ITAN〜造られた少女は自由を欲す〜

鳥柄ささみ

ITAN〜造られた少女は自由を欲す〜

「うぇぇぇ、マジかよ……」


 空高くそびえ立つタワーを見上げて思わず声が漏れる。

 見えなかったはずのタワーはセキュリティを攻略するとあっという間に眼前に現れた。

 見えなかったものが見える、という衝撃も大きいが、それ以上に見上げてもてっぺんが見えないほどの高さに度肝を抜かれた。


(よくこんなもん隠せたな)


 セキュリティを解除したはいいものの、かなり厳重にロックされていて、一つ間違えれば新たに幾重にもロックがかかる仕組みになっているのは正直骨が折れた。

 そして、それだけ隠したい重要な物があるのだと思うとヤバい匂いしかしなくて身震いしてくる。

 できれば今すぐ逃げたいが、今ここで逃げたらきっと蜂の巣になって死ぬだけだろう。


「おい、藤堂。さっさと来い」


 武装した黒ずくめの男が俺を呼ぶ。

 人数はこいつと俺を合わせて十人。

 一人女が混じっているが、それ以外はガタイのいい屈強そうな男達ばかりでむさ苦しいことこの上なかった。


「へいへい〜」

「おい、ちゃんと返事しろ! ……本当にこんなやつで大丈夫なんすか?」

「あぁ、これでも一流のハッカーだ。今のセキュリティ解除も見ただろ?」

「見ましたけど。……速攻で死ぬんじゃないっすか? こいつ」


 速攻で死ぬやつ認定されているが、俺が一番にそう思っていると主張したい。

 そもそも俺はたまたま難攻不落と話題になっていた某サイトを興味本位でハッキングしたのが見つかり、豚箱行きになりたくなければ言うことを聞けと脅されてここにいるのだ。

 別に来たくてここに来たわけじゃない。

 しかも実際、何目的でここに来てるのかも知らされてないし、こうして武装した集団に囲まれていては身動きが取れない。


(あれ、サブマシンガンとかアサルトライフルとかいうやつだよな。FPSとかで見たことあるけど、まさか現物を目にするだなんて)


 ちょっと後ろめたいことをしていたのは事実だが、まさかこんな反社会的なヤツらの世界に足を踏み込むとは思わなかった。

 もし奇跡的に生還できたら、ぜひとも今後は後ろ暗いことは避けて真っ当なことをして生きようと思うくらいには俺はビビっている。


「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ。こいつを任務遂行まで死なないようにするのがお前達の役目だ」

「はい」


 隊長と呼ばれ、指揮するのは中年の男だった。

 一番がたいがよく、貫禄もあり、一言一言が重い。

 先程まで私語をしていたメンバーも一気に空気がピリついた。


(はぁ、これ終わったら帰らせてくれるのだろうか。いや、無理だろうな。やることやったら殺されそう)


 嫌な予感をヒシヒシと感じるが、今はどうやってもこの状況を抜け出す方法が思い浮かばない。

 というか、あのサイトのハッキングをした時点で俺の運命は決まっていたと言える。


(時間が戻せるなら戻したい! そしたらアホな興味本位でハッキングしようとする自分を殴ってでも止めてやる!)


「注意しろよ。ある程度は内部リサーチ済みだが、正直ブラックボックスだ。死地に行くようなもんだろう。だが、だからこそおれたちが雇われているんだ。その辺よく考えろよ」

「はい」

「とりあえず分散させずに、小隊まるごとで動くぞ」

「はい」


 会話内容についていけてないが、どうやら話ぶり的にこいつらはどこかから雇われた傭兵達のようだ。

 そもそも何しにここに来たのかも理解できてないのに死地に行くとか、本当マジでふざけんなというやつだが、ハッキングしか取り柄がない俺にはどうすることもできなかった。


(そもそもハッキングするために呼ばれたんだろうけど、ハードル高すぎね?)


 もし万が一ハッキング失敗した場合どうするんだろうか、その場で射殺されるのだろうか。

 というかセキュリティの難易度によって俺の手におえるのかすらわからんものをやれと言われてやれるのか。

 ……やるしかないのだろうが。


(はぁ、マジで帰りてー! マジで帰らせてお願い!!)


