第7章 鏡のおくすり

第50話 鏡のおくすり~王都パレス~(1)

 太陽が少しだけ高さを緩めてきた。

 夏の暑さが和らぎ、涼しい風が吹いていた。

 運河の両脇の道、その木々は、すでに赤や黄色、鮮やかな色に色づき始めた。


 街の中から流れる管楽器の音に合わせて、穏やかな流れに沿うように、運河を小船は行く。

 人の流れが多い。旅行者か、それとも秋を楽しむ国民か。皆それぞれ、気候に恵まれた、この季節を楽しんでいるらしい。

 ゆったりとした音楽や奇抜な色の芸術、いつもより長めの運動、そして色彩豊かな食べ物たち。

 夏の忙しさの中で忘れていた楽しみを満喫できる幸せな時間。


 久々の王都パレスは、1年でもっとも過ごしやすい秋であった。


 私、マリィは魔法使いの弟子。数えで13歳の女の子。

 袖の長い秋用ローブに、身体が少し大きくなった私は身を包んでいた

 魔法使いの帽子を少し気取って被ってみる。全然、大人になった気がしない。秋の色の強さに負けてしまう。

 約1年間の旅で、成長しなかった美術的なセンス。橋の手すりに両肘を乗せて、秋色の川面を見ながら、私は大きくため息をついた。


「いっそ、服を脱ぎ捨てて、川に飛び込んだら良いのかしら……」


 台詞ですら1年前と全く同じ。

 ついでに、現実逃避で川を眺める癖、1年足らずの旅では変わらない。


 私は、フランシス王の宮殿に向かう道中だ。

 旅の報告をすれば、この旅は終わる。子供らしい最後の悪あがきで、宮殿までの道を遠回りしていたのだ。


 すると、秋色の空を、相棒のアルトが飛んできた。

 キュッキュッ。楽しそうに鳴くドラゴンの赤ちゃんには、王都パレスの秋空がお気に召したらしい。

 そして私の左肩に着地。

 おかえりなさい。私はねぎらって、その頭を撫でる。

 いつもの如くアルトは、手紙を私に渡した。


「あぁ、あの学者さん、王仕えの大臣になったんだ」


 去年あった水事件の時の学者さんは、王の命令で浄水施設を作りあげたらしい。その功で、今では王の直属の大臣に成り上がったとか。本当、立派な出世だ。

 お師匠と私は、彼の成り上がりに利用された側だけど、出来る人間が国の中枢にいるのは良いことだろう。

 その大臣の手紙で、「王の命令です。今日中に、食事会に来て、旅の報告してください」と私は言われた。


 ただでさえ、目つきの悪い私の目は、さらに細くなった。

 もっと、不貞腐れた。

 主人の嫌そうな顔を見たアルトが、不思議そうな目で見つめている。


 もうちょっと考えたいのだけど、私の旅は強制終了だ。

 この期に及んで、この旅で決めることが決まらない。

 私の将来は、『ただのくすりしか使えない魔法使い』で良いのかどうか、ぼんやりとしか見えていないのだ。

 2度目のため息は、センスのない自分の容姿ではなく、真面目に自分の将来について、であった。


 パレスの街の中を、アルトを肩に乗せて、哀愁漂う背中を見せつけて私は歩いた。


 水の事件で、大勢の病人たちを迎えた病院の近くには、立派な浄水施設が立っていた。

 市場には、質の良い塩が売っていた。

 王都パレスは、この1年で劇的に良い環境に変わったようだ。


 小者の私は、不安で胸が張り裂ける寸前だ。

 パンを焼くことと、くすりの調合は、1年前でも出来たことだ。

 旅をして、私が成長したことは……あるのか……ないのか……。


 王宮には、もう着いてしまうぞ。マリィ、しっかりしろ。


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