第48話 土のおくすり~アルビオン連合王国~(10)

 先ほど、少し雨が降っていた。今、上がったばかりだ。

 夏の濃い香りがする。土から上がった水蒸気の匂いだ。

 まだらが無く、しっかりと黒色の土の畑が広がっている。成長を続ける野菜の色も強い。

 去年の秋、天気が悪い時期を乗り越えただけあって、農場主の腕が超一流であるのは分かる。

 馬車から3人と1匹は降りた。パーシィとリーフさん、それに私とアルトだ。。

 それ以外の役人は連れていかなかった。

 

 家の中も、統一感ある感じ。

 家具の製作者と、その色合いが同じなので、目が疲れる感じはしない。この趣味が良いかどうかは、他人によって分かれそうだけど。

 ついでに、隅々すみずみまで掃除がされている。すでに、人柄は会う前から察することが出来た。

 例の兄は、身体から土の匂いが少ししたが、身なりが整った壮年男性だった。

 一言では、すごく真面目そう。

 恐らく農作物に対しても、絶対に手を抜かないだろう。


 机に本棚を置いている。

 そこに、農作物に関する資料や本が、日付や順番通りにきちんと並んでいた。

 ただ、わざと目につくように、1冊の資料が置いてある。

 役人であるパーシィ一行が来ることを予期して、作成したらしい計画書だった。

 その計画書は、きちんとまとまっていた。

 パーシィは、判断を誤るところだったと気づいたようで、少し唸っていた。

 だが、完敗のようだ。素直に謝った。


「……疑ってすまなかった」


 特に発言はしなかったが、家主はしっかり頷き返した。

 勝ちを宣言することはない。気取らない人であった。


 一通りの説明の後、外部の意見として私が話すことになった。

 静かに闘志を秘めた農場主の目は、何を語るかに興味があった。

 野暮やぼなことだが、一応、私は彼に尋ねた。


「今から解放されますけど、この国での農業は辞めたいと思いませんか?」

「いいや。その逆さ。むしろ、君たちの話を聞いて、国の食糧しょくりょう自給率じきゅうりつをかつての水準へ戻そうと思ったな。第2の農業革命は、私の手で起こす」


 私の想像通りに、自信に満ちた話し方だった。不確定な未来への不安はないようだ。

 アルビオンの国としても頼もしい限りだろう。

 パーシィとリーフさんは、腕組みしていて、少しだけ頷く。

 に落ちないなら、ダメ押しか。もう一度、私は強く尋ねた。


「口だけ達者な人間は多くいます。根拠はありますか?」

「私の経験だ。かの戦時中、新大陸で全く新しい農法を学んだ。それを試すには、良い機会だと思っている」

「信じましょう」

「感謝する」


 パーシィさんとリーフさんは、馬車の中に戻ると、お互いに話し合っていた。

 これより先の政治の話に、外国人の私は参加しない方がいい。帰り際に、農場主からもらったウリをアルトと、それぞれ1本ずつかじっていた。

 正直に疲れたが、ホッとしたところもある。

 理性を飼いならすアルビオン人と対話をするのは、とてもこわかった。それも農業に圧倒的な自信のある男を前に、子供の私が徹底的てっていてきに追求するのだ。

 自分の心臓が張り裂けそうな気分になりつつも、苦しい役目をちゃんと果たした。


✝✝✝✝✝✝✝✝


 また、自作の家具が多い、あの家の中に私たちはいた。

 例の弟は、農地を国に返還するそうだ。

 パーシィも、私と同じ話を聞いて、渋々頷いた。そして国の政策を口にした。

 その会談の後半。

 兄の時と同じく、私は外部者として口出しした。


「貴方の兄は、国が認めました。彼は、この国の農業改革に貢献するでしょう」

「そうですか。ありがとうございます」

「自分の農地の心配をしないんですね。お兄さんのことを心配していらっしゃる」

「あぁ、兄貴がこの国の農業を必ず良くしてくれるって信じているからさ。それに王子がお話しくださった、農業退職金たいしょくきんを元にして、俺は知人の伝手で技師に戻ることにしたよ」


 どこか吹っ切れた顔で、彼は小さく笑った。

 兄弟間にあった、出来る者と出来ない者のゆがみはもうないようだ。

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