 そんな内心での悲痛の叫び虚しく、「行くぞ」と隊長の男の声を皮切りに動き出す。

 俺も「藤堂、さっさと来い!」と呼ばれて渋々ながらついていくのだった。



 ◇



「やけに静かだな」

「嵐の前の静けさってやつか?」

「お前物知りだな」

「黙れ」


 中に侵入したはいいが、マジで静かすぎて余計に精神にクる。

 内装は映画とかゲームとかに出てくる会社のエントランスそのもので、入館システムがあったり観葉植物があったり、受付やエスカレーターなどもあって、ザ・大手企業のエントランスといった雰囲気なのだが、いかんせん静か過ぎた。

 緊張しているのもあるだろうが、そもそも警備員が全くいないのも不可解だし、ゾンビ映画みたいに入ってからがヤバいやつじゃねぇの、これ、とだんだん心臓が変な意味でバクバクと痛いくらいに激しく動いている。

 てか、こんな正面から堂々と入るのすげぇな、と思っていたらどうもヤツらの会話を聞く限りここ以外に出入り口らしきものはないらしい。

 まさかダクトすらないのか、とも思ったが、考えてみたら目視できないほど高いビルの屋上から乗り込んだらそれはそれでバレるか、と俺なりに推測する。


「藤堂、来い」

「へーい」


 お呼びがかかって渋々行けば、そこにはドア。

 複数のロックがかかっているらしくて、まずはここを突破しないことには先に進めないらしい。


「手短にな」


(手短にって、こちとら時間かけたくてかけてんじゃねーよ!)


 ハッキングというものがわかってない奴らは簡単に言うが、こちとら脳内計算しつつエラー排除しながらハックしてるんじゃい! と言いたくなる。

 もちろん絶対勝てない相手だから悪態をつくことはないが、そんなぽちっとボタン押すだけで終わるんだったらハッカーなんて世の中にごまんといるわ! と心の中で悪態をつきながら、俺は自前のキーボードを床に広げてひたすらキーを打ち続けた。


「まだか」

「まだですよ。あともうちょっと」


 カタカタカタカタ、と文字の羅列を瞳に映しながら脳内で情報処理しつつキーワードを打ち込んでいく。

 規則性は大体把握してきたが、数多のアルゴリズムで構成されているせいでドア一つ開けるだけだというのにえらく時間がかかっていた。


(入口のドア一つにこのセキュリティとか尋常じゃないだろ)


 このあとはどれほどヤバいものが出てくるのか、まさに伏魔殿のようだと内心キリキリと胃を縮ませながらエンターキーをタップするとやっとドアロックを解除することができた。


「及第点といったとこか」

「そりゃどうも」


(くっそ、お前らはただ待ってただけだろ!!)


 さらに苛立つも言い返せない俺。

 いや、でも相手は武器を持ってるんだから仕方ないよな、と自分で自分に言い訳する。


「お疲れさまです」

「あ、どうも」


 不意に声をかけられ顔を上げると、そこには紅一点である女性……ユンさんが俺の体勢に合わせるように屈みながらこちらを向いていた。

 ユンさんは傭兵にしては美人というか、スラッとしていてスタイルもよく、顔も整っているし、そして何よりおっぱいが大きい。

 こういう仕事をしている人物はキツい顔の女性が多いイメージだったが、彼女はどちらかというと清楚系の大人のお姉さんといった雰囲気を纏っていて、しかも何かと気にかけてくれて俺に優しかった。


「大変だと思いますけど、最上階が今回の目的地ですのでよろしくお願いします」

「あ、はい。わかりました」


 にっこりと微笑むとそのまま彼女は行ってしまう。

 美人に慣れてない俺は「まつ毛長ぇ」「わざわざ情報くれるなんて優しいなぁ」「あー、いい尻」と余計なことを考えながら、広げていたキーボードやらコードやらを回収し、彼らのあとについていくのだった。



 ◇



「やっと来れたか、最上階」

「はぁ、しんどかった」

「まだブツは回収できてない。気を抜くな」


 未だに自分達以外から一切物音がしない不気味なタワー内。

 最上階は思ったよりもシンプルな作りで、ただのホールと言ったほうが適切なくらいがらんどうとしたところだった。


「ブツはどこに?」

「おい、最上階にあるはずだったよな」

「はい、事前調査チームからはそのように報告が」

「どこにも見当たらないぞ」


 やっと最上階に着いたというのにもぬけの殻。

 特に俺は強面の野郎共から口々に急かされながら数々の難問セキュリティを突破してきたというのに、このザマはどういうことなのか。


(何もなかったのなら、俺は帰ってもいいだろうか)


 とりあえず、このフロアの現状に動揺しているヤツらの後ろをのそのそとついていったときだった。


 ウィーーーーーン!


