方は声がどんどんか細くなりながらも……震える声でおねだりをする私。


 そんな私のおねだりに母さんは首を傾げて、


「……風呂?……私と一緒に?……んーと……何故に風呂?」


 ごもっともな疑問を口に出す。う、うん。やっぱりそうだよね……ご褒美に一緒にお風呂に入りたいとか……わけわかんないよね……

 ごめんなさい母さん……変な娘で……でも中学生になってからは一度も一緒に入ってないから……母さんとのお風呂が恋しくて……つい……


「んー……ヒメも今時の子どもだし……てっきり小遣いアップとか、欲しいバックとかアクセサリーを要求されると思ってたんだけどなぁ」

「……あ、あの……母さん……?」

「そっか風呂かぁ……風呂に一緒に入るのがおねだりかぁ。何というか……ヒメは欲が無いねぇ」


 ……ううん。母さんが気づいていないだけで、私めちゃくちゃ欲深いよ……真正マザコンにとっては、いくつになっても母とのお風呂は何物にも代えがたいものだから。


「……ごめん。今のやっぱり無し。忘れて欲しい。……冗談、だから。……場を和ませようとした、小粋な軽い冗談だから…………二人で入れば……そう、お湯も冷めずに済んで節約になると思っただけだから……」


 慌てて取り繕うように言い訳をする私。そんな私を前にして「ま、いっか」と母さんは呟いて。


「いいぞーヒメ。入ろっか」

「う、うんわかってるよ母さん……お風呂くらい、自分一人で入る―――え?」


 ……ちょっと動揺し過ぎてて、よく聞き取れなかった。わんもあぷりーず母さん。


「何であれヒメの精一杯のおねだりだしな。メシ食い終わったら、風呂一緒に入ろうなーヒメ」

「…………」


 …………何ですと?

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