第54話 鏡のおくすり~王都パレス~(5)
衛兵の間は、異様な熱気で満ちていた。
何人の屈強な男たちを忍ばせたのだろうか。
宮殿のただ広い部屋が、竜騎士の男たちで、ぎゅうぎゅう詰めなのだ。
それでも、身体の小さい私が歩ける空間はある。
ゴツゴツな骨太の筋肉隆々の騎士たち。屈強で怖そうな顔が、私の顔を見たら、子供を見る目になった。
怖がらせるなという指示だろうか。ぎこちない笑顔の方が怖い。
「よぉ、マリィ。まずは無事で何より……」
「アルトが……私の代わりに……」
アゼルさんは、雑に私の頭を撫でた。
小さいとはいえ、女の子に抱き付かれるアゼル団長を見て、部下たちが不審な目を向けている。
ゴホンと咳払いするアゼルさん。
泣き出す前に、察しの良い私は離れた。
「ゴホン。……
「そ、そんな、頭を下げられるようなことでは……」
「お前が許してくれないと、部下とレイの奴に怒られる」
「許します」
竜騎士団長たるアゼルさんが、大げさに頭を下げるのだから、子供の私はうろたえるしかなかった。
小声で、追加の言葉。
あぁ、レイや部下たちに対する誠意ね。そういうことなら、許すしかない。
私が悩まずに許したので、部下たちは大爆笑した。
何とも、シュールなお笑い展開だったのだ。
あれ、部下たちの中に、随分と華奢な人がいないか。睨んだ私の目は、そこで止まった。
甲を取った。
茶色の長い髪と、尖がったエルフ耳。彼女は、エルフのブラウンだ。
ハイネス国に残ったはずの彼女が目の前にいた。
「ブラウン?」
「環境保護活動で、ジークフリードさんとは知り合いだったんでね。宮殿に侵入するっていう楽しそうなイベントだから、おれも参加することにしたんだ」
驚きのあまりに、言葉をほとんど無くした私に、ブラウンは薄くニヤリと笑った。
「……」
「王様を助けに行くぞ。妹分のマリィちゃんよ!」
私は夢うつつ状態で、警戒心の塊だった。
ブラウンは、伊達に60年間生きていない。流石、知性の化身、エルフだ。その読みは深いのか。
私の期待の目に、妙な苦笑いを浮かべて目を逸らしたブラウン。
アゼルさんが、その彼女を睨んだ。
「おい、エルフ。次、失敗したら、子供とはいえ竜騎士の裁判にかけるからな」
「うーいっす」
「王の命は、お前の命に代えても、守れ。文字通り、死守だ」
「出来ることはやるよー」
「はぁ……心配だ。これを持っていけ」
宮殿に侵入するときに、ブラウンは大失態をしたらしい。
エルフは長命なので、物覚えも遅いのだ。ただ、覚えたことの再現は完璧だ。
突発的な事件には、滅法弱い彼女を、アゼルさんは心配したようだ。
名誉挽回という意味で、解毒薬の小瓶が、ブラウンに投げ渡される。
どうやら、私の思っていたのと現実は違った。
おおん、なるほどね。
そして、流れからアゼルさんたちとは別行動になると、私は今になって分かった。
察しの良いだけの子供じゃない。
アゼルさんたちに、私は覚悟の目を向けて、首を縦に1回だけ頷く。
「よし、行け!」
全員の足に前進の指示を出す、アゼル団長。
アゼルさんたちは、宮殿の後ろに控える近衛兵団の制圧に向かった。
王子レイの獣たちによって、王宮にいた全ての兵士たちは制圧される。近衛兵たちとともに、将軍はお縄になる。
負けた将軍は、竜騎士たちに喚いた。
レイの逆鱗に触れてビンタされた上、将軍はその場で島流しの刑を言い渡された。
軍事クーデターは失敗。
それはそれとして。
私たちは、玉座の間に走った。
アゼルさんたちの動きを知らないので、長い廊下の道中で、近衛兵どころか王の側近たちの顔も見なかった。
部屋の大扉の前で例の青年大臣が、わずかな仲間とともにそわそわしていた。
「すみません。大遅刻しました!」
「マリィくん、ようやくですか! あ、その側付きくんも一緒で良いので、すぐ部屋へお入りなさい!」
「失礼します!」
ブラウンは帯刀していたのだが、このまま王に謁見で良いのか。
この大臣たちは、すごくポンコツなのか。それとも将軍から何か唆されたのか。
間もなく、彼らを扉の外へ残して、私たちは部屋の中に足を踏み入れていた。
玉座の間が、政務室も兼ねている。廊下や控室ほど広くない。王の顔が見える距離なのだ。
私たちの目の前すぐ、玉座に腰をかけて、寝ている王の姿があった。
傍らには、あのエレン王妃。
私は、王妃を睨んだ。
ブラウンは、おかしい空気に気づいて、私たちの動向をただ見ていた。
あぁ、王は死んでいない。
私は一瞬、気を許した。
そのせいで、王の威風が私の小さい身体に直撃した。
長い銀髪から見えるライオンのような鋭い目。その眼光は一般人の心臓の動きを簡単に止めるだろう。
想像の王は、不健康な身体をしていると、私は勝手に思っていた。
現実の王は、竜騎士アゼルさんと大差ない長身の大柄で、圧倒的な気力を感じる成人男性だった。
銀髪の獅子王。すごい……圧倒的だ。
彼こそ、私の叔父で、フランシス国の王なのだ。
「2人とも、頭を下げずとも良い。敵意を感じたら、我は寝ておらぬ」
「……」
「親愛なる姪のマリィ、それと従者のブラウンくんか。ようこそ、フランシスの最も奥の間へ」
「
私はもう頭を下げることさえ許されない。
王でなく、叔父と呼ぶ。語気も強めだ。
私は退かないと、目を逸らさず王へ伝えた。
エレン王妃は、ただ怯えた目で、王の怖い顔を見ていた。
ブラウンは、あえて空気を読まず、私の行動へ軽い感じで拍手する。
一般の人たちは、知らなくても良いことがある。
みんなが口を揃えて、凡愚という王が、現実では最も恐ろしいということだ。
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