 ウィーーーーーン!


 ウィーーーーーン!


 突然けたたましい音が響き渡る。

 耳をつんざくような大きな音に、先程までの静寂に慣れていたせいか、頭が割れるように痛い。


「くそっ!」

「嵌められたか!」

「落ち着け! いつ何が来てもいいように構えておけ!!」


 動揺するメンバーをすかさず隊長が諌める。

 そしてそれぞれ銃を構えたそのとき、ガチャガチャガチャ……と機械じみた音が聞こえたかと思えば、壁からいくつものマシンガンらしきものが生えてきた。

 起動までに時間がかかっているようだが、恐らく起動するまでそこまで時間は残っていないだろう。


「藤堂! お前も死にたくなかったらさっさと脱出路見つけろ!」

「うぇ!? お、俺が!?」

「いいからさっさとやれ!!」


 言われて先程入ってきたドアまで走って戻る。

 そしてセキュリティにアクセスすると、今までよりも最も高難易度な問題が現れた。


「すぐ解除無理そうなんですけど!」

「ごちゃごちゃ言わんでさっさとやれ! お前のことはできる限り守ってやる!!」

「……マジかよ」


 俺は死にたくない一心でとにかく指を動かす。

 恐怖で身体が硬くなるが、「やれやれやれやれ、やるんだ俺!」と自分を叱咤するように言い聞かせた。


 カチャ、


 明らかにセキュリティ解除の音とは違った軽い音に胸が痛いくらいにドキリと跳ねた。

 そして……


 ドドドドドドドド……っ!


 カランカラカラカラカラカランカランカラン……っ


「うぎゃあああああ」

「うぉおおおおおがぁあああ」


 銃が作動したらしい音ともに、背後から断末魔の叫びが響く。

 先程まで人だったものが俺の周りに肉塊や血飛沫となって飛び散ってくる。


(ヤベェヤベェヤベェヤベェ)


 俺は恐怖で頭がおかしくなりそうになりながら、必死でセキュリティ解除するために頭をフル回転させた。


「あー、くそっ、クソクソクソ」


 何度も弾かれてはアタックしていく。

 いつ自分のところに流れ弾がくるのか、そして背後がどうなっているのか、気になるが気にしている余裕もなく自分の任務を全うするべく文字式を何度も何度も解いては打ち込んでいった。


(こんなとこで死にたくない。ぜってぇ、痛ぇし、こんなただの肉片になるのなんて嫌だ)


 いつ自分が死ぬかもしれない恐怖で震える指先。

 身体全体がガクガクとまるで生まれたての子鹿のように制御できなくなりかけているが、必死に背後を考えないようにしながら理性でキーを押し続ける。

 気を抜いたら失禁してしまいそうなほど、俺の身体は恐怖に支配されていた。


(……よし、これで!)


 最後のロックを解除するべくエンターキーをタップした瞬間だった。

 目の前のドアが開くと共に、ふっと浮遊感を感じれば先程まであったはずの床が消えていた。


「う、ぇあああああああああああ!???」

「藤堂さん!?」

「ユン、開いたドアの中に入れ!!」


 重力に従って真っ逆さまに落ちていく。


(俺、まさか落下死するんじゃね?)


 銃で死なないにしても落下死っていうのはどうなのか、一瞬で死ねるのか、あー、もっと人生満喫してから死にたかった、かーちゃん元気にしてるかなぁ、俺死んだって知ったら悲しんでくれるだろうか、そしてかーちゃんごめん、財布からライブチケット抜いたの親父じゃなくて俺だし、それ転売して小遣いにしてたわ、でも親父も財布から金くすねてたのは事実だし、俺だけのせいじゃないよ! とぐるぐる考えたところで、てかこれって走馬灯ってやつじゃね……っ!? と我に返ったときだった。


「あでっ! って、うわぁああああ」


 尻に衝撃が来て思わず尻が割れたかと思いきや、そのまま滑り台に乗っているかのようにスルスルスルーっと滑っていく。

 結構な時間考えていたつもりだが、どうやら実際に落ちた時間や距離はそこまででもなかったようで衝撃はあったものの死ぬほどではなかった。

 だが、一体どこに行くのか皆目検討もつかず、そのまま俺は滑り続けるしかできない。


(どこまで降りるんだよ〜!)


