第52話 鏡のおくすり~王都パレス~(3)
アルトの寝息が大きい。
やることがなくなった、レイ王子が部屋から出て来た。
水の入った杯。私の側に置くと、目線と顎で「飲めよ」と合図する。
王子は極度の人見知りらしい。
普段、他人を気にしない生き方をしている反面、他人にどう話し掛けていいか分からないのだ。
獣たちとの交流のように、表情から察するだけでは、人間社会で生きられない。
繊細なんだか、図太いんだか。分からないけど。王子はきっと、人にも優しい。
私はゆっくりと水を飲む間、王子は淡々と話す。
「人間如きでも、ちゃんと反省できる。マリィはまともな人間だ。お前の相棒、初対面の俺を怖がらなかった。相棒にも……お前の性格が良く出ているよ」
小さくため息。その気怠そうな顔は、憂いそのもの。まるで私の写し鏡のようだった。
別の角度で、王子は私を心配していた。
私の信念が良いことでもあり、悪いことでもあると、王子は恐らく言いたいのだ。
初対面の人とも交流が出来る。相手も警戒しないで話してくれる。
だが、今回のような最初からの悪意の前には脆い。
私だって、善意だけで生きている訳でもない。のども渇けば、腹も減る。その欲求を前に、悪意が生まれないという保証はない。
水で潤った。マリィは復活。もう落ち込んでいられない。
目線を上げて、私はお礼を述べた。
「ありがとう。ちょうどのどが渇いていたから」
「ふーん、もう元気じゃん」
レイ王子は、ツンツンした言葉と態度だ。
ひとまず、会話になっているので、私への心象は悪くないようだ。
素っ気ない表情に、特に目に、少し明るさが見える。
結局、私たちも、家族関係では
今更、従妹と名乗るまでもないと思った。だから私は、まず相棒の名前を、王子に伝える。
「あなたが助けたベビードラゴンは、アルトって名前よ」
「なるほど……アルトか、覚えた」
噛みしめるように、名前を呼ぶ。本当に獣への愛が深い。
呆れるほどの優しさ。私には嬉しいことではあるけど。
「レイ
「
従兄呼びは、困るという表情だろうか。
いやいや。
私はわざと不思議そうな顔をして、彼の返事を待った。
「マリィ、俺はレイだ。従兄様、王子様、そんな敬称で俺を呼ぶな」
「ふーん、距離を取ってほしいと思ったけど、逆なのね。レイは人間嫌いだと思っていた」
「魔法使いは意地悪がデフォルトなのか? 俺は師匠のジークフリードから、マリィのことは良く聞いている。彼が認めたなら、俺も認めてもいい」
従兄と従妹は、近いか遠いかの距離感に戸惑う。
飼い猫みたいな反応をお互いにしていた。
ツンツンしつつも、そわそわである。
最初の旅で、私が出会った人。
アゼル=ジークフリードは、四大騎士同盟の竜騎士さんだ。アルトの元の主人でもある。
希少な獣の保護活動をしている。
確かに、獣大好きなレイとは気が合いそうだ。
世の中は広いようで狭い。色々な出会いが今日に結びついていると、改めて思った。
回想から、現実世界へ戻る。
カラフルな羽色をした鳥が、レイが差し出した左腕に着地した。
この鳥は、カルボ。レイの相棒である。
「カルボ、おかえり。お話は聞けたかい?」
「『仕留め損ねました』
『何だと?』
『すみません……あの娘の使い魔が邪魔をしました』
『忌々しいジャンヌの娘。貴様の男を殺した魔女の血を引いているんだぞ!』
『私は……その……あの娘を絶対に殺さないといけませんか? 彼の娘でもあるのですけど……』
『殺せ。フランシスの王族の血は、1人残らず消すのだ!』
『それは光の世界側に立つ将軍として、闇の世界にも通じる私への命令でしょうか』
『そうだ。フランシスを正しい国にする。そのために、残り3人消すだけだ』」
カラフルな鳥、カルボは、人間の声真似が得意だった。
盗み聞きしてきたのは、王妃とこの国の陸軍大将との会話だった。
一介の将軍が何の世迷言を吐いているのだ。戦後何年経つか計算できない彼は、戦争しか考えられないのか。
クーデターから内戦になると、第3者の侵略を許すだろう。そして、疲弊しきった国民たちが、さらに地獄を見ることになる。
私の国は、ハイリスク・ハイリターンの賭けが出来る国ではない。
私は心も身体も、一瞬で冷え切った。
凍りついた表情で、密談の意味を理解しようとする。
フランシス王族の血、3人。私、レイ、そしてランス王だ。
3人の生存が、復興に向かう国を助けることになる。
けれども、毒殺が得意な闇の者から、どうやって守ればいいのだろうか。
(お師匠……、まだ
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