【ヴァンパイアに覚醒しました】「は?」〜死にたがり女はとても生きたかったと知る。〜

三月べに

♰01 死にたがり屋女はとても生きたかったと知る。



【ヴァンパイアに覚醒しました】

「は?」


 死ぬかもしれないなぁ、とぼんやり思いながらも、年に一二度あるかないかの強烈な片頭痛に苦しんだ一夜が明けた。

 昨夜の苦しみが嘘のように、すっかり痛みも気持ち悪さも消えたが、目の前にその文字が浮かんでいる。

 なんの幻覚か。

 私は手を振って文字を払おうとしたが、それはすり抜けるだけで、文字は保たれている。


 スカ。


 まるでスクリーンに映し出された文字は、消えない。


 スカ。スカ。


 三回目で諦める。

 片頭痛の後遺症だろうか。

 それにしても、ヴァンパイアに覚醒しました、とは。草。

 そりゃ私はヴァンパイアに恋していた過去を持っている。

 いつかイケメンヴァンパイアが私を見付けて、恋をして愛し合って、同じヴァンパイアにしてくれることを夢に見ていた。

 痛くて恥ずかしい、乙女の夢である。

 流石に三十路になった今もそんな夢を見ているわけがない。

 イケメンヴァンパイアと永遠愛し合う夢は、遥か彼方に消え去った。

 今は、真逆な願望を抱いている。

 永遠に生きるよりも、死んで転生したい。


 そもそも、私の人生は面倒事が多すぎた。

 それ故に現実逃避をしていたのかもしれない。

 現実逃避を仕事にして小説家になったが、それもきつくなってきたものだ。


 折るか。ーー筆も、首も。


 なんて日々思ってしまうほどには、精神状態は鬱。

 両親は日本人ではない。外国人である私は、日本育ち。


 その時点で、勝ち組じゃない?

 そんなわけないだろうが。


 外国人の日本育ちにも悩みがある。

 例え、私みたいな元美少女でもな。

 先ず、馴染まない顔立ちで、軽くいじめられた。子どもは残酷だ。

 そして、日本語の難しさ。漢字、ひらがな、カタカナ。

 日本に来たのは、三歳の頃だ。上手く喋れないことをからかわれた。

 いやだからって英語が簡単に感じるってわけでもなかった。

 正直、小説家になったのは、自分でも驚いている。

 こんな文才のなさでよくもまぁ……ギリギリだと思う。

 日本語が変だと言われたこともあるから、本当にギリギリ。

 言葉遊びの楽しさを教えてくれたラノベの先生方に感謝である。

 それから生き延びたのも、小説あってのことだろう。

 なければ、もっと早くに首を折っていた。

 パスポートは、外国である。いちいち更新するためには大使館に行かなくてはいけない。

 最悪なのは母親がいなければ、言葉が通じなくて、大人になった今でも一人では更新できないこと。

 なんで母国語喋れないんだ、と職員に文句を言われた。母が通訳。


 うるせぇ、その母国語を喋った覚えすらねぇよ。


 ちなみに父親は顔すら知らない。名前を教えてくれた気がするが、忘却した。

 だったら、パスポート。つまりは国籍を日本にしてしまえばいい。

 それなら話が早いではないか。そう喜んだが、それが面倒極まりないものだった。

 様々な書類を用意して、面接もして、その上に短くても半年はかかる。


 やってられっか!!


 面倒事が至極嫌いになっていた私には、もう無理だった。

 死にたい。リセットだ。

 今度は、単純明快な異世界へ転生したい。

 面食いなので、来世も顔立ちはいい方がいいな。


 昨夜の片頭痛は、これでやっと死ねるんじゃないかってくらいの強烈な痛みだった。

 片頭痛には、予兆がある。抗えない眠気だったり、違和感だったり。

 それを見逃して頭痛薬を飲みそびれば、一晩、あるいは一日中、苦しむはめとなる。

 一度、吐くほどの気持ち悪さと、頭痛に襲われたことがある。

 昨夜は吐かなかったが、横になっても起き上がっても、逃げられない頭の痛さだった。

 吐きたいくらい気持ち悪いのに、吐くことも出来ない。ひたすらズキズキする痛みは、まるでカッターでザクザクに脳みそを切り刻まれたみたいだった。うん、我ながらよくわからない表現ではあるが、そう思ったのだ。