「って、ぅわぷっ! ってててて……あー、生きてる、俺」


 そうこうしているうちに、いつのまにか出口まで来ていたようで、俺は吐き出されるように弧を描いて着地する。

 さすがインドア万歳なニートこどおじなだけあって俺が受け身など取れるはずもなく、そのまま勢い余って身体から着地したため、めちゃくちゃ痛かったのは言うまでもない。


「てか、ここどこだよ」


 真っ暗な部屋の中に円柱の水槽らしきものが部屋の中央にある。


「なんだこれ、人……?」


 俺は恐る恐る近づくと、その中には目を閉じている全裸の少女がいた。


「人形か? ゲームとかでよく見るやつだよな……」


 これ壊すとモンスターとして出てくるんだよな、と思いつつ水槽近くにある電子機器に触れる。


「ん? NATIナチ……っいや、ITAイタ……N?」


 文字列を見つめながらそう呟いたときだった。


「ナチ、か。うん、その名はアリね」


 どこからともなく声がするのに気づいて、俺はハッと顔を上げる。

 すると、先程まで水槽で眠っていたはずの少女がこちらを見てニヤッと笑うと、突然バーンという音とともに水槽が割れ、中から液体と一緒に少女が流れ出てきた。


「うわぁああああ!!」

「さっきから煩い。ここまでくる根性があるならもう少し落ち着いてくれる?」


 少女はいつのまにか俺の前に立ち、全裸のまま仁王立ちしていた。


「ちょ、ふ、服! 服着ろよ、まずは!」


 俺は慌てながら着ていたパーカーを脱いで投げつける。


(俺が生粋の熟女専だったからいいものの、もしロリ専だったら間違いなく襲われてたぞ、こいつ。てか思いのほか美人というか結構可愛いなぁ、おい! ビビるわ!)


「へぇ? 意外に紳士なのね。貴方を選んで正解だったかも」


 言いながら彼女はパーカーを着る。

 少女は小柄なせいか俺は170cmとそこまで大きくないのだが、彼女が着ると膝下まで来るほどパーカーは大きかった。


「動きにくいけど、まぁ仕方ないわね」


 彼女は自分を見下ろしながらサイズ感を確認しているのか裾を引っ張ったり、腕まくりをしたりしている。

 そしていわゆる彼シャツみたいな状態になっていることに今更ながらに気づいて、俺の情緒がバカになりかけていた。


(おおおおお落ち着け、俺。さっきまで殺されかけて、そのあと突然の可愛い女の子と邂逅かいこうしたからといっていきなり性欲に全振りするのはよくないぞ)


 俺は顔をパンパンと叩いて理性を取り戻す。

 その様子を少女は不思議そうな顔で見ていた。


「自虐癖があるの?」

「違うわ! って、そもそもお前は一体何者なんだ」

「ナチ」

「は?」

「貴方がつけてくれたでしょ?」

「いや、え? あー、じゃああんたはこれからナチってことで……って、いや、そうじゃなくて! 何でさっきの水槽の中に入ってたんだよ!!」

「あら、知らないでここまで来たの?」


 えらくびっくりした様子で俺の顔をまじまじと見てくるナチ。

 そして、「ふぅん、嘘はついてなさそう」と言うと口元を緩めた。


「仕方ないから簡単に説明してあげる。私は最強の兵器。それを貴方達は奪いに来た。私はいい加減ここにいるのも飽き飽きしてたから貴方を見込んで外に出てきた、わかる?」

「わからねーよ!!」


 ナチは日本語を喋っているはずなのに、意味がわからず頭に入ってこない。


(そもそも最強兵器というのはなんだ、こんな小さな少女が? いやいや、マンガやゲームじゃねぇんだからそんなことありえーねーだろ)


 だが、奪いに来た、というところがどうにも引っかかる。

 俺は目的も知らされずただただこのタワーを登ってきたわけだから、ナチの言い分が本当かどうかすら判断できなかった。


「わからない? 簡潔に説明したんだけど」

「端折りすぎだろ! 最強ってどういうことだよ。そもそもその姿で最強とか言われても普通、はいそうですか、とはならんだろ」

「アホそうだと思ったけど、本当にアホなのね。しょうがないからちゃんと説明してあげる」


(何でこいつ、すっげぇ上から目線なんだよ)


 めちゃくちゃ腹立つが、ここで下手打っても仕方ないと大人しくナチの話を聞くことにする。

 ナチはそんな俺の気持ちを知ってか知らずか呆れた表情をしながら口を開いた。


「まず、私は最高傑作の生物兵器。造られたモノ。この見た目なのはアンタみたいに油断するヤツがいるから幼くて可愛らしい女の子の姿にしてるってだけ。特に性別も何もあるわけじゃない」

