第44話 土のおくすり~アルビオン連合王国~(6)

 もしかしたら、農場主の男は、お兄さんに騙されている可能性もある。

 狡猾こうかつな手口……と仮定したら、アルビオン国内、農家の間で悪いことが起きているかもしれない。

 成功した農家が、上手く行っていない農家から、安くなる時期に物を大量に奪っていく。

 素人の私でも想像がつく。

 これは法的にどうだろうか。考えるだけで、かなり怖いことだ。

 

 借用書と、さらに帳簿ちょうぼ、天気の記録も私は見た。

 お金の支払いは間違っていない。安く物を買おうというわけではなさそうだ。

 それは安心した。

 別の興味深い点が、浮かび上がった。

 この男のお兄さんは、農業に向いているのだ。

 順を追って、もう一度、私も考える。


 土と植物の関係だ。農地と農作物の関係とも言える。

 土が茶色や黒くなるのは、腐植ふしょくという微生物の分解が進んでいる状態である。

 この状態では、ちっ素肥料や水分を保ちやすくなる。

 一方、植物の根は、鉄分を介して、撒かれたちっ素肥料や水分を吸収していく。

 植物をずっと育てると、農地は酸性化していく。また同時に、その土の腐植ふしょくも薄くなる。


 大変なことに酸性の土では、植物の根が育たない。良い土は、中性から弱酸性だ。

 酸性が強いと、鉄分が多い赤土だ。あと、少し酸っぱい。その鉄分も無くなると、ただの白い砂だ。

 私もアルトも、赤白い土で、顔を渋くしただろう。


 農業が上手い人は、植物を育てるだけでなく、土を作るのも上手い。

 色や臭い、触感などで、成分の割合を繊細に感じ、どうするか判断する。

 作る農作物の種類をローテーションすること、土を休ませること、バランスの良い土を作る必要があることだ。

 さらに、気候を見つつ、土の状態を見つつ、肥料を加えて改良だ。


 因みにフランシス国で、お師匠と私は家庭菜園をした。だが素人では、あんまり上手くいかなかった。

 私たちは偉そうに、食材を選べるが、食材を作る才能は無かったのだ。

 

「天才的ですね。お兄さんの農地を見てみたいですよ」


 彼のお兄さんは、頭が良い。

 天気の先読み、使う肥料のタイミング、それは何となく借用書の月日からでも分かった。

 リーフさんは、私の横から、借用書や帳簿ちょうぼ、天候記録を見ていた。


「お、農政省のうせいしょうの印だ。期日からすると、先日、パーシィ殿下がいらっしゃったか」

「あ、はい。王子様がここにいらっしゃいましたね。それもフランシスのお嬢さんと同じことを口にしていらっしゃいましたよ」

「そうか。農政省のうせいしょうの殿下が動く案件か。……悪いが、主よ、君は君の心配だけをしなさい」

「え、どういうことですか?」


 リーフさんの表情が消えた。

 アルビオン人の二面性が急に出た。相手に気づかれる前に、感情のドアを閉めた。

 その場で、もう何も言わなかったのだ。そろそろ休憩を終わりにしようと、私に言っただけだ。

 家主の男に、簡単なお礼を言った私たちは、また馬車に乗り、少し先のバーム宮殿に向かった。


 その道、馬車の中、無言で私は考えていた。

 アルビオンの王子は農政省のうせいしょうのトップ官僚かんりょうだろう。

 その王子が独断で、あの農場主の男の家にあった書類を確認し、彼のお兄さんの農地に、私と同じように興味を持った。

 私なら、能力ある農家をほめるだろう。

 ただ王子は、あの記録を見て何を思ったのだろうか。

 弱い者いじめと解釈したのであれば、お兄さんの方が何らかの罪に問われるかもしれない。

 私のとりこし苦労なら良いんだけど。

 嫌な予感がまた復活している。私の胸がざわつく。

 フランシス人の私は、不安な感情が消せない。そわそわ。生まれ持った気質が、感情のままを出す猫なのだ。

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