第53話 鏡のおくすり~王都パレス~(4)

 レイの表情が崩れた。

 流石に、自分の命が粗末にされて、不愉快な気持ちになったのだろうか。

 いや、完全に欠伸あくび。単純に眠たくなったらしい。

 自分も他人も、人間の命に興味がないように、私は感じる。

 むしろ、私の方が眉を上げて、口を尖らせる。


「随分、冷静ね」

「パニックになっても良いのだが、そうなったところで、この問題は解決するのか。俺は命が惜しい。まだまだ父王にも生きて貰わなければならない」


 怠そうに言うレイ。ポケットをまさぐり出した。ご褒美のエサを、カルボに与えている。

 恐らく、王族の余裕だ。盗聴した結果、もう先の展開まで検討がついているのだ。

 慌てないのは、事件の方が彼の罠の中に入るのを待っているという余裕からだろう。

 そういうずる賢さも、王族として生きるために必要ではある。


 では、一般人の私にも分かるように、教えて頂こうか。

 ようやく、私も開き直った顔になってきた。


「命が惜しいのに、悠長だと言っているのです」

「マリィ。まだ本命の事件は起きていない。君の相棒の事件はきっかけなんだよ」

「事件に火がつかなくても、2人を捕まえたら、普通はこの件も終わりでしょう?」

「その判断は正しいけど、将軍や俺の母が口を割らずに死んだらどうする? 確実にやらかしてくれた方が、こちらから潰しがいがある」

「やらかすまで待つんですか?」

「くどいな。何年間も群臣どもが揉めて、王でさえ判断に迷った案件だ。ようやく意見がまとまり、戦後のけじめで、将軍を降格クビだ。彼が責任と取るんだよ」

「だから、焦った将軍が仕掛けてくるというのですか?」

「事実だろ。俺の母、王妃に接近するんだ。お手本通り、戦下手な将軍は良い働きぶりだろう」


 その言い方、意地悪の極み。将軍を馬鹿にしている。まぁ、でも、ほぼ同意。

 盗み聞きした内容から、将軍がひどく焦っているのは、私も分かっている。

 一方、エレン王妃は、将軍に弱みを握られており、事件を起こすのが本意でない様子だった。


 確かに、100年戦争の結果は、ひどい有り様だ。

 フランシス軍の勇敢な兵士たちは、ことごとく戦場の海に散り、アルビオンへの上陸の道筋すらつけられなかった。

 それどころか、ホランズの港ローダムを、アルビオンに戦後交渉で奪われた。

 まぁ、アルビオン王もフランシス王家の者ビビ女王だろうと言えば、それまでだ。


 至極簡単に言えば、フランシス王家としては、何とか国の面目が立っている。

 だが、フランシス国軍は、負け続けた上に、何の戦果も得られなかったのだ。

 どちらも、いまだに国民の支持率は低い。

 わずかに1足分、王家の方が信用に足りると、子供の私でさえ思う。


 私は何となく、状況に整理がついた。だからと言って、何が出来るか全く見当つかない。

 いつもの私らしく、また悩む顔に戻る。

 私の鼻頭を、レイは右手の指でつまんだ。

 急に距離感が近い。私は……まぁ良いけど。


にゃにしゅんでしゅか!」

「カルボを預かってくれるか。俺は眠い。だから寝る」


 この王子、お綺麗過ぎるわ。整った顔が近い。

 わざと意識しないように、レイは意地悪をしたのだ。

 意志が強い男性の目はずるい。ただの我がままなのに。

 レイは先に部屋に戻る。そして、寝息を立てるアルトの頭を撫でながら、添い寝をし始めた。

 あ、そこで寝るのね。

 そのユーモアな行動に、私は思わず小さく笑った。それから、真顔に戻り、呼吸を整えようとした。


「つまり、今のところ、この件は私に丸投げですかい。……さて、どうしよう」


 両目を閉じて、軽く息を吐く。

 将来、王子の妃は大変な苦労する。それが羨ましく思える……あれ、私は異常なのだろうか。

 目を開けると、重さが腕から消えた。

 カルボが、私の腕から肩に、移動したのだ。君、そこはアルトの定位置なのだが。


「『マリィ、衛兵の間に来てくれ。俺らがいる!』」

「えぇ。アゼルさん?」


 狙いすましたように、竜騎士のアゼルさんと、他の誰かがこの宮殿内にすでにいたのだ。


 レイが段取りをしたのか。

 私は考えた。別の影響力ある人。

 いやぁ……この感じデジャヴ……またお師匠の匂いがする。

 あぁ、他国インペルにいるのは、敵を油断させて事件を起こさせるという訳ですね。

 でも、いつもの通り、あなたの弟子も惑わされていますよ。

 一応、納得して、緊張が程よく抜けた。


 静かに部屋に戻る。

 スヤスヤと寝ている、レイと我が相棒を置き去りに。

 私はなるべく音を立てずに、衛兵の間を目指した。

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