「はぁ……?」

「次に、私が最強なのは身体能力が人間よりもかなり優れていることはもちろん、人に乗り移れて、死んだら綺麗サッパリなくなること。つまり、証拠が残らない」

「は? は? は?」

「理解できなくてもとにかく聞いて。最後に、ここは私を管理するタワー。今後私を量産して売り出す予定だったのだけど、ライバル企業がそれを察知して私を奪いに来たわけ。そして私もいい加減毎日検査だの実験だのの生活に飽きて、脱出するために貴方を利用したってこと。わかった?」

「あー、なんとなく?」


(ようは生物兵器であるナチの企業間の奪い合い? つまり俺はライバル企業側の人間だったということか)


 全容はわからないが、とにかくそれだけわかっただけでも収穫だ。


 ウィーーーーーーーン


 ウィーーーーーーーン


 ウィーーーーーーーン


 なぜか再び鳴る警報。

 どういうことだ!? とナチを見れば、「あーあ、もうバレちゃった」とつまらなさそうな表情をしている。


「ど、どういうことだよ! この警報は何だ!?」

「私が水槽から出たことがバレたみたい。私が相手企業の手に渡ったことになって、私は敵になったと判断されたんでしょうね」

「はぁ!? つまり……」

「私もろとも廃棄しようとしてるってこと」


 さらっと言ってのけるナチに目眩がする。

 一難去ってまた一難とはまさにこのことだ。


「マジかよ……」

「さて、生きたいなら協力してもらうわよ? えーっと、名前は……」

「藤堂。藤堂将臣とうどうまさおみ

「じゃあマオね。マオ、手を出して」


(普通、そう略すか?)