 片頭痛で苦しむ度に「ああ、これは死ぬかもな~」なんて思っては、翌朝生きていることに落胆していた。


 転生。お前が来い。


「……」


 そろそろ、目の前の文字について考えようか。

 瞬きをしても、目元をこすっても、消えやしない。


「ヴァンパイアって……ん? つまり、一度死んだってこと?」


 ヴァンパイアは、一度死んでからなるパターンが多い。


 本当は昨夜の頭痛で死んだのでは?


 という可能性が私の中で生まれた。


「なら転生させろよ」


 驚くことなく、私は思ったことを浮かぶ文字にぶつける。

 チョップを落としても、貫通するだけだった。


 ヴァンパイアと言えば、ほぼ不老不死じゃん。

 この面倒極まりない人生を、長く生きろってこと!?

 拷問だ……!! 死にてぇええっ!


「ハッ! 日光浴びれば、死ねる!?」


 私はベッドから降りると、すぐさまカーテンを開いた。


 日光を浴びて転生してやる!!


 遮られた日光が溢れんばかりに注がれた。


 だがしかし、一向に灰にならない。

 痛みすら覚えない。

 なんだ……日光効かないタイプのヴァンパイアか。


 私はベッドに戻り、腰を下ろす。


「なんでヴァンパイアに覚醒したかは置いといて……この文字はなんだ? ゲームみたいだな……」


 ある可能性が、私の中で閃いた。


「地球がゲームのような世界になったパターン!?」


 興奮したまま私は、窓を開いてみる。


 だがしかし、全然変わった様子はない。

 のどかな田舎町の住宅地。

 通勤するであろう人が横切っていく。

 非日常とかなかったわ……。


「そんなわけなかった……」


 私は窓もカーテンも閉めて、再びベッドに戻って、腰を下ろす。


「あれ? 文字が消えた……」


 しつこいくらい浮いていた文字が、やっと消えた。

 視界良好。


「……疑問が解決してないのに消えられても……」


 困るわ。

 まぁ、とりあえず、考えてみよう。

 ゲームのような文字が浮かんだ。

 つまり、ステータスとか見れたりするのではなかろうか。

 よし、物は試しだ。


「ステータス」


 何も出ない。


「ステータス、表示」


 言い方を変えてみた。

 音もなく、文字は浮かんだ。


[【名前】メリザローム


 【種族】ヴァンパイア 【性別】女性


 【体力】999/999


 【強さ】


 攻撃力 600 守備力 133


 力   300 素早さ 500]


 ステータス。出た。

 やはり、ゲームのような世界になってしまったのだろうか。

 いやでも、通行人がいたし……。

 まぁ普通の人は朝起きてから、ステータスなんて確認しないか。

 てか、名前が名前だけね……。

 母親も変な名前をつけたものだ。メリザだけならよしとするが、メリザロームって。

 ロームはローマから取ったもので、なんでもローマの神様にあやかってつけたのだとか。

 そんな本名をほぼ使うことなく、通称名という日本語の名前を使って生活してきたが……。

 本名が載るのか。まぁ、通称名はあまり好きではなかったのでいいけれど。

 体力や強さはヴァンパイアになったからなのだろうか、この数値。

 レベルが表記してないけれど、それはないのかしら。


「えっと……説明とかないのか」


 一応、種族名に触れてみた。

 何故、ヴァンパイアに覚醒したか。

 すると、反応したのか、ステータスの上に何か表示された。


[一度死に、ヴァンパイアへ覚醒して蘇った]

「死んでるじゃないか!!」


 ベッドに叩き付けたかったが、宙を切って表示が消えるだけ。


 やっぱり、死んでヴァンパイアになったパターンだった。

 しかし、ヴァンパイアに噛まれたわけではないし、血を飲んだわけでもない。

 何故、ヴァンパイアになったのだろう。


 その説明はないのかと、押してみたが同じ表記しか出ない。


 覚醒ということは、元々ヴァンパイアの血筋だったとか?