 マサとかオミとか呼ばれたことはあるけど、マオっての初めてだぞ……、と思いながら手を出す。

 そしてナチが俺に触れるとドロっと溶け、まるでスライムのようになり、俺は「ぎゃあああああ」と叫ぶのだった。


『煩い。黙ってさっさとこのタワー抜け出す』

「は!? ちょ、ナチどこ行った!? てか、どこで喋ってる!」

『何言ってるの、同化したでしょ。私はアンタの中よ。さて、実戦は初めてだから、覚悟しといて』

「な、何だよ、覚悟って!」

『いいから黙って』


 ナチがそう言うと、勝手に身体が動き出した。

 そして部屋から飛び出したかと思えば、廊下に飛び出す。

 すると、待ってましたと言わんばかりにズラっと警備ロボットが周囲を囲んでいた。


「ヤバっ、死ぬ!」

『私を誰だと思ってるの?』


 一斉に銃が撃たれる。

 だが、出てくる弾はなぜかすぐに当たることなく、全てがまるでスローモーションのようにゆっくりと自分に向かってきていた。


「な、何だこれ!?」

『だから私、最強だって言ったでしょ? 全てのモノより速く動けるの、私』


 ナチは言うやいなや、器用に弾を避けてそのまま警備ロボットの隙間を抜けていく。

 そして、エレベーターまで行くと、「よいしょ」とこじ開け、そのまま中へダイブした。


「うわぁああああ!!」

『確か、この辺ね。ほいっと』


 ナチはそのまま落ちる軌道を変えると、どこかのフロアのドアを蹴破り、中に入る。

 そして周囲を見回し、お目当ての品を見つけるとそれが入っていた箱を一瞬でぶっ壊し、ふっと微笑んだ。


「何だよ、その黒い物体」

『いいの。役に立つヤツだから。じゃ、ここから出ましょうか』


 ナチがそう言ってその黒い物体をポケットにしまい踵を返した瞬間、目の前にはユンさんが立っていた。


「え、ユンさん……なぜここに?」

「それはこっちのセリフです。なぜ藤堂さんがここに? それと無事だったんですね」

「あ、はい。どうにか脱出できまして」

「そうでしたか、それはよかったです。心配しましたよ?」


 ユンさんが距離を詰めてくる。

 抱きつくように身体を押しつけられると、彼女の大きな胸が俺の身体に当たる。

 柔らかい感触をもろに感じ、思考がパーンと弾けた。


『バカ、死ぬ』

「え?」


 ナチに操られ、ユンさんから離れるように後ろに大きく下がると、彼女の手には大きなバタフライナイフが握られていた。

 そして、俺を刺し損ねたからか変な位置のままその手は止まっている。


「ヤり損ねたか。……まさか既に異端と同化してるなんて」

「ユン、さん?」


 ユンさんはナイフを構えると、そのままこちらに向かって斬りかかってくる。

 先程との警備ロボット戦とは違ってゆっくりではあるものの、だんだんと視界が鈍くなるのを感じながらも避けていく。


『まずいわね。そろそろ限界の時間っぽい』

「それ、どういうことだよ」

『とにかく早くこのタワーから出ろってことよ』


 一瞬の隙をつき、ユンさんの鳩尾に重い一発を喰らわせると彼女の身体はそのまま吹っ飛び、壁に当たってそのまま落ちた。


「おまっ! 女性になんてことを」

『性別で一々容赦なんてしてられない。そんなことより早く出る。そろそろ身体も持ちそうにないし』


 再び廊下に出ると、誤作動したのかスプリンクラーで水が散布され、辺りは水溜りになっていた。


『ちょうどいいわね』


 ナチはそのままスプリンクラーを浴びるように中に入っていく。


「うぉ、おえぇええぇえええ」


 水を浴びると急に身体が重くなり、俺はそのまま胃の中のものを全て吐き戻す。


(身体が痛い。重い。気持ち悪い)


 全て吐き終わり、意識が朦朧としながら顔を上げるとそこには同化してたはずのナチがいた。


「やっぱり拒否反応が出たわね。ま、死ななくてよかった」

「どう……いう、ことだよ」

「長時間の同化は不可能ってこと。私が潜り込んで一時的に細胞活性化させて動けるようにしてるだけだから、元々の身体は相応の反動がくるのよ」

「なる、ほど……」

「とにかく、へばってないで行くわよ」

「マジかよ……」


 ふらふらになる俺を、ナチは「しょうがないから、貸し一つね」と言いながら俺を担いで歩き始める。


「服着ろ」

「まだ言ってるの? 本当、変なとこ紳士なのね」


 そして今度はナチに俺のTシャツを着せ、また別の部屋に入ると、そこには隊長がナイフを持って待っていた。


「異端、拘束させてもらうぞ」

「できるものならやってみたら?」


 ナチは俺をポーンと窓まで投げ勢いよく投げ、窓にぶつかった俺は痛みでうずくまる。

 その間、隊長とナチは戦っていたが先程俺と同化したせいか動きが鈍く、隊長と互角な戦闘を繰り広げていた。


「藤堂と同化したか。動きが悪いぞ」

「煩い男は嫌われるって知らない?」

「ほう、そんな口が聞けるか。ならば、先にアイツからやるか」


 え、と思った瞬間銃口がこちらに向き、隊長が引き金を引く。


(あ、死ぬ)


 再び走馬灯が見えかけたとき、視界にナチが映った。


「うぅうぐぅううう」

「ほう、藤堂を庇うか」

「っく、マオ、窓から外に出て!」


 銃弾を全身で浴び、血が噴き出すナチ。

 それを意識が飛びそうになりながらぼんやりと見てた俺は、呼ばれて我に返って言われた通りに窓の外に出た。


「って、おおおお落ちるぅうううう!!」


 強風を浴びて、身体が大きく煽られる。

 そして俺の意識はふっとなくなった。


 ドン、ベチャ……っ


「……くそ、落ちて死んだか」



 ◇



「あー、アイスうまっ」

「ナチ、俺にもアイス」

「嫌だ。これは私が買ったものでしょう」


 あれから俺達は奴らから見つからないように田舎に住んでいた。

 あのとき窓から飛び出した俺はナチに拾われ、彼女が空中を飛ぶという荒技をやってのけて、こうして俺達は生きている。

 そして脱出の際に持ち出した黒い物体はナチの替え玉だそうで、彼女は死ぬと証拠隠滅のため水になって消えてなくなるという性質を利用して、同じ構成物質が入っているあの玉で死を偽装したそうだ。

 まぁ、さすがに俺の死の偽装までできてないから既に死んでないことがバレているかもしれないが。

 ちなみに、ナチは例え身体中蜂の巣になっても核さえ守れていたら死なないらしい。

 なんとも便利な身体である。


「マオ、今日は釣りに行きたい」

「はぁ? 釣り?」

「この前テレビで見た。シイラを釣りたい」

「マジかよ、海釣りじゃねぇか。人遣い荒すぎだろ」

「私はマオの命の恩人だからな」

「自分で言うか、それ……」


 ぶつぶつ文句を言いながらも俺は重たい腰を上げると、車のキーを握った。


「ありがと、マオ」





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