 何それワクワク中二病発想。

 実の父親がいないので、ワンチャン、ヴァンパイアでしたパターンはある。

 その場合、私がその父親を殺してエンディングを迎えるのだな、うむ。

 冗談はさておき。

 母親の方は人間ではあるが、彼女曰く色んな外国の血が入っているとのこと。

 出稼ぎする家系なのだ。先祖返りってパターンもある。


「神様って不親切……説明しろ」


 これから人生が始まるよ! チュートリアル !

 とか、ないんだもんなぁ。

 逆にゲームは親切だ。チュートリアルがあるんだもの。


「いや、待てよ……もしかして、だからこうなった?」


 神様の説明がない代わりに、ゲーム画面のような表記が出るようになった。

 そういう仮説にしておこう。


「……メニュー、表示」

[メインメニュー

【ステータス】

【特技】

【装備】

【図鑑】

【オプション】]

「出るんかーい!」


 ツッコミをしつつも、私は右端に表示されたメニューを凝視する。


「んー……オプション? イージーモードとか?」


 一番気になった【オプション】に触れてみる。


 ゲームだとカメラ設定やゲームの難易度設定とかのやつよね。


[オプション

【異世界】]

「……はっ?」


 思わず、立ち上がった。


 何、異世界って。

 オプションに異世界って。

 え、ちょっと待って。

 落ち着け。

 心臓バクバクしすぎて、頭の中まで響く。


 震える手で触れようとして、私は思い留まる。

 いな、躊躇をしてしまった。


 異世界って。何。

 もっと説明をくれ。

 これ押したら、説明が出るのか?

 落ち着け。本当落ち着け私。

 万が一にもだ。もしも、だ。もしもだよ?

 ーーーー異世界に行ったら、どうする?


「……」


 つん。

 私は無心になって、それに触れた。

 視界が真っ白になったかと思えば、晴れていき、とんでもない景色が現れる。

 私は崖の上に立っている。

 目の前には、どこまでも広がりそうな森があった。風が走る若葉色の森の葉は、黄金色に煌めく。その風が、私にぶつかって過ぎていった。

 そして、何よりも圧巻なのは、浮いている城。古城と呼べるほど古そうな洋式の城が、地面ごと浮いてしまったかのように岩をぶらさげて、生い茂る森の中に浮いていた。

 水彩で塗られたような水色の空の下。誰かが描いたような幻想的なイラストを見ているようだった。

 今度は背中を押すように後ろから風がぶつかってきたが、私はそのまま立ち尽くす。

 肩に届くほどの短い髪が、ふわりと舞う。純白のような髪色に変わっている。

 ぽろっ。

 何か落ちたことに気付いて、ようやく自分が泣いていることを知る。


「ふ、ふぁっ……ああっ!」


 泣いた。

 何がなんだかわからないこの状況で、どこだかわからないここに辿り着いたことで、涙は溢れて零れ落ちる。


 私は……ーーーー死にたくて、死にたくて、とても生きたかったのだ。


 生きにくい世界から逃げ出して、いつかこんな世界に行ってしまいたいと願った。

 見知らぬ素敵な世界で、生きたい。その願いが、叶えられたらしい。

 嬉しくて泣いた。大泣きをした。泣き崩れてしまいそうなほど。


 今だけは泣かせてほしい。

 一生分泣いて、それから一生分の倍は笑って生きていたい。

 だから、泣いた。泣いた。泣いた。


 ヴァンパイアに覚醒したと知らされた私は、意味が分からないがまま、異世界へ転移。

 死にたがり屋は、とても生きたがり屋だったと知り、泣いた。

 そして、異世界で、ヴァンパイアとして、笑って生きるのだろう。



 

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【ヴァンパイアに覚醒しました】「は?」〜死にたがり女はとても生きたかったと知る。〜 三月べに @benihane3

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